30 宮廷魔術師になる方法
気を取り直したクローディアとルーシーは、当初の予定通り中庭の四阿へと赴いた。しかし途中で時間を取られたためか、目当ての場所には先客がいた。
銀髪の青年と灰色髪の青年の二人組。言わずと知れたユージィン・エイルズワースとライナス・アシュトンの主従コンビである。
「やあ、また会ったな。ラングレー嬢とアンダーソン嬢。君たちもこれから昼食か?」
二人に気づいたユージィンが笑顔で声をかけて来た。
「ええ、そのつもりだったんですけど」
「予定していた場所に私たちがいた、というわけか。――良かったらここで一緒に食べないか?」
「まあ、よろしいんですの?」
「ああ、皆で食べた方が楽しいだろう。いいだろう? ライナス」
「殿下がそうおっしゃるのでしたら、俺は別に構いません」
ライナスが例によって例のごとくに即答する。
「それじゃ、お言葉に甘えましょうか、ルーシー様」
「ええ、そうですわね、クローディア様」
クローディアとルーシーはそれぞれユージィンとライナスに頭を下げると、空いているベンチに腰を下ろした。そしてそれぞれのランチボックスを開けて、四人そろっての昼食会と相成った。
話題は無難に本日の授業のことから始まった。ユージィンたちのクラスはクローディアたちが先日やったポーション作りだったとのことで、二人とも調整が上手くいかずにかなり苦戦したらしい。クローディアが「まあ、私たちはSを取りましたわよ? と言っても、ほとんどルーシー様のお手柄ですけど」と前置きしつつルーシーの見事な手際を紹介すると、男性二人から感嘆の声が上がり、ルーシーは「いえ、そんな」と真っ赤になってはにかんでいた。
話題はやがて先日の魔法実践での一件に移り、クローディアの素晴らしい火炎魔法について改めて賞賛が集まった。ユージィンいわく「歴代の宮廷魔術師でもあれだけやれる者はそういないよ」とのことで、クローディアは「まあ、殿下にそうおっしゃっていただけるのは心強いですわ!」と言って、自身も宮廷魔術師を目指していることを打ち明けた。
そして「ぜひとも在学中に宮廷魔術師入りの内定が欲しいんですの。父からそういう例が何件かあると聞いたので、具体的にどういう経緯だったのか調べてみるつもりですわ」と言葉を続けたわけだが、そこでライナスからとんでもない情報がもたらされた。
「在学中の内定って、大抵は当時の魔法科担当教師の推薦じゃないのか?」
「え」
「俺の大叔父も在学中にスカウトされて宮廷魔術師入りしたんだが、当時の担当教師が大叔父の才能に惚れこんで、コネクションを駆使して宮廷魔術師に押し込んでくれたって前に聞いたことがある」
「……そういうパターンもあるってことですわね?」
「いや、ほとんどそのパターンだと思うぞ? 確か大叔父がそんなことを言ってたような」
「そう……でしたの」
あまりのことに、クローディアは目の前が真っ暗になるのを感じた。魔法科担当教師――すなわちハロルド・モートンの推薦が必要だというなら、ほとんど絶望的ではないか。
在学中にお呼びがかからなければ、卒業後に魔力を生かした仕事に就いて、そこで実績を積むことによってアピールする必要があるわけだが、問題はその時点ですでに宮廷魔術師の席が埋まっている可能性が高いことだ。
原作でハロルド・モートンが宮廷魔術師に選ばれたのは、主人公リリアナの在学中のことである。その当時にできた空席が、リリアナやクローディアたちの卒業後も空席のまま残っている確率は、果たしてどれくらいあるだろう。そして仮に埋まってしまった場合、次の欠員が出るまでリーンハルト公爵家が結婚を待ってくれる可能性は、果たしてどれくらいあるだろうか。
呆然としているクローディアに対し、ライナスは「あ、でも単に今まではそうだったってだけで、別に教師の推薦が必須ってわけじゃないと思うぞ?」と慌てたように付け加えた。一方ユージィンは「ラングレー嬢はなにか在学中の内定にこだわる理由でもあるのか?」と訝し気に問いかけた。
「……実は私の婚約解消がかかってますの」
「宮廷魔術師の内定に?」
「ええ、宮廷魔術師の内定に」
そこでクローディアはかいつまんで事の次第を打ち明けた。
父の協力のもとにアレクサンダーとの婚約解消を目指しているが、リーンハルト公爵家が頑として応じないこと。公爵家が執着しているのはクローディア本人ではなく豊かなラングレー領であることから、跡取りの座を妹に譲るという奇策で事態を打開するつもりであること。そのための大義名分としてクローディアが宮廷魔術師に選ばれる必要があること。
ただし在学中に欠員が出る件については説明不可能であったため、「卒業したらすぐに結婚させられる可能性がありますの!」という形で誤魔化した。あくまで可能性の話なので、別に嘘はついてない。
ユージィンは「そんな動機で宮廷魔術師を目指してるのか……」と若干引いた様子だったが、すぐに気を取り直したように「そういうことなら魔法実践演習に参加すればいいんじゃないか?」と意外な提案を口にした。
魔法実践演習とは、年に一度行われる魔獣狩りの形式をとった演習のことだ。会場は学院の裏手に広がる闇の森。勇者アスランが並み居る魔獣をなぎ倒して邪神に挑んだ故事に倣い、王立学院創立以来続けられている伝統行事で、参加しなくてもペナルティはないが、上位入賞すると成績に加点されるうえ、箔が付いて貴族社会でも一目置かれるようになる。クローディアがとびぬけた成果を上げて優勝すれば、宮廷魔術師団の耳に届いてスカウトが来る可能性は十分に考えられるだろう。
しかし、である。
「――ですが、学院行事である以上、採点はモートン先生がするのでしょう? 果たして正当に評価してもらえるでしょうか」
「そのことなんだが、今年の演習は宮廷魔術師団長のラフロイ侯爵が来賓で訪れることになっているんだ」
「まあ、魔術師団のトップが学院においでになるのですか?」
クローディアは驚きの声を上げた。
少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の記憶によれば、宮廷魔術師団長、アシュリー・ラフロイは非常に厳格な老人で、リリアナからは「あの人、なんだか堅苦しくって苦手だわ」と煙たがられている人物だ。彼ならばリリアナの愛らしさに惑わされずに、クローディアの実力を正当に評価してくれるに違いない。
「明日にも正式発表があると思うが、ラフロイ侯爵は採点にも参加するそうだから、君が目立った成果をあげれば、きっと彼の目に留まるはずだ」
「素晴らしい情報ありがとうございます、ユージィン殿下。それじゃ演習で頑張ることにしますわ!」
クローディアは満面の笑みで宣言してから、ふと思いついて問いかけた。
「――そういえば、殿下も参加なさいますの?」
「ああ、私はライナスと組んで参加予定だ」
「そうですの……。あの演習って、確か五人までグループを組めるんですわよね?」
「ああ、そのはずだが」
そこでユージィンはクローディアの意図を察したように微笑んだ。
「ラングレー嬢、もし良かったら私たちとグループを組まないか? アンダーソン嬢も一緒にどうだろう」
「ええ、是非! ね、一緒に参加しましょうよ、ルーシー様」
クローディアが我が意を得たりと同意する一方、ルーシーは「え、私もですか?」と戸惑いの声をあげた。
「私は魔力が多くありませんし、足手まといなんじゃ……」
「とんでもありませんわ! ルーシー様はポーション作りの名手ですもの。ポーションや魔道具は参加者が自作した物しか持ち込めない決まりですから、ルーシー様がポーション担当になって下されば、すごく有利になりますわ。もちろん無理にとはいいませんけど、参加して下さると嬉しいですわ」
「私もアンダーソン嬢が参加してくれたら嬉しいよ。もちろん君自身が決めることだが、前向きに考えてくれるとありがたい」
「俺もアンダーソン嬢が参加してくれるなら歓迎する。いいポーションがあると心強いからな」
三人の言葉に、ルーシーは「分かりました。私で良ければ喜んで」と頬を染めながらうなずいた。
「それじゃ、簡単にグループ内での役割分担を決めておこうか。とりあえずラングレー嬢は攻撃魔法担当、アンダーソン嬢は回復担当でいいな?」
ユージィンの問いかけに、クローディアとルーシーはそれぞれ「ええ、もちろんですわ」「はい。あの、がんばります」とうなずいた。
「私は身体強化魔法を使った物理攻撃を担当しよう。ライナスは探索魔法を頼む」
「畏まりました。結界魔法も俺がやりましょうか」
「そうしてくれるとありがたいが」
「お任せください」
「まあ、その二つを兼ねるのはちょっと大変ですわね」
クローディアの言葉に、ライナスは「いや、元々三つくらい兼ねるつもりだったしな。二つで済むんだからだいぶ楽になったわ」と軽く肩をすくめて見せた。
確かにユージィンと二人で参加する場合よりは楽になっているのだろうが、やはり負担の大きさはぬぐえない。
クローディアの無尽蔵の魔力量ならば二つ担当するのも容易いが、あいにく他人も含めた結界魔法や遠方までの探索魔法はまだ技術的に自信がない。
(人数的にはもう一人いけるんだし、結界魔法が得意な人を加入させられたらいいのよね。例えば……)
「……皆さま、折り入ってご相談したいことがあるのですけど」
クローディアは他の三人を見回した。
「結界魔法担当として、エリザベス・ブラッドレー様を勧誘するのはいかがでしょう」
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