58 それぞれの目標
会場内に入った二人は、すぐにいつもの仲間たち――ルーシー、エリザベス、ライナスの三人と合流した。ルーシーのパートナーはすでにリリアナのもとに侍っているのか、彼女の傍には見当たらない。エリザベスとライナスそれぞれのパートナーも見当たらないところを見ると、この二人が組むというクローディアの提案が採用されたようだった。
「まあ、クローディア様のドレス、素敵ですわ。なんというか、とてもエレガントでお似合いです」
ルーシーはクローディアのドレス姿を目を輝かせて称賛し、エリザベスも「ふうん、まあなかなか良いんじゃないかしら」と彼女なりの誉め言葉を口にした。
「ありがとうございます。義母に見立ててもらいましたの。お二人も素敵ですわ。ルーシー様のドレスは可憐な雰囲気がルーシー様にぴったりですし、エリザベス様のドレスは華やかで、なんだか圧倒されますわ」
ルーシーのドレスは柔らかな若草色で、ごくシンプルなデザインながら、そこが逆にルーシーの清楚な魅力を引き立てている。エリザベスのドレスは鮮やかな紫の絹地に宝石をちりばめたもので、本人の美貌も相まって、実に豪奢な雰囲気だ。
クローディアの賞賛に、ルーシーは「ありがとうございます。今までは父の意向でフィリップ様の赤を基調としたものばかりだったんですけど、今回は思い切って自分の好きな色で仕立ててみましたの」と微笑む一方、エリザベスは「ふふん、まあね。このレベルのドレスを着こなせるのは王都広しといえど私くらいのものでしょうよ」と得意げに肩をそびやかした。
「ちょっとライナス、貴方もエスコート役として、私に言うことがあるんじゃないの?」
「え? 俺の好みはもうちょっとこう……いや、なんでもない」
ライナスはなにやら言いかけたものの、女三人に睨みつけられて、口ごもりながら視線を落とした。
エスコート相手がドレスアップした姿は、たとえ好みじゃなくても褒めるべし。それは前世と変わらぬ鉄則だ。
「……うん、いいんじゃないか? 強そうで」
「もういいわ。貴方には何も期待してないわ!」
「ルーシー嬢もエリザベス嬢もよく似合っているよ。二人とも、とても綺麗だ」
「まあ、ありがとうございます。ユージィン殿下」
「ありがとうございます。光栄ですわ、ユージィン殿下。――ライナス、聞いた? こういうのでいいのよ、こういうので」
「俺には期待してないんじゃなかったのかよ。あと殿下のご発言をこういうのって言うな。不敬だぞ!」
などと他愛ない話で盛り上がったのち、一同はクローディアの提案でバルコニーへと場所を移した。ユージィン以外の三人は「皆様にだけお伝えしたい話があるんですの」というクローディアの言葉に怪訝な表情を浮かべたものの、その口調からただならぬ気配を察したのか、皆なにも言わずに従ってくれた。
そしてクローディアは先ほどユージィンに話したのと同じ内容を他の三名にも伝えたわけだが、案の定、その場からは怒りと困惑の声が沸き起こった。
「なによそれ! 私が優勝したらなんだっていうのよ!」
「おいエリザベス、声が大きい。まあ気持ちは分かるけどさ。エリザベスを優勝させたくないなら俺たちみたいに頑張ればいいのに、やり方が迷惑すぎるだろ」
「そんなつまらない理由で、みんな大変な目に遭ったのですね……。巨人を目覚めさせたあとの行動も、あまりにも無責任すぎると思います」
「そうよね! すぐに公表して謝罪するならまだしも、『私たち関係ありません』みたいな顔して、いまだに好き放題やってるんだもの、おかしいわよ」
「だよな。クレイトンのやつはダミアン・ブラッドレーの立場がどうこう言ってるけど、それなら最初から規則破りにあいつを巻き込まなきゃいいんだよ」
一通りの反応が出終わってから、ユージィンは「皆の怒りももっともだ」と静かな口調で言った。
「彼らのやったことはあまりにも無責任だと思う。リリアナは女王になる資格がないし、オズワルド・クレイトンは宰相に相応しくない。――それで、ライナス」
ユージィンはライナスの方に向き直った。
「私が国王になったら、宰相として私を支えてくれるか? 慣例を覆すことになるが、私はクレイトンではなく君に支えてもらいたい」
ライナスは一瞬息をのんだのち、「はい! 必ずや、殿下のお力になれるように精進いたします!」と頬を紅潮させて宣言した。
「私も宮廷魔術師として殿下をお支えできるように頑張りますわ」
「ああ。よろしく頼む。……図らずも演習で君が言ったとおりになったな」
「ふふっ、そうですわね」
「ルーシー嬢もエリザベス嬢も、お互い目標に向けて頑張ろう。フィリップ・エヴァンズはルーシー嬢の結婚相手に相応しくないし、ダミアン・ブラッドレーは年齢的に同情の余地はあるにせよ、公爵家当主に向いているとはいいがたい」
ユージィンの言葉に、ルーシーは「はい、私も頑張ります」と笑みを浮かべる一方、エリザベスは「いえ、私のは別に目標ではなくて……頑張ります」とぼそぼそした口調で返答した。
そんな風にして五人で誓いあったのち、良い気分で会場に戻った途端、鈴を振るような声がクローディアを呼び止めた。
「ここにいたのね、クローディアさん。聞いたわ、アレクと婚約解消したんですってね」
見れば薔薇色のドレスをまとったリリアナ・エイルズワースが、いつもの取り巻きを引き連れて立っていた。
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