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110 三つ目の条件と勇者アスランの失敗

 客人たちを見送った翌日。クローディアは「邪神の依代となる三つ目の条件」の説明を受けるために王宮を訪れた。

 ちなみに今日はユージィンも共に説明を受けることになっている。彼は一昨日の式典のあとすぐにでも聞くことが可能だったが、「これからともに王国を支えていく者同士、一緒に説明を受けたいんだ」と言って今日まで待ってくれていたのである。


「説明するに当たって貴方たちに見せたいものがあるの」というヴェロニカ王妃の先導のもと、クローディアはユージィンと共に王宮の長い廊下を進み、来客を迎えるエリアを抜け、王家のプライベートスペースに入り、さらにその奥の突き当りにある重厚な扉の前に来た。

 そこは護衛騎士と宮廷魔術師によって守られており、なにやらものものしい雰囲気だったが、王妃が軽くうなずくと、彼らの手によって扉は左右に開かれた。豪奢な部屋の中央にあるのは台座に据えられた黄金の櫃――式典で見た「あの」櫃である。


(まさか今さら聖剣を見せたかったわけじゃないわよね?)


 戸惑うクローディアの前で王妃が台座の一か所に触れると、それは音もなく横に移動して、下から階段が現れた。


「こちらよ、いらっしゃい」


 王妃に導かれて階段を下りた先にあったのは、聖剣の間の半分にも満たない小さな部屋だ。中央には台座があり、その上にはクローディアが半ば予想していた通りの物――あの不気味なペンダントが鎮座していた。


「これは……ステンドグラスの邪神がかけていたのと同じものですわね」


 クローディアが言うと、王妃は「そうよ。良く気が付いたわね」と微笑んだ。


「母上が私たちに見せたかったのは、このペンダントですか?」


 ユージィンが問いかける。


「ええ、そうよ。これはかつて邪神を崇める教団が、依り代に邪神を降ろすために使っていた触媒なの。教団は高い魔力を持っている子供を攫っては、光の女神に憎悪を抱くように洗脳して育て上げ、最後の仕上げとしてこのペンダントを首にかけることで邪神を降ろし、依り代とした。そして何十年かして、依り代が命をすり減らして死に至ると、邪神はペンダントの中に戻り、次の依代に憑依するときまで眠りにつく。つまりこれは邪神がこの世に顕現するための道具であり、邪教による大陸支配の象徴のような存在なのよ。本来なら七百年前、勇者アスランの邪神討伐の時点で、このペンダントは砕け散り、邪神は完全に消滅するはずだった」


 王妃は淡々と言葉を続けた。


「だけど、そうはならなかった。邪神は今もこのペンダントの中で眠り続けている。――つまりね、勇者アスランは邪神討伐に失敗したのよ」




 ややあって、ユージィンが「勇者アスランはなぜ失敗したのですか」とかすれた声で問いかけた。


「悪意に呑まれてしまったからよ。勇者アスランは聖剣を授かるときに女神さまからこう告げられたそうよ。『けして悪意を抱いてはならない。怒りや憎しみに呑まれてはならない。ただ民を救いたいという純粋な心をもって振るうべし』と。だけど彼はそうできなかった。戦いの最中に何人もの仲間を殺されているから。目の前の存在が自分の大切な人たちを傷つけ、嬲り殺しにした場面が頭に浮かんで、どうしても平静を保てなかった。そのせいで聖剣は真の力を発揮できず、邪神ではなく依り代を斬ってしまったの。そして難を逃れた邪神はペンダントに逃げ込んで眠りについた」

「このペンダントを破壊することはできないんですか?」

「ええ、勇者アスランと生き残った仲間たちは色々な方法で破壊を試みたけど、中に邪神を宿した状態では、ペンダントを破壊することは不可能だったそうよ。それで勇者アスランが手元に置いて監視することになったのよ。地中深くに埋める、海に沈めるといった案も検討されたけど、いずれも『探索魔法で見つけだされて、邪神を崇める教団の手に渡る危険性の方が大きい』として退けられた。当時はまだ教団の残党が大勢いたから」


 その後、王妃が語ったところによれば、討伐失敗の事実を秘匿したのも、教団の残党による取り返しを恐れたためだという。

 当初はペンダントの存在も広く知られていたことから、『勇者アスランは邪神を滅ぼし、ペンダントも破壊した』という風に喧伝していたそうで、あのステンドグラスはその時代の名残だとのこと。

 しかし時代を経るにつれ、『ペンダントの存在そのものを秘匿した方が安全ではないか』と考えられるようになり、再び情報操作が行われた結果、あのペンダントは芸術作品からも姿を消すことになったらしい。


 そして勇者アスランによる邪神討伐がただの神話となり、世間には「もはや邪神復活などありえない」という空気が蔓延していく一方で、アスランの子孫たちは子から孫へと真実を伝え、いずれ邪神が復活したときに備えてきたという。

 王妃は「宮廷魔術師団はそのために創設された組織だし、王立学院で生徒たちによる魔獣狩りの訓練が『実践演習』という形で毎年行われているのもその一環よ」と言葉を続けた。


「ただ、別に必ず復活すると決まっているわけじゃないの。邪神は元々、一地方で崇められていた小さな精霊だったものが、数多くの生贄を喰らっているうちに強大化した存在だから、生贄を得られないまま何百年もときが過ぎれば、やがて力尽きて消滅するんじゃないかとも言われている。だからエイルズワース王家はそれまでの間、このペンダントを誰にも奪われないように守り続けなければならない。それが王位を受け継ぐ貴方たちに与えられる責任よ」




 王妃が語り終えてからもしばらくの間、クローディアとユージィンはそろって言葉を失っていた。

 アスランの血を引くユージィンが衝撃を受けるのは当然だが、転生者であるクローディアにとってもまた、それはなかなかに衝撃的な物語だった。


(まさか『リリアナ王女はくじけない!』の世界にそんな裏設定があるとは思わなかったわ……!)


 作中にその手の話が一切出てこなかったのは、視点人物であるリリアナが知らなかったためだろう。言葉を変えれば、国王が彼女に伝えなかったということだ。ユージィン存命の間は知らされなくても仕方ないが、彼が死亡して女王となる未来が確定したあと、アレクサンダーと共に邪神クローディアに挑むときですら、一切伝えられた形跡がないのは一体どういうことなのか。


(あの国王のことだし、『万が一失敗したときリリアナが気に病まないように』とかいう理由で事前に伝えないことにしたのかもしれないわね。だけど討伐に成功したあとは――)


 クローディアはそこではっと息をのんだ。


「あの、王妃様、先ほど王妃様は『邪神ではなく依り代を斬ってしまった』とおっしゃっていましたが……もしかして、討伐に成功していたら、依り代は助かるはずだったのですか?」


 クローディアの質問に、返って来たのは「ええ、そうよ」という言葉。


(それじゃ、原作のリリアナたちは……!)


 それでは、原作のリリアナとアレクサンダーも邪神討伐に失敗したということか。

 少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の世界において、リリアナたちが見事邪神クローディアを討ち果たし、皆がリリアナに駆け寄って喜び合っているさなか、宮廷魔術師団長のラフロイ侯爵が一人クローディアの死体を見分して「死んでいますね」とコメントしていたのを記憶している。

 小さなコマでさらりと描かれていたので、転生前のクローディアを含めた一般読者はほとんど気に留めていなかったし、掲載当時のネット掲示板でも「脳天から斬られたんだからそりゃ死ぬだろ」「今さら出てきてなにドヤってんのこのジジイ」といった反応が散見されただけだった。

 しかし実際には、邪神討伐がまたも失敗したことを示す重要なシーンだったというわけだ。


 国王は「仮に失敗してもリリアナが気に病まないで済むように」という配慮から、事前にリリアナに伝えなかった。そして現に失敗した以上、そのままずっと伝えないことにしたのだろう。女王リリアナが知らなくとも、その配偶者となる人間に伝えさえすれば、知識の継承としては問題がないと踏んだとか、おそらくそんなところではないのか。


(要は王族としての責務よりリリアナの心を守ることを優先したってことよね。自分の愛する女や子供さえ無事なら世界なんかどうでもいいタイプのキャラって昔から一定の需要があるけど、トップに立ったら駄目だと思うわ、本当に)


 ペンダントがあの後どうなったかについての描写はないが、おそらく魔術師団によって回収されて、再び保管されたのだろう。

 作中ではリリアナが邪神クローディアを退治して、これにて一件落着、大団円のような演出だったが、実際はかなり微妙な勝利だったというわけだ。


(まあ、失敗したのはリリアナじゃなくて、一緒に聖剣をふるったアレクサンダーに悪意があったせいだろうけど)


 リリアナはクローディアが死んだあと「クローディアさんが可哀そうなの。みんなから嫌われて、一人ぼっちで死んでしまうなんて」と本気で同情していたし、クローディア個人に対して特に悪意はなかったはずだ。一方のアレクサンダーはといえば、リリアナの肩を抱きながら「まったく、リリアナ様は優しすぎる。あんな奴にまで同情してしまうんだから……」などと独白していたことからしても、悪意があったのは明白である。

 そしてリリアナとの結婚後、自分のせいでクローディアが死んだことを知らされたところで、さして気に留めなかったのではなかろうか。


(改めてクズね、あの男は!)


 などとこの世界で起こっていないことについて腹を立てている場合ではない。

 重要なのは現実だ。

 今クローディアが生きているこの世界で起きていること、そしてこれから起こりうること。


 ――とにかく、その条件を満たさないように努めるのが我々の仕事だ。


 以前ラフロイ侯爵が口にした科白が、クローディアの脳裏に蘇る。

 あの「努める」とはすなわち、宮廷魔術師団として、ペンダントを盗まれないように努めるということだったのだろう。

 しかし原作の世界において、彼らの努力は実を結ばなかった。

 この世界では、どうだろうか。

 クローディアは寒気を覚え、ぶるりと身体を震わせた。


 少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の世界において、王宮からペンダントを盗みだし、クローディア・ラングレーの首にかけて邪神の依代とした人物がいる。その人物はおそらくこの世界においても、「誰か」を使って邪神を復活させる機会を虎視眈々とうかがっているに違いない。


お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
>民を救いたいという純粋な心  リリアナにいくら悪意がないとしても、この条件に当てはまるのか……?  邪神像の件を見ても、自分(とその介護要員)以外には一切無関心っぽいんだけど……。
あー 側妃の本当の恋人がラフロイさんの息子で国王が王妃と差をつけるのはいやだからとばらしていて、ラフロイさんの息子に側妃経由でペンダントの事が知られているとか? ラフロイさんは真面目そうだから情報漏洩…
ペンダントを盗み出したのは国王‥と見せかけてラフロイさん!絶対何か因縁ありますよね?! 毎度更新が楽しみです!予想が当たるのも当たらないのも毎回楽しめるものを創作してくださる作者様すごい!尊敬!
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