84 ブラッドレー家の舞踏会
修了式から三日のち。クローディアはブラッドレー公爵家の舞踏会に参加した。言うまでもなくエリザベス・ブラッドレーの当主就任を祝うためのパーティである。
クローディアのエスコート役は今回もユージィンが務めてくれた。王子殿下が特定の令嬢を何度もエスコートするのは誤解を招くのではないかと若干気になりはしたものの、ユージィンの方から「何時に迎えに行ったら良いかな」と当然のように尋ねられて、なんとなくそういう流れになってしまった。まあ生真面目なユージィンが気にしていないのだから、問題ないのだろう、たぶん。
ユージィンと共に会場入りすると、大広間は着飾った男女であふれていた。エリザベスが事前に告げた「今回はブラッドレー家の親族と寄子、そして私と父の親しい友人だけだから、こぢんまりとした集まりよ」とはなんだったのか、クローディアがとまどっていると、エリザベスが他の客人たちをおいて、二人のところにやってきた。
「ユージィン殿下、ようこそおいでくださいました。それからクローディアさんも、よく来てくれたわね」
今日のエリザベスの装いはクリーム色の絹地に金糸の刺しゅうが施されたドレスで、豊かな胸元には大粒のダイアモンドの首飾りが燦然と輝いている。豪奢ながらも気品があって、まるでどこぞの女王のようだ。
「当主就任おめでとう、エリザベス嬢、なかなか盛況だね」
「おめでとうございます、エリザベス様。盛況過ぎてびっくりしましたわ。なんだか私の知ってるこぢんまりとは違うんですけど」
「そう? 言ってた通り、私と父の友人の他は親族と寄り子だけだけど」
そう言って首をかしげるエリザベスは別に惚けているわけではなさそうだ。ブラッドレー家は四大公爵家の中でも最大派閥を率いていると話には聞いていたものの、この権勢をまざまざと見せつけられた形である。
「下手をしたら、この状況で『卒業できませんでした!』って発表する羽目になってたかも知れなかったんですのね、エリザベス様……」
「ちょっと、嫌なこと思い出させないでちょうだい! あんなのはもう過去よ、過去」
その後、三人で他愛ない話をしていると、ライナスとアシュトン侯爵夫妻が到着した。ライナスはエリザベスの友人として、アシュトン侯爵夫妻は親族としての参加だろう。
ライナスは「おめでとうエリザベス」と告げてから、首飾りに目を止めて「それ、伯母上が大事にしていたやつだよな」と感慨深げにつぶやいた。
「そうよ、よく覚えてるわね。我がブラッドレー家の家宝のひとつよ。今日は特別な日だからこれにしたの」
「似合ってるな。……そのドレスも、似合ってて綺麗だと思う」
「ふん、創立祭で私に言われたことをちゃんと覚えていたようね」
「いや、別にそういうつもりじゃ……まあいいわ」
続いてアシュトン侯爵夫妻がエリザベスに祝いの言葉を述べた。
アシュトン侯爵夫人はエリザベスの母方の叔母に当たる人物で、ふくよかでおっとりした雰囲気ながら、目元がどことなくエリザベスに似通っている気がしないでもない。彼女が涙を浮かべて「おめでとう、エリザベスさん。きっと天国のお姉様もお喜びだわ」と微笑むと、エリザベスも感無量といった様子で「叔母様、ありがとうございます。パーティの前に墓所に行って母に報告してきましたの」と涙ぐんでいた。
はたで見ているクローディアも思わずほろりとするほどに感動的な光景だったが、夫人はその後「それにしても、エリザベスさんたら本当に綺麗になって」「公爵様でなかったら、うちのライナスのところにお嫁に来てもらいたいくらいだわ!」などと口にして、当の二人を気まずい雰囲気に追い込んでいた。本当に、「親戚のおばちゃん」という生き物はこれだから。
続いてイアン・トラヴィニオンにエスコートされたルーシーが皆のところに現れた。ルーシーは目を輝かせて「おめでとうございます、エリザベス様」と祝いの言葉を述べてから、恥ずかしそうに傍らの婚約者を皆に紹介してくれた。
イアンいわく「ルーシーから色々と話を聞いているので、初めてお会いした気がしません」とのことだが、話者がルーシーなので、きっと良い話ばかりなのだろう。間違ってもエリザベスが落第しかけていたことや、クローディアが婚約者をストーカーしていたことなどは伝わっていないに違いない。彼のユージィンに対する態度も実に恭しいもので、辺境伯家がユージィンを支持するのも時間の問題ではなかろうか。
主だった客人たちが全て到着してから、引退するブラッドレー公爵による短いスピーチが行われた。その内容は、自分は持病が悪化して公爵の重責を担うことが困難になったので、長子のエリザベスに跡目を譲って引退することになった、年若い新当主をどうか皆で盛り立ててやって欲しい、といういたって無難なものだった。
ちなみにエリザベスから聞いた話によれば、公爵の持病とは撞球のやり過ぎによる腰痛らしい。引退後は保養地で温泉三昧というのだから、なかなか優雅な話である。
続いて新当主であるエリザベスがスピーチを行ったが、特筆すべきは型通りの挨拶の後に「我がブラッドレーは次期国王としてユージィン殿下を支持することをここに宣言いたします」と表明したことである。
支持表明自体はアシュトン、ラフロイ、ヴァルデマー、キングスベリー、レナード、エヴァンズに続く七件目だが、他ならぬ当主就任のスピーチで宣言するのは、もう完全に退路を断ってユージィンと運命を共にするという並々ならぬ覚悟の表れだ。
果たして周囲の反応やいかに、とクローディアがさりげなく周りを見回せば、皆笑顔を浮かべて割れんばかりの拍手を送り、エリザベスに賛意を示していた。まあ、新当主がどう考えてもリリアナとは相いれない以上、いざとなったらユージィンと心中するしかないと腹をくくっているのだろう。どうせ運命共同体ならば、懐に入り込んで支持派の中央に居座った方が、勝利した場合に多くの果実を得ることができるという打算もあるのかもしれない。
その後音楽が始まり、いよいよダンスが始まった。エリザベスは最初に父親、次にライナスと踊ったあとは、申し込まれるままに寄り子の男性たちと順番に踊っているようだ。一方、ライナスはぽつねんとしている令嬢にさりげなく声をかけたりして、まるで招待側の一員のような気づかいを発揮している。
イアンは踊っている最中も休憩中も、ずっとルーシーにつきっきりで、片時も傍を離れようとしないのが、いかにも婚約したてのカップルらしくて微笑ましい。
そしてクローディアはと言えば、ずっとユージィンがつきっきりである。婚約者でもないのにいいのだろうか。二人とも別の人間とも踊った方がいいのではないか。
そんな風に思いはするものの、ユージィンにそう告げて「そうだね。それじゃ他の令嬢を誘うことにするよ」と言われたらやはり嫌なので、口にすることはしなかった。我ながら勝手なものである。
煌びやかな夜は更けて、そろそろパーティも終盤に近付いたころ。いつもの五人にイアンを加えた六人でテラスに陣取り、夜風に当たって涼んでいると、見覚えのある美少年が現れた。
「姉上、ここにいらしたんですか」
エリザベスの異母弟、ダミアン・ブラッドレー。
今日は父親の傍らでひっそりと控えめな笑みを浮かべていた姿を記憶しているが、何故こんなところに来たのだろう。
「ええ、そうよ。なにか用?」
「もうすぐラストダンスです。記念に一曲だけお願いできませんか」
淡々とした口調で、そんな科白を口にする。広間の明かりが逆光になって、彼の表情はよく分からない。
「ええ、別に構わないわよ。ただその前に一つ訊きたいことがあるのだけど」
「訊きたいこと? なんでしょう」
「決まってるでしょ、先日の試験のことよ。……ねえダミアン、貴方、一体どういうつもりなの?」
「どういうつもり、とは」
「惚けないで。貴方、全科目を白紙で出したそうだけど、どういうつもりかって訊いているのよ」
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