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130 罪人の独白(後編)

 高等部から入学してきたアンジェラ・アーヴィングは「最近になって引き取られた男爵家の庶子」というぱっとしないプロフィールながら、その華やかな容姿と非常識な振る舞いによって、短期間のうちに校内屈指のトラブルメイカーの座を獲得した。

 あれこれと熱心にアンジェラの世話を焼く男子生徒と、それに抗議する男子生徒の婚約者、そして「ごめんなさい。私、そんなつもりはなかったの」と愛らしく目を潤ませるアンジェラの構図を何度目にしたか分からない。


 当然のことながら、ケイトとしては一切関わるつもりはなかったが、エドガーの「アンジェラ嬢の友達になってやってくれ」という要望のおかげでいきなり方針転換を余儀なくされた。

「あの子はうちの寄子の娘で、面倒を見てやる責任があるんだ。だけど僕は学年が違うし、ついててやるわけにもいかないからさ」「アンジェラ嬢は嫉妬されてしまうみたいで、女子の友達がいないんだ。だけど君なら下らない嫉妬なんかしないだろ」というのがエドガーの弁である。


 寄子の娘というだけでそこまでする必要があるのだろうか。なんとなく釈然としないものを感じたものの、他ならぬエドガーの頼みである。その翌日、ケイトはアンジェラに「私と一緒に課題をやりましょう」と声をかけた。

 日ごろ誰とも関わらず、「孤高の侯爵令嬢」などと言われるケイト・エニスモアの豹変に、周囲からは「信じられないわ。あのエニスモア様が」「一体どういう風の吹き回しだ?」とどよめきの声が上がり、中には「エニスモア侯爵家の方が、まさかあんな下品なタイプがお好きだなんて思わなかったわ」などと軽蔑するように言う者もいた。


「いいの? 私と一緒に居たら貴方まで嫌われてしまうかもしれないわよ」


 そう問いかけるアンジェラに、ケイトは「どうでもいいわ。下らない。勝手に言わせておけばいいのよ」とそっけなく返答した。

 名前もろくに覚えていない凡人どもの顔色をうかがう必要がどこにある、という本音を語っただけだったが、アンジェラは潤んだ眼差しでケイトを見上げ、「貴方って、凄く格好いいわね」と感嘆するような声を上げた。

 そして「嬉しいわ、私、女の子の友達って初めてなの」「なんでか分からないけど、私っていつも女子から嫌われてしまうのよ。嫌わなかったのは貴方だけよ」などと言いながら、べったりとケイトに依存するようになっていった。


 アンジェラはなにかと腕を絡めては、甘えた声で「私ねぇ、他の誰より、ケイトのことが一番好きなの!」と口にした。「お揃いにしましょう」と言って安物のアクセサリーを押し付けてきたこともあれば、「私が初めて刺繍したの、友情の証として、ケイトにもらって欲しいの」と言ってハンカチーフを贈ってよこしたこともある。

 下らない。思春期の女性同士がよくやる類の友情ごっこだ。アンジェラは今まで女友達がいなかったから、其の手のやり取りに憧れがあるのだろう。

 爵位の違いも弁えない馴れ馴れしい物言いも、上目遣いで見上げてくるところも、甘ったれた喋り方も、すぐ涙ぐむところも、なにもかもが煩わしかったが、エドガーの頼みだと思って我慢した。


 そのエドガーとは相変わらず交流を重ねていた。「神」に関する資料の分析や地下神殿の捜索に加え、最近では世間的なデートのように芝居や美術展に行くこともあった。

 侯爵家の跡取りとしては、世間の流行についても最低限抑える必要があるというエドガーの提案によるもので、ケイトとしては少々物足りなかったものの、それでもエドガーと二人ならば、凡庸な催しでもそれなりに楽しめると思っていたのである。

 ところがある日、幕間に貴賓室で軽食をつまんでいるときに、なんとアンジェラが現れて、「奇遇ねぇ! ケイトもこのお芝居に興味があったの?」とケイトに声をかけてきた。

 ケイトは適当なことを言って追い払おうとしたものの、エドガーが「せっかくだから一緒に観よう」と余計なことを言い出して、アンジェラを二人のボックス席に招待し、そしてあれよあれよという間に、次の外出は三人で出かけることが決定された。そして三人での外出が恒例となるまでに、さして時間はかからなかった。


 さらにケイトとエドガーが生徒会に参加することになったとき、アンジェラが「私ひとりが仲間外れなんて寂しいわ」と言い出すと、早速エドガーの口利きで、アンジェラは手伝いとして生徒会に参加することになった。

 ここに至っては、もはや認めざるを得ない。エドガーはアンジェラに惹かれているのだ。


 あのエドガーが、アンジェラのような下らない女性に惹かれている。ケイトはその事実に軽い失望を覚えたものの、ショックを受けるには至らなかった。

 仕方がない。思春期の男性というのはそういうものだ。男性はその時期になると己でも制御できない衝動に振り回されて、頭が空っぽでいかにも性的魅力にあふれた――つまりは繁殖力の高そうな女性を追い回すようになるという。エドガーのような知的な男性でも、やはり男性である以上、その弱点からは逃れられないのだろう。

 エドガーがアンジェラを愛人として囲いたいと考えているなら、自分はそれを受け入れよう。

 自分は性行為そのものに忌避感があるし、跡取りを作ったあとは閨を別にしたいと考えていたくらいである。エドガーがアンジェラの肉体を使って己の獣欲を満たし、ケイトとはこれまで通りの精神的な交流を楽しむと言うのは、さほど悪くない役割分担ではなかろうか。


 ――などと己に言い聞かせていたのだが、結局アンジェラが王太子に見初められて側妃になることが決まったときには、心の底からほっとした。

 アンジェラは当初戸惑っていたものの、ケイトが「まあ、素晴らしいじゃないの。勇者アスランの子孫から愛されるなんて最高に幸せなことよ」と称賛すると、「そうかしら」と頬を染め、側妃となることを受け入れた。

 エドガーは暗い顔をしながらも、やはり「おめでとう」とアンジェラを祝福し、結局三人の関係はこれまでと少しも変わらなかった。そうこうしているうちに、エドガーは一足早く卒業し、正式に宮廷魔術師となった。


 そして久しぶりに二人きりで会ったとき、ケイトは満を持して切り出した。


「一昨日、妹の婚約が正式に決まったの」

「ああ、そう聞いていたよ、おめでとう」

「だから、私たちのこともそろそろ公にしていいかなって思うのよ」

「え……」


 エドガーは一瞬面くらったような表情を浮かべたのち、「ごめん」と頭を下げた。


「悪いけど、あの約束はなかったことにして欲しい。正直に言うけど、アンジェラ嬢のことが好きなんだ。アンジェラ嬢は側妃になることが決まってるし、今さらどうこうなれるわけじゃないけど……でもこんな気持ちのままケイトと結婚できないよ」

「ちょっと待ってちょうだい。なんでそういう話になるの? 私たちの絆とアンジェラに対する欲情は、全然違うものでしょう? 私たちは……同志じゃないの」

「うん、そういうのも、もう卒業する頃合いかなって思うんだ」

「そういうの?」

「だから、邪教徒ごっこだよ」


 エドガーは困ったような笑みを浮かべて言った。


「宮廷魔術師になって、今まで知らなかったことを色々と知って、ものの見え方が変わったんだ。詳しいことは言えないけど、邪神が復活することは現実としてあり得るんだよ。だからこんな遊びはいつまでも続けていられない」

「なにを言っているの? 可能性があるなら素晴らしいことじゃないの」

「そのために大勢の人が死ぬことになってもいいのか?」

「大勢の人って……どうでもいい人たちでしょう? 気にすることないわ」

「僕はそうは思えない。子供のころはこんな世界は下らない、誰が死んでも構わないと思ってたけど、今はもうそんな風に思えないんだ。ケイト、この世界は素晴らしくて、人間は一人ひとりに価値があるんだよ」


 エドガーは教え諭すような口調で言った。その陳腐な科白は、この前アンジェラが涙を浮かべて絶賛していた芝居のそれだ。


「……アンジェラのせいね?」

「いや、アンジェラ嬢が悪いんじゃないよ。僕が悪いんだ。ただ僕がアンジェラ嬢を愛してしまっただけなんだ」


 そう口にするエドガーは、まるで悲恋に酔う凡百の男子生徒のようだった。

 実際、かつてアンジェラを巡って繰り返された茶番劇で、男子生徒たちは婚約者に対して似たような科白を口にしていたものである。

 それを冷ややかに眺めていた自分が、まさか今頃になって当事者になるとは思わなかった。あれだけ面倒を見てやった結果がこれか。どうしてやろう、あの女を。いやそれよりもエドガーだ。この裏切り者の背教者を一体どうしてやるべきか。


 制裁は、あえて画策するまでもなく実現された。

 翌日、ケイトは王太子に呼び出され、エドガーとアンジェラの関係について質問を受けた。


「君たち三人が芝居やカフェに行っているところを見かけた者が何人もいるんだ。君とアンジェラが仲の良い友人であることは知っているが、なぜラフロイが同行しているのか、君の口から説明がほしい」


 これが数日前のことなら、ケイトは迷うことなく「私とエドガーは婚約者同士で、アンジェラは私たちの外出に同行しているだけです」と答えただろう。しかしケイトはすでにエドガーの婚約者ではなくなっていた。


「アンジェラの気持ちは分かりません。でも……エドガー様はアンジェラを愛していると言っていました」


 王太子にはそれだけで十分だったようである。帰宅してしばらくすると、案の定エドガーが訪ねてきたが、執事に命じて追い返した。

 後悔すればいい。ケイトを裏切ったことを、今まで積み重ねてきた時間を汚したことを、死ぬほど後悔すればいい。後悔して、後悔して、後悔して、ぼろぼろになって許して欲しいと懇願してきたら――その時どうするかは、その時になってから考えよう。

 エドガー・ラフロイが亡くなったとの知らせを受けたのは、それから二日後のことだった。




 その後のことは、酷く記憶があいまいだ。ただ、死にたい、と一心に念じていたことだけは記憶している。

 死にたかった。エドガーを喰らった魔獣に喰われて、自分も死んでしまいたかった。

 そんな思いを胸に、闇の森をさ迷っているうちに、いかなる運命のいたずらか、ケイトはついに発見したのだ、かつて「神」が祭られていた地下神殿を。


 ケイトはその荘厳さに圧倒されて、しばし茫然としていたが、やがて「ああ主よ、主よ、感謝します」と声をあげて泣き崩れた。「神」が敬虔な信徒たる自分を救うために、ここに導いてくれたとしか思えなかった。

 そうだ、絶望するのはまだ早い。

 エドガーは「神」の復活をあり得ることだと言っていた。「神」が復活すれば、死者の蘇生だって可能なはずだ。

 その後は寝る間も惜しんで地下神殿の壁に刻まれた古代文字を解析し、ペンダントに関する情報を手に入れた。「神」の復活があり得るということは、すなわちペンダントが現存しているということだ。隠し場所としてはアスラン王の子孫が住まう王宮の可能性が高いだろう。


 ケイトは王立学院を卒業後、側妃となったアンジェラの友人として頻繁に王宮を訪れて、隠し場所は聖剣の間だと見当をつけた。存在を知られてはならない物を警備するに際して、「聖剣を守っているだけ」という体裁を取ることができる聖剣の間はうってつけの場所である。

 試しにアンジェラに「以前エドガーに聞いたのだけど、聖剣の間に特別なペンダントがあるって本当かしら」と問いかけると、「え? エドガーがそんなことを言っていたの? それって絶対人に話したらいけないのに!」との返事。本当に愚かな女である。


 ペンダントを盗み出すに際しても、アンジェラが大いに役に立ってくれた。

 アンジェラは「この御子はいずれ邪神と対峙することになる」という予言にひどく怯えていたので、「陛下はリリアナ殿下を愛しているんでしょうけど、そこはやっぱり王族だもの。王族としての義務を優先するんじゃないかしら」と不安を煽り、またアンジェラの侍医について「あの人、なんだか信用できないわ。なかなか良くならないのは、変な物を処方されてるんじゃないかしら」「薬は飲んだふりをして、こっそり捨ててしまいなさい」と唆した。

 国王は嫉妬心からアンジェラには医師も薬師も全て女性を付けていたので、ただでさえ「女性に嫌われる」自覚のあるアンジェラは、いともたやすく疑心暗鬼に陥った。


 アンジェラは快方に向かうことなく儚くなり、ケイトは葬儀とリリアナ誘拐の混乱に乗じてペンダントを盗み出すことに成功した。

 その後は神の依代として相応しい人物を虎視眈々と待ち続け、そして――ついにやり遂げた。


 顕現した神にひれ伏して、ケイト・エニスモアは懇願した。


「偉大なる我が主よ、どうかエドガー・ラフロイをよみがえらせてください。貴方様にこの私を除いたすべての人間のうち、十万人の命を生贄に捧げます」

「た、ら、ぬ」

「では五十万――いえ、百万人の命を捧げます」

「よ、か、ろ、う」


 かくして契約は結ばれた。アレクサンダー・リーンハルトと一体化した「神」はこの大陸中で殺戮を繰り広げるだろう。これから魔獣が、天変地異が、そして「神」自らの手が、大勢の命を奪うだろう。その数が百万に達したとき、エドガーは復活するはずである。

 ケイト・エニスモアは狩りの妨げにならないように、そっと院長室を抜け出した。



 

(……だけど結局、上手くいかなかったわね)


 目の前の杯を見つめながら、ケイト・エニスモアは自嘲の笑みを浮かべた。

 念願かなってようやく「神」を顕現させたが、結局エドガーをよみがえらせることは叶わなかった。それどころか物心ついて以来信奉してきた「神」を失ってしまった。

 それなのに、不思議なほどに悔しさはない。ああそうか、こんな結末か、なんて白けた感想が浮かぶばかりだ。

 ああそうか、こんな結末か。

「神」への思い。エドガーへの想い。エドガーをよみがえらせたいという情熱が、歳月を経るうちに、すっかり風化してしまったのだろうか。

 そういえばもうずいぶん前から、エドガーの夢を見なくなっていた。ここ数年は「今さらもう引き返せない」という思いだけで動いていたのかもしれない。アンジェラを死に至らしめておいて、今さらもう引き返せないと。


 エドガーの夢を見なくなった代わりに、アンジェラの夢をよく見るようになった。

 彼女にそっくりのリリアナが目の前にいたためだろうか。「ケイト先生!」と言って抱き着いてくるリリアナに、こんなところはアンジェラと似ているな、とか、こういうところは似ていないな、とかそんなことばかり考えていた。


 ――私ねぇ、他の誰より、ケイトのことが一番好きなの!


 あの甘えた声が、今も耳に蘇る。

 一度、ケイトがほんの気まぐれに「私もアンジェラが一番好きよ」と口にしたところ、アンジェラは馬鹿みたいに幸せそうな笑顔を浮かべたものである。

 ケイト・エニスモアはそんなことを考えながら、盃の中身を飲み干した。

お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
アンジェラさんて、流されやすくて王の側妃になっただけでケイトが言ったからもあるのでは?まぁ、王だからね、欲もでたかもだけど。こういう女性はまわりにいる人によるんでしょうね。天然おバカの迷惑女かもだけど…
数有るエピソードの中で、これが一番好きです…。
エドガー父が良い方なので、勝手に息子も人格者なのかと思い被害に遭ったことを同情してましたが(当時の王太子の暴走かと思って)、エドガーがなかなかにクズ度高くて同情吹っ飛んだどころか同情した気持ちを返して…
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