33 エリザベス・ブラッドレーの運命
「……一体どうしたものかしらね」
クローディアは帰りの馬車の中でひとりごちた。
公爵令嬢エリザベス・ブラッドレーが異母弟のダミアン・ブラッドレーに跡取りの座を奪われる――先ほどクローディアが言ったことは単なる脅しではなく、原作で実際にあった展開である。
取り巻きを失ったエリザベスは単独で魔法実践演習に参加したものの、魔獣の掘った穴に落ちて泥まみれになるという醜態をさらし、学院中で物笑いの種になってしまう。そして父公爵にも見放され、「貴族社会でやっていけない者は公爵家の当主に相応しくない」という理由で跡取りの座から外されてしまうのである。
継ぐべき家がない以上は他家に嫁ぐしかないわけだが、王女リリアナや次期当主ダミアンとの不仲で知られるエリザベスを迎えようとする家はなく、結局修道院に入ったという顛末が、オズワルドを通じて語られている。
なぜ弟のダミアンではなくオズワルドなのかと言えば、エリザベスの廃嫡を仕組んだのが他でもないオズワルド・クレイトンだからである。
オズワルドは以前から「リリアナに恨みのあるエリザベスが公爵家を継いだ暁には、女王リリアナの治世の障害になるのではないか」と懸念していた。そこで「宰相の息子」の肩書を使ってブラッドレー公爵と接触し、世間話のていをとって学院内におけるエリザベスの惨めな現状をたっぷりと尾ひれを付けて披露した。そのうえで国王やクレイトン宰相も公爵家の将来を憂いている旨を匂わせつつ、弟ダミアンのことを大仰に褒め称え、まんまとブラッドレー公爵を誘導していったというわけだ。
それだけならまだ良いのだが、問題はそもそもエリザベスの「醜態」が学院中に面白おかしく広まった経緯についても、オズワルドが一枚噛んでいることが、「お前、もしかしてなんかやったのか?」「はて、一体なんのことやら」「うわぁ、絶対やってるよこいつ。俺、こいつのことだけは敵に回したくねぇわ」という軽いやり取りによって示唆されている点である。
その悪辣なやり口については一部の読者から批判の声もあがったものの、「リリアナのためなら手段を選ばない腹黒キャラ」ぶりが素敵だと好意的に受けとめる向きが多かった。
(ヒロインにだけ優しくて、他には容赦ない腹黒キャラって昔から需要があるものね)
クローディアは小さくため息をついた。
エリザベス自身に問題がないとは言わないが、それでもこんな扱いを受けていいとまでは思わない。だからクローディアなりになんとかしようとしたわけだが、当のエリザベスが助けを拒むのであればどうしようもない。
まさかエリザベスに前世のあれこれを伝えるわけにもいかないし――などと思い悩みながら帰宅したところ、館の前で金髪の天使と巨大な毛玉の出迎えを受けた。
「お姉様! お帰りなさいませ!」
「ただいまソフィア。そのモフモフしたのは――」
「ご紹介しますね、ジャックです!」
ジャックは真っ白でふさふさした毛並みの大型犬で、太い前足をきちんとそろえてお座りしつつ、尻尾をぶんぶんと左右に振ってクローディアに歓迎の意を表している。
そういえば、父が今朝がた「今日はヘレンたちが別館から引っ越してくる予定なんだが、犬も一緒で構わないかい?」と尋ねて来たので、「もちろん構いませんわ」と答えたような記憶がある。
「よろしくね、ジャック」
クローディアが言うと、ジャックは返事をするようにウォンと鳴いた。
「触っても大丈夫かしら」
「もちろんです。ジャックはとっても賢いし、人を見る目があるんです!」
お姉様は良い人だから大丈夫! と言わんばかりの眼差しが、なんだか少し面映ゆい。そっと右手で首周りの毛並みに触れると、それは絹糸のように滑らかで、指がすっぽり埋まってしまう程の量感がある。
「私が毎日ブラッシングしてるんです。ほら、この辺りなんか本当にモフモフです!」
「まあ、本当にモフモフね!」
「ほら、こことか、この辺もすごく手触りがいいですよ!」
「ええ、本当に素晴らしいわ!」
姉妹二人がかりで撫でまわされている間中、ジャックは尻尾以外は微動だにせず、されるがままになっている。人を見る目があるかはともかく、利口なことは間違いない。
その後は父と義母に帰宅の挨拶を終えてから、夕食の時間になるまでソフィアと一緒にジャックにボールを投げてやった。投げる際に風魔法を使ってボールを遠くまで運んだり、途中で軌道を変えたりしてやると、ソフィアもジャックも大興奮で喜んだ。
金髪の天使と笑いあい、真っ白い毛玉と無心で戯れているうちに、エリザベス・ブラッドレーにまつわるもやもやした気持ちは雲散霧消していった。
(まあなるようになるでしょ。私があれこれ考えたってしょうがないわ!)
自分なりにできることはやった。あとはエリザベス自身の判断である――クローディアはそんな風に気持ちを切り替えて、新しい家族との時間を存分に楽しんだ。
エリザベス・ブラッドレーが中庭の四阿を訪れて、グループに参加させてほしいと申し出てきたのは、それから三日後のことだった。
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