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91 誰も幸せにならないわ

 その後エリザベスとの「別にお父様は関係ないわよね? お父様がかくまってたわけじゃないわよね?」「ええ、関係ないと思いますわ。勝手に住み着いてるだけでしょう」「そうよね、あの当時は愛人に夢中で、王宮の陰謀劇に関わる暇なんてなかったはずだもの!」「ええ、大丈夫ですから落ち着いてくださいませ」というやり取りを経て、皆でアーデン村に行くことが決定された。

 表向きはただのバカンスだ。村の近くにある湖のほとりにブラッドレー家の所有する避暑用の別荘があるので、「新当主に就任したエリザベスが親しい友人と共に避暑に来た」という体裁をとることにしたのである。

 ちなみに原作のリリアナたちも「後継に決まったダミアンが皆を誘ってバカンスに来たところ、リリアナが湖のほとりでくだんの乳母と遭遇して真相を聞かされる」展開なので、結果的にはそれをなぞることになる。


(時期もこれで合ってるはずだし、あそこに行けば絶対に乳母が見つかるはずだわ)


 クローディアはひとり頷いた。

 そして翌日。大急ぎで支度を済ませたクローディアたち一同は、公爵家の馬車でアーデン村へと出発した。途中休憩を挟みながら三日間の馬車旅だが、幸い公爵家の用意した馬車の乗り心地は最高で、皆であれこれと他愛ないことを語り合いながらの道中は実に快適そのものだった。

 もっとも皆が「それにしても、ラングレー伯爵がそんな情報機関を構築するほどのやり手だとは知らなかったな」「そうね。ブラッドレー家にも寄り子や付き合いのある商会から情報は入ってくるけど、ラングレー伯爵と言えば『たまたま領地で鉱山が見つかっただけで、本人はただのお人よし』とか『代官が有能なおかげで食い物にされずに済んでいる』とか言われてるもの」「ああ。アシュトン家の情報でもそんな感じだよ。それが全て周囲を油断させるための演技だったとはなぁ」「あえて実力を隠しているなんて、まるで物語の主人公みたいですね」などと盛り上がっているときには、クローディアは「あの、父の話はもうその辺で……」などと言いながら、曖昧な微笑を浮かべるより他になかった。

 ゆえにユージィンが「ラングレー伯爵は注目されたくないのだから、我々もあまり取沙汰するべきでないだろう。もし伯爵と顔を合わせることがあっても、なにも知らないふりをしよう」と言ってくれたときには、心の底から安堵した。

 そうこうしている間にも、馬車は山を越え谷を越えて、目的の場所へと到着した。




「まあ、長閑なところなのですね」


 馬車の窓から見える風景にルーシーが感嘆の声を上げると、エリザベスも「ええ、のんびりしたところでしょ。ここに来たのは子供のとき以来だけど、変わってないわね」とうなずいた。


「まさかこんなところに重罪人が隠れ住んでいるとはなぁ」

「ああ、今までよく見つからなかったものだ」


 皆が口々に感想を述べる中、クローディアは一人だけ別の感慨を噛みしめていた。


(ああ、漫画の通りだわ……!)


 深緑の山を背景にした青い湖。小さく愛らしい村。帽子を取って頭を垂れる村人たちに、のんびりと草をはむ羊たち。窓外を流れゆく牧歌的な風景は、まさに前世のクローディアが巻頭見開きカラーページで目にした通りの光景である。

 少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』において、リリアナたち一行はまさにあの湖のほとりで笑い戯れているときに、くだんの乳母と遭遇するのだ。

 具体的にはリリアナがアレクサンダーたちと水をかけあったり追いかけっこをしたり、バランスを崩して抱き留められたりしていたところ、フィリップが「みんな、怪しい女が物陰からリリアナ様を覗いてたぜ!」と村人と思しき一人の女性を引き立ててくる。

 年のころは四十代から五十代といったところか。女性は当初「放してください! 私はなにもしていません!」と言ってフィリップに抵抗していたが、リリアナがフィリップに言って彼女を解放させたあと、優しく「私になにか御用だったのかしら? なにか困ったことがあるなら力になるから話してちょうだい」と呼びかけると、女性は感極まったように泣き出してしまう。そして涙ながらに己の過去を打ち明けるのである。


 自分が十五年前にリリアナを誘拐した乳母であること。

 ずっとそのことを後悔しながら生きてきたこと。

 今は畑仕事や針仕事などをしながらつつましく暮らしていること。

 美しい自然に癒されながらも、己の罪を忘れたことはなかったこと。

 リリアナがすぐ近くの別荘に来ていると聞いて、元気な姿を一目見て安心したい一心でこっそり様子をうかがっていたこと。

 リリアナの優しさ、清らかさに触れたことで、改めて己の罪深さを思い知らされたこと――。

 ちなみに乳母の打ち明け話には、王妃のおの字も出てこない。それなのに、一体なにがどうなってヴェロニカ王妃が黒幕ということになったのか。クローディアには皆目見当もつかないが、ともあれ事情を聞いたリリアナは全てを赦し、乳母を優しく抱擁する。

 そして「今さら過去を暴き立てても意味がないし、誰も幸せにならないわ!」と言って、乳母を役人に突きだすことなく、全てをそのままにしておくことを決断するのだ。

 リリアナの仲間たちは例によって例のごとく「まったくリリアナ様は優しすぎる」「でも、それでこそ我らがリリアナ殿下だよ」「ああ、リリアナ様らしいぜ」「うん、あの人も喜んでるし、よかったね」と賛同し、このエピソードは和やかな雰囲気のうちに幕を閉じる。

 一連の流れは読者間でも好評で、転生前のクローディアも素直に感動していたものだが、その裏で幽閉されている王妃の存在を知ってしまえば、印象はまるで異なってくる。


(まあリリアナは本気で病気療養中だと思っていたんだろうけど、オズワルドは幽閉されてることを知ったうえで、何食わぬ顔でリリアナに賛成したってことよね……)


 リリアナの即位を目指すオズワルドとしては、下手に事実を暴いて王妃やガーランド公爵家に復権されては困ると思ってのことだろう。己の目的のためにあえて冤罪を放置するとは、つくづく姑息な男である。

 ――とはいえ、その件で今生のオズワルドを責めるのは、さすがにお門違いだが。




 先ぶれなしで訪れたにもかかわらず、別荘は内も外も汚れひとつなく掃除が行き届いており、ブラッドレー家に仕える使用人たちの質の高さがうかがえる。

 執事や使用人たちの恭しい出迎えを受けた一同は、それぞれの部屋の用意ができるまでの間、湖を見下ろせるテラスでのんびりとお茶を楽しむこととなった。

 青空と白い雲を映した湖面を眺めながらくつろいでいると、やがて執事が「公爵様、お申しつけの通り、アーデン村の村長を連れて参りました」とエリザベスに告げた。


「ちょうどいいわ、ここに通してちょうだい」


 エリザベスが指示すると、ほどなくして青い顔をした村長がその場に現れた。彼は当初「公爵様、村の者がなにか不手際をいたしましたでしょうか」とおびえきっている様子だったが、エリザベスが「昔うちにいた侍女がこの村にいるって聞いたから、ちょっと会って行こうかと思っただけよ」と用意した口実を述べると、一転して怪訝な表情を浮かべた。


「この村に公爵様の侍女様が? あの、なんというお名前でしょうか」

「だいぶ昔のことだから名前は忘れてしまったけど、年は四十代半ばで髪は金髪。ほら、この女性よ。今はもう少し老けているはずだけど」


 そこでユージィンが騎士団から借りてきた絵姿を村長に差し出した。クローディアの前世の記憶と照らし合わせても、なかなか良くできている絵姿である。

 村長はまじまじと見つめたのち、途方に暮れたように首を振って見せた。


「申し訳ございません公爵様。まったく見覚えはございません。と申しますか、この村にいる女は生まれた時からずっとこの村にいる者ばかりでして……よそから来たのは五十年前に隣村から嫁に来たミランダばあさんくらいです」


 村長は申し訳なさそうにそう言った。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
あらら。チート知識に頼り過ぎじゃ…と思っていたらこうなったか。これがどう展開するのか、続きが楽しみです。
案外、その乳母に誘拐させた犯人は宰相とかだったり?今も実は宰相が匿ってたらする?でもそれならオズワルドがもっとイキイキしてるか
うん、まぁ仕方がないとはいえゲーム知識に頼りすぎて事前調査をしなかったのは痛い失敗でしたね ゲームとはもはや大分話がズレているので、あくまでゲーム知識は予備知識程度と考えておかないと手痛い失敗に繋がり…
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