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【コミカライズ進行中】“呪われた公爵令嬢”と呼ばれた私が自分の生きる道を見つけました!  作者: 鳴宮野々花@書籍4作品発売中


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55. 離宮にて(※sideジャレット)

 王都から最も遠く離れた、西の地にある離宮。その一室の、ベッドの上。そこの窓からぼんやりと空を見上げながら、俺は今日も無駄な一日をただ無意味にやり過ごしていた。

 別に起きようと思えば起き上がれる。だが面倒くさい。起き上がる意味がないし、何なら呼吸をするのさえもう面倒なのだ。


 あの女が処刑されてから、もう一年は過ぎただろうか。

 腹を刺され、抉られ、地獄の苦しみを味わった俺は、それでも死ねずにこうしておめおめと生き残ってしまった。意識が戻った後もしばらくは寝たきりの生活が続いたが、結局は後遺症もさほど残らず、自分で立って歩くこともできる。

 しかし、俺はもう完全に気力を失ってしまっていた。

 両陛下に自ら願い出、王太子の立場を降りた。誰も止めはしなかった。きっと安堵した人間が大半だろう。どうせ近々降ろされていた。俺は無気力で役立たずの上に、人を見る目も全く持っていなかったということだ。国を率いていく力など、あるはずもないのだから。近々父上の弟の子が立太子することにでもなるのだろう。

 俺のお飾り妻とされてしまった憐れなエスメラルダは、俺とともに離宮で暮らすなど絶対に嫌だと言い張り、涙を流したらしい。当然のことだ。自分のことを少しも愛していない無気力な男と二人、こんな寂しい場所に引っ込んで残りの長い人生を過ごしたくはないだろう。俺もあの女と二人で暮らすなどますます気が滅入るばかりだ。彼女は俺が襲われたことなどで心労が重なり精神を病んでしまったという表向きの理由で、実家に帰された。今頃ほっとしているだろう。……優しい男にでも拾ってもらえばいい。


(……セレリアではなかったのだ)


 意識が戻った日から、何度も頭の中で呟いた言葉。

 フランシスの葬儀の日。俺は彼女を厳しく糾弾した。

 彼女が何らかの手段を使い、フランシスを死に追いやったと本気で信じていたからだ。だが、実際は違った。あの気の触れた頭のおかしい侍女が、俺のフランシスを殺めた犯人だったのだ。


(……思えば、セレリアには、酷いことばかりしてきた)


 優秀な婚約者だった。品行方正で、勤勉で努力家。俺の妻となり共にこの国を支えていくべく、日々努力を重ねていたはずだ。きっと俺が知らないところでも、ずっとそうだったのだろう。

 だが俺は彼女の妹であるフランシスを愛し、彼女を邪険にした。

 そして、結果全てを失ったのだ。


(……もう別にどうでもいい。あとは死ぬのを待つだけだ。何もかも、どうでも。……ただ……)


 セレリアのことを思うと、虚無しかないこの心の中に、一点の黒いインクのような罪悪感という名の水滴が落ち、それがじわじわと広がっていくのだ。

 せめて一言だけでも、謝ればよかった。婚約を解消したあの時に。セレリア、すまない。これまで必死で努力してきてくれていたのに、すまない。


(……もし……彼女が今もまだ生きているのならば。どこか近くにいるのならば、……あの日のことも、謝りたかったが……)


 フランシスの葬儀の日。

 俺は集まった者たちの前で、セレリアを怒鳴りつけた。勝手に彼女が悪いと決めつけて。実の母親と一緒になって、彼女をなじった。

 傷付いただろう。……申し訳なかった。


「……はぁ」


 止めよう。考えるだけ無駄だ。疲れる。

 セレリアはもういないのだ。失踪以来、噂さえも聞かない。どこかの川か海かにでも身を投げたのかもしれない。


(……それよりも、来週の晩餐会だ……。有り得ない。何故俺が出席しなくてはならないのだ。醜聞ばかりを広め、皆から疎まれて離宮に引っ込んでいる俺が、何故わざわざ他国の王太子夫妻の前へ姿を見せなければならないのか)


 表向きは気が狂ったフランシスの侍女の犠牲となった俺が心身を壊し、静養のために離宮で休養しているということになっている。だが、国内の貴族たちのほぼ全員が真相を知っている。フランシスを失って以来やる気の欠片も持てずにいた俺が、あの事件をきっかけにしてすべてを放り出したということを。他国の主要人物たちにも、俺のことは知れ渡っているだろう。晒し者になどなりたくはない。それなのに。

 節目となる年の、建国記念の日。各国から重鎮を招く大規模な晩餐会で、南の大陸にあるイェスタルア王国から来る王太子が、どうしてもこの俺に挨拶をしたいと、そう言っているらしい。一体何故俺に会いたがる。何の話を聞きたいというのか。鬱陶しいことこの上ない。俺は別に、何の功績も挙げてはいないというのに。

 体調が悪いという名目で欠席しようかとも思ったのだが……、ふと思った。こんな集まりに出るのは、もう人生で最後かもしれない、と。王太子の座を降り離宮に引っ込み、残りの人生は独り寂しく長い長い時間潰しをしていくのみだ。もう何も起こらないだろう。心躍るような来客も、楽しみも、きっと、何もない。


(……見納めだ。社交の場で上っ面な会話をしながら上品ぶって笑っている連中を見るのも、きらびやかな会場の雰囲気も、豪華な食事も。これで最後。全部終わりだ)


 疲れた。心底疲れてはいたが、社交界への最後の別れと思って行ってやろう。

 そんな気まぐれに過ぎない決断を、俺はしたのだった。






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