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御厨ナギはいちゃいちゃしたい  作者: 希来里星すぴの


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95/95

95 Killing Me Softly

noteの方で、裏話、小ネタを掲載していってます

(TOPページ)

https://note.com/kirakiraspino


noteではこちらの前日譚「0話」も公開中

https://note.com/kirakiraspino/n/na36abbadd334

「あっ。ちょっと待ってくれる?」

「うん?」

 ナギとのデートの日。映画を見終わって、併設されている売店でグッズを見て回ってる時に、ガチャガチャのコーナーが目に入った。

 何気なくそのエリアに足を踏み入れたのだけど、そこにずっと探し求めていた、とある小型のフィギュアのカプセルトイがあった。

 小さいサメの模型なのだけど、あまりにも可愛らしくデフォルメされていて、SNSで一目惚れしてずっと探していたものだ。

 まさかここで見つけることが出来るなんて。機械の中を見ると、在庫は十分にある。

 意気揚々と、鞄から小銭入れを出したけど、ふとその価格を見て一瞬躊躇した。

 一回400円。

 ぐぬぬ。……そりゃあそうだろうなぁ。向こうも商売だし。

 だけど、ランダムで1回400円はちょっと厳しい。しかも、欲しい種類はアオザメだけで、ざっと見た感じ他のサメにはあまり興味がない。

 ラブカがあれば別だったけど。

 うーん……正直、アオザメだけの為に回すのはなぁと眉間に皺を寄せながら、ガチャガチャの機械と財布とを見比べる私をナギが不思議そうな表情で見つめてる。「欲しいのなら回せばいいのに、何を躊躇っているのだろう」と考えてる所か。

 でも1回400円。もうちょっと値段を上乗せしたら、吉野屋の牛丼が食べられる値段。

 ……考えていたら、牛丼が食べたくなってしまった。明日、バイトも無いからナギが来ない日だ。明日の晩ご飯は吉野家にしようかな。丁度、牛すき鍋の季節だし。


「小銭が無いのか?」

 私の躊躇いを両替が必要だと勘違いしたのか、ナギが声を落として聞いてくる。

 小銭はあるんだけどね、3回くらい回せるくらいには。

「うーん……。そうじゃないんだけどね」

「?」

 やや小首をかしげながら、私の動向を伺う。ナギにはこういった「必要でないものを今購入すべきか、それとも我慢するべきか」という悩みはわからないんだろうなぁ。

 えい! もういいや。これからご飯を食べに行くので待たせるのも悪いし、回しちゃえ!! とばかりに意気揚々と100円玉を続けて投入。そして願いを込めてハンドルに手をかける。

 ガコンという小気味いい音と共にフィギュアが納められている球体が滑り落ちてくる。

 両サイドにやや力を込めて、カプセルを開ける。期待に胸を膨らませながらそのフィギュアを見たら――ヘリコプリオン。

「なんで!?」と思わず大声が出てしまった。周りに人が居ないのが救いだけど、売店の人が怪訝そうな顔をこちらに向ける。

 傍らのナギも一瞬驚いたようで硬直してしまった。

 なんでよりにもよってヘリコプリオンなの? 古代鮫じゃない! しかも下あごが螺旋状に巻かれた歯の個性的過ぎる鮫。え? この鮫のフィギュアってそういうラインナップしかないの? 見た目が普通なアオザメが逆に特殊すぎるの? このフィギュアを企画した人ってどういう意図を持ってるの? と頭の中がパニック状態。

「欲しいものではなかった?」

 周囲にひとは居ないけれど、気を使って声を落としナギが聞いてくる。

「そうだね。……というか、こんな種類の鮫があっただなんて驚いちゃったよ」

 よくよく見ると、確かにラインナップに居た。ヘリコプリオンが。

 つくづくこの企画に関わった人たちはマニアすぎる。それにしても見れば見る程良い出来だな。真の鮫好きじゃないとここまで凝った造形は無理だよ。


 残るチャレンジできる小銭はあと2回分。一縷の望みを込めてお金を投入、そしてハンドルを回す。

 でも結果は――。

「……ハンマーヘッドシャーク」

 ハンマヘッドシャーク。和名はシュモクザメ。頭部が左右に出っ張っていてその先端に目と鼻孔がある個性的な顔立ち。その外見とは裏腹に群れで行動し、温厚な性格。というそんな鮫知識はどうでもいいとして。

「なんで。ねぇ本当になんで??」

 いや、確率が低いというのは分かってるのだけど、なんでこんな外見が特徴的すぎる鮫ばかり出るの?

 嫌いじゃないけど。

 ガックリと肩を落とした私からカプセルに付属されてるミニブックを受け取り、ナギはそれにざっと視線を巡らせる。

 そして「どれが欲しいんだ?」と聞いてきた。私がどれを欲しいのかはわからないらしい。

「え。それは言えないよ」

「うん?」

「だって、物欲センサーにひっかかっちゃう! 聞かれてるんだよ! この機械に!!」と売店の人には聞こえない声量で言いながら機械を指さす。

 ネットではよく言われている「物欲センサー」

 私はゲームはあまり知らないけど、どうやらゲームをプレイしていて狙っているランダムのアイテムが中々出ずに、狙ってもないものが出るという都市伝説みたいな話があるらしい。

 私の相互さんたちもアプリゲームで欲しいキャラが排出されずに「物欲センサーめえ!」とよく悲鳴を上げている。

「……物欲、センサー?」

 ネットに疎いナギは案の定よくわかってないようだ。

「――気にしないで。とにかく、欲しい物は中々出ないって事だから」

「そうか」

 釈然としない様子だけど、意味は通じたみたい。


 それにしても、と思う。

 残す小銭はあと1回分。両替をしたらまだ挑戦できるけど、際限なくガチャにお金を突っ込むのはあまりよろしくない。ちゃんと節度は守らないと。でもなんとなく私が欲しいアオザメは出そうにない。そんな気がする。

「ぐぬぬ」

 小銭入れとガチャガチャの機械を見比べる事数回。ナギが「俺が回してみようか?」と言い出した。

「え?」

「物欲センサーとやらはよくわからないが、みやびが欲しいものを知らない俺ならそのセンサーには掛からないのではないか?」

「うーん……」

 一理あるといえば一理あるのだけど、ガチャガチャの楽しみって自分で引くことなんだよなぁ。自力で欲しいものを引けたときのあの嬉しさは何物にも代えがたいものなのだけど。

「こういうのやったことないのだが、金を入れてハンドルを回せばいいんだよな?」

 ん? んん??

「え? ナギ、カプセルトイ回したことないの?」

「そうだな。あまり縁がなかったな」

 ガチャガチャの縁って何? 欲しいものが無かった、ってことなのかな。

「そうなんだ。……じゃあやってみる?」と手持ちの最後の小銭を入れる。

 私が返事を待たずにお金を入れたことについて何か言いたそうだったけど、言葉は飲み込んだらしい。奢られるのはあまり好きではないという私の事を尊重してくれたみたい。

「では」

 慎重にハンドルに手をかけ、恐る恐ると言う感じでそれを回す。慣れない手つきがなんとなく愛らしい。23歳にして初めてのカプセルトイ体験かあ。

 ガコンと音をたてて落ちてきた景品を取り、開けずにそのまま私へと渡してくれた。開封する楽しみを譲ってくれたのかな。そういった何気ない優しさも好き。

「ありがとう」

 そう言ってカプセルを受け取り、あまり期待せずに開ける。

 ――その中身は。

「アオザメ!! やったあ!! ありがとう!!」

 この特殊すぎる造形の鮫たちの中でひと際異彩を放つ、ノーマルなフォルムの生物。獲物をどこまでも追い、狩るのに適したこの流線型の姿。意思を感じさせないどんよりとした黒く大きな瞳。その外見で人を恐怖に陥れる生物兵器という感じだ。

「やった! ありがとうナギ!!」

 思わず彼に抱き着いてしまった。店員はこちらをちらりと見たものの、呆れたように目を逸らした。

「これが……欲しかったもの?」

 心なしか「こんなものを?」というニュアンスに聞こえるけど気にしないようにしよう。

「そうだよ! 見て見て。この殺人兵器として完成されている姿! 海の中で出会ったらもう『せめて優しく殺して』って、神に祈るしかないよね! その前に失神する自信があるけどね!」

「……そう、だな」

 なにか口ごもってる。私の趣味に対してとやかく言うことはないけれど、なんとなくわかる。「どうしてそんなにサメが好きなんだ」って。

「やった! やったあ!! 本当にいい出来だよね。真の鮫スキーが手掛けた造形だよね! この可愛さの中に漂う恐ろしさ。うーん……最高!!」

 抱き着いていたナギから離れ、アオザメを頬ずりする。鰭が当たってちょっと痛い。

「喜んでもらえたのなら、よかった」

 若干、引き気味なのは気のせい?

「見てよ、この鮮やかなインディゴブルーの体色まで再現してるんだよ。この大き目のプな胸鰭もいいよね」

 ナギに対してドヤ顔でフィギュアを掲げる。出したのは彼なんだけどね。ナギはやや困った顔をしながらも微笑みを返してくれる。

「……あれ?」

 じっくりとそのアオザメのフィギュアを見るとなんとなく違和感を感じる。アオザメの胸鰭はもっとシャープなはず。

 付属されてるミニブックに記載されているアオザメとじっくりと見比べるとそれがわかった。こちらの方が胸鰭がなんとなく、大きい??

「ん、んん??」

 間違いない。これは――。

「バケアオザメだ」

 だけど、バケアオザメはミニブックには記載されてない。そしてその代わりに「???」というシークレット枠の鮫のフォルムがこれと同じ。つまり。

「……シークレットだ、これ」

 愕然と、カプセルとナギとを見比べる。

 なんでよりにもよってシークレットを引いちゃうの、この人は……。運がいいのか悪いのか。

 そういえば、くじの類は結構当たるようで、子供の頃に買ったチョコボールで一発で金のエンゼルを出したって聞いたな。

 私の困惑が伝わってしまったのか「シークレット? ……すまない、欲しいものが引けなかったようだな」と、わかりやすく肩を落としてしまった。

 いけない。ナギは私が喜んでくれると思ってその一心だったのに。人の好意を無にしちゃダメだ。

「うーん……狙っていたものではないけれど、これはこれでレアだしバケアオザメも好きだから大丈夫だよ」

 それは本心だ。

 アオザメが欲しかったのは確かだけど、それ以上に大事な人が私を喜ばせてくれようと思っての行動が嬉しい。


「ね、お腹減っちゃったよね? 待たせてゴメンね、ご飯にしようか」

 そう微笑みながらナギの手を取る。

「そうだな。もうこんな時間だし、何か食いに行くか?」

 ふと気づいた。小銭入れの中身は全部使っちゃったんだった。

「あ~……。散財しちゃったから、今日はうちで自炊でもいいかな?」

 そうだった。ついつい1200円をこれに費やしてしまった。しばらくはちゃんと節制しないと。

「自炊か。……なら、俺が作ってもいいか?」

 ナギはとにかく料理をしたがる。私の作る料理は気に入ってくれてるけど、それ以上に自分が調理をして私を喜ばせたいという思いが強いらしい。これまでが無趣味だった分、料理にのめりこんだという話だけど、上達も早い。

「いいね、ありがとう。じゃあ、下の食品売り場に寄って買い物して行こうか。ナギは何を食べたい?」

 手を繋ぎながら歩き出す。他愛もない話をして日々を過ごす。いつものようにキス、そして抱擁。

 大好きな人と、かけがえのない時間。


 ――それが壊れやすいものだとはこの時の私たちは思いもしなかった。

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