127 世界一のパパ
「引退後は北の離宮で静かに余生を過ごしていただくようお願いします」
ユージィンは淡々と言葉を続けた。
「貴様、なにを血迷ったことを……っ」
「先ほど申し上げた通り、エイルズワース王家の第一の使命は、邪神の脅威から民を守ることです。父上がリリアナへの情を優先して、私が聖剣を使うのを阻もうとしたことは、王族として許されざる大罪です。そして父上にはリリアナと違って酌むべき事情が存在しません。どうぞ北の離宮で余生をお過ごしください」
「ふざけるな!」
ユージィンに掴みかかろうとした国王に、クローディアがすかさず拘束魔法をかけた。
「な、離せ! おい、そこの貴様! なにをしている! これは重大な反逆行為だ!」
国王が近くの近衛騎士に呼びかけるも、騎士は無表情のまま動かない。
「エヴァンズ! ラフロイ! どこにいる! 国王への反逆行為だぞ!」
国王の怒鳴り声に応えるように、隣室で控えていた騎士団長のエヴァンズ侯爵と宮廷魔術師団長のラフロイ侯爵が執務室に現れた。
エヴァンズ侯爵は国王と顔を合わせるなり、神妙な面持ちで頭を下げた。
「陛下。申し訳ございません。我々王立騎士団はこれ以上陛下に従うことはできません」
「なんだと?」
「我々宮廷魔術師団も、これ以上陛下に従うことは出来ません。今後はユージィン殿下にお仕えしたく存じます」
二人の言葉に、国王はしばらくの間、愕然とした表情を浮かべていたが、やがてユージィンの方に向き直り、「そういうことか……邪神討伐でこいつらを手懐けたか」と吐き捨てた。
「良いだろう。ならば好きにすると良い! 簒奪者として王座に上り、生涯その汚名を背負って統治に当たれば良いわ。民衆や貴族たちがいつまでもお前を英雄扱いしてくれると思うなよ?」
それは毒々しい呪いの言葉だった。
確かに国王マクシミリアンの言う通り、正当な国王を力ずくで廃して自ら王座に上るのはリスクの高い賭けである。周囲から支持されているうちは問題ないが、世間の風向きが変わったとき、「王位簒奪者」という汚名は重くのしかかる。場合によっては自らに歯向かう者たちに大義名分を与えることにもなりかねない。
しかし、である。
「あいにくですが、これは簒奪ではなく法にのっとった正当な手続きです。古い王国法に、『王座にある者がアスランの子孫に相応しからぬ振る舞いをして、国を危機に陥れたとき、国王以外の王族と準王族、そして諮問会議の構成員の全会一致によって退位させることができる』とあります」
ユージィンはそう言いながら、国王に書類を差し出した。
「そしてこれが十三人の高位貴族と、王族である私と母上、準王族であるクローディアの署名です」
「リリアナは……」
「リリアナの署名は必要ありません。あの子はたった今王族ではなくなりましたので」
「貴様、謀ったな? 最初から、全会一致のためにリリアナを……!」
「別に謀ったわけではありません。先ほどリリアナについて申し上げたことも全て本心です。ご安心ください、諮問会議の賛同を得る際に、リリアナが邪神に取り込まれたことは一切説明しておりません。父上が突然乱心して、私が聖剣を持ち出すのを妨害した、とだけ伝えてあります。皆、それで納得してくれました」
ユージィンは感情を交えない声音で説明した。
ちなみにクローディアの見たところ、事情を知らない貴族たちは「陛下は嫌いな息子に手柄を立てさせるのが嫌だったのだろう」と解釈しているようだったが、まあそんなことはどうでもいい。
いずれにせよ、これで趨勢は決した。
「実質は王国法の適用ですが、父上が自ら病で療養すると周知して下さるなら、世間的にはそう言う形で公表します。事情を知らない者たちは、父上は自分の代で邪神を復活させてしまったことや、リリアナが既に死亡していたことなどによる心労がたたったと解釈してくれることでしょう。とりあえずは病気療養の名目で北の離宮に移っていただき、私の卒業を機に、父上の回復は難しいという名目で、正式に王座を譲っていただくことになります」
「ユージィンが正式に王座を継ぐまでの間は、私が摂政として政務を取り仕切ります。これは貴方の名誉を損なわないための温情措置だと思ってくださいませ」
横からヴェロニカ王妃が言い添える。
がっくりと項垂れた国王マクシミリアンの姿に、クローディアは王宮舞踏会でのクレイトン宰相を思い出していた。
王妃幽閉の責任を押し付けられて、項垂れながら退場していったクレイトン宰相。
仮にあのとき国王が彼を庇っていたら、「クレイトンは私の指示に従っただけだ。全責任は私にある」と言ってガーランド公爵に謝罪していたら、どうだったろうか。
それでも宰相職を辞することになっていたかも知れないが、伯爵への降格は免れて、諮問会議の一員に留まれた可能性が高いのではないか。
その場合、今回の全会一致は成立せず、国王を正当な手続きで退位させることは不可能だったに違いない。
国王が長年の親友だったクレイトン宰相を切り捨てたことが、巡り巡って自らが切り捨てられることに繋がったとは、またなんとも皮肉な話である。
国王は結局ユージィンの提案を受け入れて、自ら体調不良による静養を宣言した。さすがの国王も、「邪神討伐を邪魔した結果、全会一致で引きずりおろされた」と周知されるのは嫌だったようだ。
北の離宮が整うまでの間は自室で「療養」することになったわけだが、警備の騎士の報告によれば、彼はお付きの者たちに当たり散らしているらしい。周囲は「病気だから仕方ない」と大目に見つつも、早く離宮に移って欲しいとぼやいているとのことだった。
国王の病気に対しては、各方面から驚きの声が上がったものの、皆「やっぱり邪神復活がショックだったのでは」「いや最愛の王女殿下が偽物だったのが辛かったのだろう」などと、概ねユージィンの予想通りの形で受け入れられたようである。
一方、「リリアナが王女ではなかった」という発表に関しては「言われてみれば、ちょっと王女らしくなかったよね」「やっぱりなぁ、そうじゃないかと思ったんだよ」「ええ、私は最初から疑ってましたわ」など、意外なほどに納得する声が多かった模様。
またリリアナとヴィクター王太子の縁談も、当然のことながら白紙となった。
ヴィクターは当初「俺は平民でも構わないぜ」と婚約解消を拒んだものの、国王から「じゃあ貴様も平民になれ! 平民になってその小娘と添い遂げろ!」と一喝されて、素直にあきらめたとのことだ。ヴィクターは「おもしれー女」を好んでいたが、彼自身は別に「おもしれー男」ではなかったのだろう。
それを知らされたリリアナは「それなら仕方ないわね!」と至極あっさり受け入れた。彼女の今後について、ユージィンは「王女と間違えて引き取ったお詫び」という名目でなにか身の立つような職業訓練や仕事の紹介を考えていたのだが、リリアナはそれを断った。本人曰く、王宮に引き取られる前は下町の食堂で看板娘をやっていたので、そこに戻るつもりだとのこと。
下町に戻る前日、リリアナは国王と最後の面会を行った。クローディアたちも立ち会った。
リリアナは国王を一目見るなり「パパ!」と叫んで彼を抱きしめた。国王も「リリアナ!」と叫んで抱きしめ返した。今生の別れを惜しむように固く抱き合う親子の姿は、そこだけ切り取って見れば、涙を誘うほどに感動的だ。
ややあって、リリアナは名残惜しげに身体を離すと、心配そうに「パパ、大丈夫?」と問いかけた。
「ちょっと痩せたんじゃない? ちゃんとご飯食べてる? 北の離宮で静養するって聞いたけど、もしかして酷い病気なの?」
「いや、大したことない。それよりリリアナ……すまん」
「すまんって、なんのこと?」
「お前を守り切れなかったことだ。再会したとき、今までずっと苦労をさせた分、これからうんと甘やかしてやるって決めていたのに、こんなことになってしまって……」
涙声で言う国王に、リリアナは「嫌だ、そんなの気にしないでよ。私は元々下町のお転婆娘だったんだもの。下町に戻るくらいへっちゃらよ?」と口にすると、茶目っ気たっぷりに片目をつぶって見せた。
「ああ、リリアナ……!」
涙にむせぶ国王に、リリアナは「それにパパも『早く帰ってこい。お前の部屋はそのままにしてあるぞ』って言ってくれてるし」と言葉を続けた。
「パパ?」
「あ、王様のパパじゃなくて、本当のパパ。下町で食堂やってるパパのことよ。みなしごだった私を引き取って、男手一つでずっと育ててくれたパパ。血はつながってないんだけど、私にとっては本当のパパなの」
リリアナは照れたように微笑んだ。
「本当のパパはね、禿げてるし、太ってるし、酔っぱらって床で寝ちゃったりするし、王様のパパみたいに偉くも格好良くもないけど……でも、私にとっては世界一のパパなの」
「それじゃ、私は……」
「もちろん王様のパパのことも大好きよ? 王宮に来て、王様のパパにも会えて、毎日すっごく楽しかったわ。でもおうちに帰ることが決まったら、なんだかほっとしちゃったの。私はやっぱり王女様なんて柄じゃないんだって、下町のお転婆娘なんだって実感しちゃった。下町には本当のパパもいるし、お友達もたくさんいるの。大工のビルに、仕立て屋のボブ、パン屋のジョン、それに鋳掛屋のセドリック。みんな良い人ばかりなの。だからパパはなにも心配しないで、北の離宮でのんびりしてね!」
リリアナはそう言うと、再び国王を抱きしめた。
「ねえパパ、私、自分にはもう一人パパがいたことを一生忘れないわ! だからパパも時々は私のことを思い出してね!」
面会が終わり、リリアナがその場を去ったあと、立ち会っていたクローディアとユージィンは互いに顔を見合わせた。そして互いの表情に同じ考えを読み取った。「こんなとき、どんな顔をすれば良いのか分からない」。
その後の報告によれば、面会以降、国王はすっかり大人しくなってしまい、時々壁に向かって「ほんとうのぱぱ」「もうひとりのぱぱ」と呟くだけの人形と化したということである。
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