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49 宮廷魔術師団長とモートンの報告書

 サロンに通されたラフロイ侯爵は突然の訪問を謝罪してから、すぐに用件を切り出した。


「既に察しはついているだろうが、訪問の目的は他でもない実践演習の一件だ。モートン君から一通り報告を受けているが、君の口からも直接話を聞かせて欲しいと思ってね」

「巨人を倒したときのことを、お話すればよろしいのでしょうか」

「そうだ。最初に巨人と遭遇したところから学院に帰還するまで、君が覚えている限りのことを全て話して欲しい」

「かしこまりました。まず、時刻は一時を過ぎていたと思いますが、私たちが休憩を取っているときに救援信号が――」


 クローディアは昨日モートンに話したのと同様の内容をラフロイ侯爵に話して聞かせた。侯爵は時おり質問を挟みながら注意深く耳を傾けていたが、聞き終わると難しい顔をして、なにやら考え込んでいた。


「……君の言う『一度倒した巨人が再生した』という話が本当なら、それは確かに闇の魔術によって作り出された邪神の眷属である可能性が高い」


 ややあって、侯爵は重々しい調子でそう告げた。


「魔術師団が管理している邪神に関する古文書に、『再生する石の巨人』についての記述がある。それに女神の加護を受けた者にだけ弱点が露になるというのも、邪神の眷属の特徴だ」

「では、あの巨人はやはり――」

「しかし古文書によれば、石の巨人が目覚めるのは、邪神の『この世を滅ぼせ』という呼びかけに応えてのことであり、普段は単なる石像にすぎないそうだ。今回は様々な事情を勘案しても、邪神が復活したとは考えづらい。邪神復活の予兆である魔獣の大量発生に集団暴走、天変地異のいずれも認められていない。だから君が遭遇した巨人が、古文書にある『再生する石の巨人』であるとはにわかに信じがたいんだ」

「邪神が復活していなくても、なんらかの事故をきっかけにして目覚めてしまった可能性はありませんか? 例えばその、何者かが石の巨人が眠っている場所に踏み込んで、強い刺激を与えたとか」

「確かに、可能性としてなくはない。闇の森のどこかに邪神を祭る地下神殿があり、あの巨人たちが安置されていたと仮定して、そこに何者かが足を踏み入れて彼らを刺激した結果、それをきっかけに目覚めてしまった、ということは一応考えられる。――ただモートン君は演習に関する報告書の中で、別の仮説を立てている」


 ハロルド・モートンの報告書。

 その言葉に、クローディアは嫌な予感を覚えた。


「……どんな仮説なのかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ああ。彼の仮説によれば、君たちが遭遇したのは単なるロックゴーレムの変種だろうとのことだった」

「それは……少々無理があるように思えますが」

「そうでもない。通常ロックゴーレムは魔力の淀みが自然の岩と反応して生まれるものだが、同じ現象が自然の岩ではなく人の手による石像で起きてしまう、というのもあり得ない話ではないし、記録スクロールが変種や亜種に上手く対応できないというのもままあることだ。また君たちの中でユージィン殿下にだけ怪物の弱点が分かったことについて、彼は『単に魔法の技術的な面で殿下が一番優れていたからではないか』と述べている。優れた剣士が相手の僅かな隙を見抜くように、優れた魔法の使い手が直感的に魔法生物の弱点を見抜くというのはままあることだし、それほど不自然な話ではないんだよ」

「ですがロックゴーレムは四肢を切り落とせば停止します。再生したりはしませんわ」

「そのことだが……巨人が再生したのを見たのは君だけだそうだが、確かかね?」

「はい」

「他には誰もいないのか? 遠目に見た者も?」

「はい。演習で組んだ仲間は皆離れた地点にいましたので」

「そうか……。モートン君はその点について、君の虚偽申告だろうと推測していた。クローディア・ラングレーは入学当初から大変問題行動の多い生徒であり、彼女の証言を真面目に取り合うべきではない、自分の成果を大きく見せるために、倒した巨人を特別なものだと主張したいだけだろうと」


(あンの陰険眼鏡……!)


 モートンのことだから、クローディアの功績をまともに伝えないだろうとは思っていたが、まさかそこまで悪意を剝き出しにしてくるとは思わなかった。かつてのクローディア・ラングレーが問題行動の多い生徒であったことは否定しないが、そのストーカー時代においてすら、特に虚言癖などはなかったはずだ。むしろあけっぴろげで単純な人間だったと自負している。それなのに、この言い草。あの教師はどこまで性根が腐っているのか。


 なんとか平静を保ちながら「……それで、侯爵様ご自身はどう判断されたのでしょうか」と問いかけると、「現時点では保留だな」という返事。


「本来なら演習責任者であるモートン君を信用すべきところだが……実は昨日、ユージィン殿下が私の執務室においでになってね」

「まあ、ユージィン殿下が?」

「ああ。殿下はモートン君の報告について随分心配しておられたよ。『ハロルド・モートンは、クローディア・ラングレーに対して公平さを欠くきらいがあるので、報告書の内容が偏っているのではないかと懸念している。自分の見たところ、クローディア・ラングレーは信頼に足る人物だ。そのことに留意して報告書を読んで欲しい』というようなことをおっしゃっていた」

「ユージィン殿下が、そんなことを……」

「言うまでもないことだが、これは越権行為に当たる。演習の責任者はあくまでハロルド・モートンであって、いくら王族と言えど、一介の生徒であるユージィン殿下に介入する権限はない。そして私が知っている限り、ユージィン殿下はそういった行為を誰よりも嫌うお方だ。その殿下がここまでおっしゃるからには、よほどのことだと思ったのだよ」


 ラフロイ侯爵はそう言うと、持参した鞄から銀の小箱を取り出した。そして慎重な手つきで蓋を開け、中から握りこぶし大の水晶球を取り出して、クローディアの目の前のテーブルに置いた。


「これは……?」

「魔術師団が所有するアーティファクトだ。この上に手を置いて魔力を注ぎながら、嘘偽りなく証言すると誓った者は、真実を語ることになる。――君はこれに誓うつもりはあるかね?」

「ええ、もちろんですわ! 手を置いて魔力を注ぎながら、『嘘偽りなく証言する』と宣誓すればよろしいんですね?」

「対象を具体的に限定する必要があるから、『私は魔法実践演習であった出来事について嘘偽りなく答えることを誓う』と宣言して欲しい。発動したら、水晶球が光るはずだ」

「分かりました。魔力はどの程度注げばいいんですの? 思い切りやってはまずいですよね?」

「君が全力でやったら壊れる可能性があるから、ほどほどにしてくれたまえ。そうだな、ポーション一瓶を作るくらい、と意識してくれ」

「分かりました。それでは――」


 クローディアは若干緊張しながら水晶玉に右手を乗せた。ひんやりしているかと思いきや、生き物のように生温かい。なるほど、これがアーティファクトというものか。

 加減しながら魔力を注ぎ、「私はこれから、魔法実践演習であった出来事について、嘘偽りなく答えることを誓います」と明瞭な口調で宣言すると、水晶球がぼうっと鈍く輝いた。


「よし、成功だな。では質問するが……君は一度破壊された石の巨人が再生するのを見たと言ったが、事実かね?」


 クローディアが答えようとする前に、口が勝手に言葉を紡いだ。


「はい。私が倒した十三体の巨人のうち、一体目は再生するところを直接見たわけではありませんが、残る十二体については再生するところを直接この目で見ました」


 自分の意思ではなく、何者かに身体を操られているような奇妙な感覚。


「結構、手を離してくれたまえ」


 クローディアが手を離すと、水晶球の光は消えた。ラフロイ侯爵は水晶球を再びしまいこんでから、クローディアに深々と頭を下げた。


「クローディア・ラングレー嬢。邪神の眷属を退治した功労者に対し、無礼なことを言って申し訳なかった。どうか許してくれたまえ」

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
祝! モートン虚偽申請疑惑発生!ワシ モートン嫌いだから オロオロする様が見たいぞ
嘘発見器は思い込みや勘違いは検出できないように思えるんですがどうですかね
宮廷魔術師団長は公平な方で安堵しました。
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