131 物語の終わり。そして始まり。
元学院長ケイト・エニスモアの処刑は貴族社会において、しごく平静に受け止められた。学院生徒たちの間にも目立った動揺は見られなかった。
ケイト・エニスモアは生徒会メンバーを別にすれば、学院生徒と直接関わることはほとんどなかったので、当然と言えば当然か。
とはいえクローディア自身は少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』を通して、ケイト・エニスモアの普段の様子を目にしていたので、その死に際しては、やはり心に来るものがあった。
いつも「今回だけですよ?」と言いながらリリアナの校則違反を見逃し、なにかにつけて「リリアナ様は本当にアンジェラ様にそっくりね」と目を細めていた学院長ケイト・エニスモア。
彼女がどんな思いでリリアナたちと交流していたのか、なにが彼女をあんな犯行へと駆り立てたのか、それは永久に分からない。
処刑を見届けたラフロイ侯爵は、ペンダントの紛失にずっと気づかなかったことや、誤解があったとはいえ、ユージィンに嘘をついてハロルド・モートンを隠そうとしたことなどの責任を取って辞任したいと申し出たものの、ヴェロニカ王妃とユージィン、クローディアらが「紛失に気付かなかったのは王家にしても同じことだし、モートンの件にしてみても、辞任するほどのことではない」と必死に説得し、なんとか翻意させることに成功した。
「良かったよ。年齢的には引退でもおかしくないとはいえ、長年にわたって国に貢献してきたラフロイ侯爵が引責辞任という形で終わってしまうのは残念だからね」というのがユージィンの弁である。
ラフロイ侯爵にはもう一年か二年続けてから、体力の衰えを理由にして円満な形で引いてもらうことになるだろう。
そして冬期休暇に入り、ルーシーは夏期休暇と同様にトラヴィニオン辺境伯領へ、ライナスとエリザベスは二人でアシュトン侯爵領とブラッドレー公爵領を順番に訪れることになった。
今回も王都に残ったクローディアは王妃教育を受けながら、空いた時間にユージィンと二人きりのデートを楽しんだ。たまに義母ヘレンや異母妹ソフィアと女三人で外出したり、お茶会を開いたりすることもあった。
クローディアの見たところ、ソフィアは相変わらず男女を問わず人気者のようだが、一度本人がこっそり打ち明けてくれたところによれば、家族を除けば「やっぱりセオ様が一番好きなのです」とのこと。
「セオ様」とは言うまでもなくレナード侯爵家の三男であるセオドア・レナードのことである。そのセオドア少年の方はと言えば、「世界中を敵に回してもソフィア・ラングレーを愛している」といった様子なので、めでたく両思いというわけだ。
幼いころの初恋が悲惨な結末を辿った姉としては、幼い二人の微笑ましい初恋がこのまま幸せに成就してくれることを願ってやまない。
冬期休暇が終わったあとは、またいつもの五人で集まって盛り上がった。
ライナスとエリザベスの仲は順調に進展しているようで、既にライナスの卒業を期に王都で結婚式を挙げることや、その後二人でブラッドレー邸に住むこと、跡取りは第一子がブラッドレー公爵家、第二子がアシュトン侯爵家を継ぐことなどが正式に決定されたという。
暮らす場所がブラッドレー邸なのはエリザベスの希望によるものだが、ライナスの方も「うちはまだ父上や母上が現役だし、俺たちの方が居候って形になるからな」とあっさり同意したらしい。
一方、跡取りに関しては、決まるまで相当に揉めたようである。双方が「第一子は我が家の跡取りに!」と主張して譲らず、一時は膠着状態に陥ったものの、最終的にはエリザベスが「この私が、このエリザベス・ブラッドレーが命がけで出産するのだから、ブラッドレー優先に決まってるでしょう? 文句があるなら貴方が産んでみなさいよ!」と一喝して、こういう形に落ち着いたらしい。
ライナスは「それを持ち出すのは反則だろ」とぼやいていたが、あえて「ブラッドレー公爵家の方が家格が上だから」とは言わずに男女の問題にした辺り、エリザベスなりの気遣いのような気がしないでもない。
併せて跡取りが産まれなかった場合はそれぞれの親族から養子をとることも決定されたが、エリザベスの異母弟であるダミアンは「もし姉上に御子ができなくとも、僕は後継を主張するつもりはありません」といって相続権を放棄する誓約書を提出したので、その件については将来的に揉める心配はなさそうだ。
そのダミアンはと言えば、辺境伯の弟が所属する劇場の新人俳優として舞台に立っているらしい。一度五人で彼の出てくる芝居を観に行ったところ、ダミアンは辺境伯の弟が演じる王子の従者役で登場し、なかなかの熱演ぶりを見せていた。
エリザベスは彼の演技に対していちいち「今の科白は声に力がなかったわね。いつもはもう少しましなのだけど」などと上から目線で論評していたが、ルーシーが何気ない調子で「エリザベス様はダミアン様のお芝居をよく観に来てらっしゃるのですね」と口にすると、「え、そんなわけがないじゃない。一度か二度暇つぶしに観に来たことがあるだけよ?」などと白々しいことを口にしていた。
そして季節は廻り、再び魔法実践演習のシーズンがやってきた。もっとも学院長代行の教師いわく「邪神復活に備えた戦闘訓練」の意義が薄れたため、成績に対する加点は行わず、あくまで気楽なイベントとして開催するとのこと。
クローディアたち四人も気楽に参加する予定でいたのだが、学院長代行から「貴方たちはもう殿堂入りです。最初から優勝者が決まっていたらイベントが盛り上がりませんし、むしろ優勝者を表彰する役をやってくれませんか」と懇願されて、主催者側に加わることになってしまった。
実践演習の間は先生方と共に学院本部で待機することになったわけだが、救援信号で助けを求める生徒のもとに颯爽と駆けつけては大型魔獣を叩きのめすのはなかなか爽快で、これはこれで楽しめた。
その後は創立祭を経て、卒業試験が行われ、ユージィンが不動の一位、ルーシーが二位、ライナスとクローディアが同点三位という結果になった。アレクサンダーは色々あったにもかかわらず、ちゃんと五位につけていた。
そして試験結果を受けて、ルーシーの王立大学への進学と奨学金の獲得が決定となった。
ちなみにルーシーはイアン・トラヴィニオン辺境伯から「もし奨学金が獲得できなければ進学費用は私に出させてくれ」と言われていたので、どのみち進学自体が可能だったが、やはり王立大学の特待生は「特別に優秀な学生」の証として希望の研究室に行きやすくなるとのことで、ルーシーは大変喜んでいた。
もっとも邪神討伐におけるルーシーの活躍は上級薬師の間でも評判だそうなので、奨学金の有無にかかわらず、どこの研究室からも引っ張りだこに違いないが。
そんな風にして充実した日々を送っているうちに、時は流れて、ついに卒業の日を迎えた。
卒業式は式典のあとに舞踏会が行われるので、クローディアは菫色のドレスをまとってユージィンと共に会場入りし、トラヴィニオン辺境伯にエスコートされたルーシーや、ライナスにエスコートされたエリザベスと合流した。
「まあ、すごく素敵なドレスですわね、クローディア様。もしかしてユージィン殿下の瞳の色ですか?」
ルーシーの問いかけに、クローディアは「ありがとうございます、ルーシー様、ユージィン様にプレゼントしていただいたんですの」と微笑んだ。
「ルーシー様のドレスも凄く素敵ですわ。辺境伯様の瞳の色ですわね」
クローディアが言うと、ルーシーははにかむ様に「ありがとうございます。私のもプレゼントなんです」と口にした。
ルーシーのドレスは深い緑色だ。緑はもともとルーシーの好きな色だが、それがたまたま辺境伯の瞳の色というのもなかなか運命的な話である。
「エリザベス様のドレスも素敵ですわ。豪奢で華やかでエリザベス様にぴったりです」
クローディアが賞賛すると、「ありがとう、ライナスのプレゼントよ」との返事。ちなみに色は鮮やかな薔薇色で、エリザベスのリクエストだとのこと。
「だって仕方ないじゃない。ライナスの髪も瞳も地味過ぎて全然ドレス向きじゃないんだもの! あ、でも色自体は別に嫌いじゃないのよ? きりっとした灰色で、地味に格好いいと思うわ」
「いちいち地味って言うなよ。いいんだよ、別に俺は婚約者に自分の色をまとわせたいとか、そういうの全然興味ないし。……あ、いえ、別に殿下と辺境伯のことを悪く言いたいわけじゃなく!」
そんな他愛ないことを言い合っているうちに楽団の演奏が始まって、卒業生たちはそれぞれのパートナーと踊り始めた。
クローディアもユージィンのリードに身をゆだねながら、ふと、少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の最終回に思いをはせた。
原作の最終回はリリアナたちの卒業式だ。
アレクサンダーはリリアナとラストダンスを踊ったあと、物陰で「リリアナ様、俺は貴方が好きです。俺と人生を共にして下さい」と決死の思いで告白し、対するリリアナは満面の笑みで「うん、私もこれからもずーっとアレクと一緒に居たいわ」と即答する。
そして「あの、それはつまり俺と――」「あ、いっけない! このあとパパと約束してるんだった! それじゃアレク、またあとでね!」「待ってくださいリリアナ様! さっきの答えは、つまりどういう――」などというやり取りと共に軽やかにかけていくリリアナと、慌てて後を追うアレクサンダー、それを呆れた様子で眺めるオズワルド、フィリップ、ダミアン、モートン、そして学院長という構図で幕となる。
掲載当時のネット掲示板では「アレクおめでとう!」「エンダァァ!」「やっぱりリリアナにはアレクだよね!」「あれをアレクエンドと主張するのは無理があるわ」「アレク信者必死過ぎてキモイ」などと熱い議論が交わされていたものだが、まあそんなことはどうでもいい。
ともあれ原作はリリアナの卒業をもって最終回を迎え、その後のことは空白だ。クローディアの転生者としてのアドバンテージは、この卒業パーティをもって完全に終わりを迎える。クローディアの行く手には、この先何が待っているのか、それは誰にも分からない。
「どうしたんだ? クローディア」
ユージィンの声に、クローディアは目の前の現実にひきもどされた。
「いえ、ちょっと、卒業後のことを考えていたんですの」
「卒業後?」
「ええ、これからどうなるのかなって」
「不安なのか?」
気遣うように問いかけるユージィンに、クローディアは「正直言って、不安がないと言えば噓になりますわ」と苦笑した。
「だけどそれ以上に、これからのこと全てが、楽しみでたまらないんですの」
クローディアが言うと、ユージィンは「君らしいな」と眩しそうに目を細めた。
王妃になったあとも、あれやこれやと厄介ごとはあるだろうし、大変な思いもするかもしれない。とはいえそれもまた、人生の醍醐味という奴である。
目の前には未来の伴侶であるユージィン・エイルズワース。その向こうには婚約者と息を合わせて踊るルーシー・アンダーソン。そしてエリザベス・ブラッドレーとライナス・アシュトンの姿も見える。皆と一緒なら、これからなにが起ころうとも乗り越えていけるに違いない。
軽やかにステップを踏みながら、クローディアはこれから待ち受けるまっさらな未来を思って微笑んだ。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
ここで本編はいったん完結となります。今後は後日談や番外編などを不定期で更新する予定です。
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