20. 海と珊瑚のドレス
そんな毎日の中で、ある日私にとってとても重大な出来事が起こった。
それはここへ来てからおよそ半年後のこと。私はサディーさんやイブティさんたちのおかげで、この国の独特な衣装を、すでに一人で店に出せるレベルにまで仕上げることができるようになっていた。
当初お役に立つはずだったお客様の対応は、接客上手なイブティさんやヤスミンさんがほとんどしてくれているままだけれど、私が作った衣装も店頭に並べてもらえるようになり、そしてそれらは意外にもよく売れた。
「今まであまり見かけなかった雰囲気の色使いよねぇ。可愛くて好きだわあたし」
「あ、ありがとうございます!」
その日はこの鮮やかな色合いが好まれる国で、あえてふんわりした柔らかい色を重ねて作ってみた衣装が売れていった。
(さようなら、私の作品……! たくさん着てもらってね)
買ってくださったお客様を見送りながら、心の中で去りゆく私の衣装に手を振った。
「いやぁ…開花したわねぇリアさん」
「すごいよ! 今日も売れたじゃないのリアさん」
「イブティさん、ヤスミンさん……。お二人のおかげです。それにサディーさんも……。本当ありがとうございます。服が作れるようになってから、もう毎日楽しくて……!」
店内に戻ると、先輩二人がニコニコしながらこちらを見ていた。サディーさんもガハハと豪快に笑う。
「いやぁ~自分の見る目の良さに感心するわ。まさかこんなに売り上げに貢献してくれるなんてね。あんたをこっちに連れてきて大正解だったわ! ははは! ラモンも褒めてたよ。何かもっと作ってみたいものとかあったら、どんどんやってみな」
「えっ、よ、よろしいのですか……? でも、もし売れなかったら……」
「あはは! ちょっとぐらいいいさ! 失敗から学ぶことも多いものだよ。何か思いついたら、思い切ってやってみな。売れたら儲けもんだよ」
「……」
そうか……。いいのかしら……。
じ、じゃあ、……あれ、作ってみようかな。
私は前々から頭の中にあったドレスを作ってみようかという気になった。でもわりと高価な布を多く使うことになるので、次の休日、サディーさんにおそるおそる相談してみた。するとサディーさんはしばらく考えてから、「よし。ひとまず一着作ってみな」と言ってくださった。
それから丁寧に、じっくりと時間をかけてようやく納得いくものが出来上がると、それは店の奥のフォーマルなドレスたちを置いてあるコーナーにそっと並べられたのだった。
それを見たラモンさんはポカーンと口を開き、イブティさんとヤスミンさんは目を輝かせて歓声を上げた。
そして、それからおよそ一月後。
ある日とても身なりの良いご婦人と、若いお嬢さんが店を訪れた。
「いらっしゃいませぇ!」
ヤスミンさんが元気に声をかけ、私たちもそれに続く。
(あら……珍しい。きっとこちらの貴族の方だわ)
見るからに庶民ではないそのお二人は、おそらく親子だろう。若いお嬢さんが楽しそうに衣装を見て回る後ろで、高価そうな宝石をいくつも身に付けたご婦人が、物珍しそうに店を見回したり、布のコーナーを眺めたりしている。
「まさかここまで来てまたドレスを見たいだなんてあなた……。もう王都でさんざん見たじゃないの。気に入ったものがなかったのなら、作ってもらいましょうよ。屋敷に仕立て屋を呼んであげるから」
「分かってるわお母様。でもせっかく服を売っているお店があったのですもの。あとここ一軒だけ……ね?」
「まったく……。ここにはパーティー用のドレスなどは置いてありますの?」
疲れ果てたお顔のご婦人はくるりと私の方を振り返り、そう尋ねる。私は慌てて答えた。
「あ、はい! ございます。こちらの……奥の方になりますわ。数着だけですが、どれも丁寧にお作りした一点物です。どうぞご覧くださいませ」
「あら、そう?」
私の返事を聞いたご婦人は、なんだか少し嬉しそうな顔をして、ご令嬢に声をかけている。
「こちらの奥にあるそうよ」
私はその二人を、奥のドレスのコーナーに案内した。すると。
「まぁ……っ! なんて素敵なの! お母様、これよ、これ! ご覧になって」
「……あら……。ずいぶんと変わったデザインだわ」
弾む声でそう言ったご令嬢が指差していたのは、一月前に私が作った、あのドレスだった。
「なんて素敵な形、色使い……。こんなドレス、初めて見たわ。きっと誰とも被らないはずよ。お母様、私これがいいわ! 絶対!」
(……そんなに気に入ってくださるなんて……)
大きな喜びに私の胸は高鳴り、頬はじわじわと熱を帯びはじめた。
そのドレスは、ナルレーヌ王国で私たち貴族の女性が着ていた伝統的なものをイメージした形だった。こちらの女性たちが着ている体に沿うラインのものではなく、ウエスト部分できゅっとくびれてスカートがふんわりと裾まで広がったものだ。だけど、使った布地はあんなにがっしりとした重たいものではない。裾のレースもあちらで使われているような固い素材のものではなく、ごく柔らかいものをあしらった。
ウエストはぎゅうぎゅうに締め付けすぎたら、着ている人が辛い。イェスタルアの女性たちはあんな締め付けには絶対に慣れていないので、あくまで優しい生地で緩めに締めた。さらにリボンで好きな締め具合に調整することができる。
そして色味は一番こだわった点だ。ここの国にやって来て初めて港を見たときの感動や、海の美しさを表現したかった。フランシスの瞳にも似通った明るい水色と、ここの砂浜で見かけた貝殻や、海底の珊瑚をイメージしたコーラルピンク。ごく軽やかな生地で幾重にもたくさん重なったそれは、着ている人が動くたびに裾がふわふわと揺らめいて、きっと浜辺に打ち寄せる波のように見えるだろう。そこに海の泡のように細かい宝石をたくさんあしらった。
試着させて欲しいというご令嬢に袖を通してもらい、鏡の前に案内する。すると彼女は感嘆の声を上げた。
「素敵……っ! やっぱりこれよ、お母様……!」
「あら……、まぁ、綺麗ね。風変わりだとは思ったけれど……。あなたがそれがいいなら、決めましょうか」
作る時は、なんとなく真っ白な肌の愛らしいフランシスが着ているところを想像していたけれど、褐色の肌のご令嬢が着ていても、健康的でとても可愛かった。
「お気に召したのなら光栄でございますわ。どうぞ、ぜひこちらのドレスをパーティーのお供に……。お嬢様に、とてもよくお似合いですわ」
私の言葉を聞いた親子は、二人してキラキラした目で私を見つめたのだった。




