107 リリアナたちの逃走とクローディアの対策
翌日は朝から快晴で、まさにアスラン王の偉業をたたえるのにふさわしいエイルズワース日和である。
夕刻にある式典までの間、各国から訪れた賓客には「特別な趣向」を楽しんでもらう手はずになっているわけだが、見たところ客人たちはいずれもエイルズワースのもてなしに大いに満足している模様で、クローディアは心から安堵した。
猫好きのリッケンバルトの皇太后はすっかりヴェロニカ王妃と意気投合して、それぞれ猫を膝に乗せながら「ああ、この工夫! こういうのって猫が登りやすくていいわねぇ」「この玩具もいいわねぇ。うちの子たちも喜びそうだから、職人に言って作らせてみようかしら」などと語り合っているし、グランヴィルの王弟はアシュトン侯爵と一緒に酒を酌み交わしながら、「これは想像以上ですなぁ」と大いに盛り上がっている。
アシュトン侯爵は秘蔵のコレクションを差し出す羽目になったことで、しばらく涙にくれていたそうだが、ユージィンから王弟接待役に抜擢されたことで、自分のコレクションのみならず王家所有の銘酒もご相伴にあずかれるし、「ぜひグランヴィルに遊びに来てくれたまえ。貴方にご馳走したい逸品があるんだ」と招待されるしで、かなり救われたようだった。
ポリスターの第一王子はクローディアより一つ年下の大人しそうな少年だったが、大好きなアーティファクトを前にすると、「僕のためにこんなにたくさんのアーティファクトを!」と目を輝かせ、ひとつひとつ確認しながら喜んでいた。立ち会ったクローディアがそれぞれの性能を説明しながら、巨人が蘇ったことに関して、アーティファクトを使って疑いを晴らした話やら、「とある事情」で人探しに山中に分け入ったとき、アーティファクトのせいで目当ての建物がなかなか見つからなかった話やらを披露すると、感心しきりと言った様子でなにやら熱心に書き留めていた。聞けばアーティファクト大全を作成するのが夢とのこと。
変更メンバー以外で言えば、ルグランの王妹殿下はロマンティックな芝居が好きだということなので、中央劇場の支配人に頼んで『愛の輪舞』を一日だけ上演してもらったわけだが、これが大好評だった。
王子役の俳優はすっかり傷も癒えたようで、素晴らしい熱演ぶりだったし、竜は作り物で代用されていたものの、まるで気にならないほどに巧みに操作されており、王妹殿下は芝居が終わったあとに王子役の俳優を呼び寄せて賞賛するほど喜んでいた。
クローディアが「この俳優は私の親友の義弟ですのよ」とルーシーとトラヴィニオン辺境伯の馴れ初めを語ったところ、王妹殿下は「まあぁ、なんてロマンティックなのかしら!」といたく感じ入っていた様子で、「ぜひお二人を紹介してちょうだい!」と懇願してきたので、式典の後の舞踏会で両者を引き合わせる予定である。
もてなしが一段落ついたあと、クローディアが休憩用の小部屋でほうと息をついていると、ユージィンが入室してきた。
「ここにいたのか、クローディア。慣れない接待で大変だったろう」
気遣うように言うユージィンに、クローディアは「いいえ、皆さま良い方ばかりですし、こちらの趣向を楽しんでいただけているようで良かったですわ」と微笑んだ。
「ユージィン様の方はどうでした?」
「私が相手をした客人たちも、皆こちらの趣向を楽しんでくれているようだ」
ユージィンはそう言ってから、「ところでヴィクターとリリアナだが、君が予想していた通り、護衛を撒いて逃走しようとしたらしい」と苦笑しながら言葉を続けた。
「まあ、やっぱり! それで、ちゃんと付いていってるんですの?」
「ああ、もちろんぬかりはない。エヴァンズ騎士団長に言って、騎士団の中でも特に尾行が得意な精鋭をそろえてもらったからな。ダミーの護衛は撒かれたが、本物の護衛はちゃんと付いて行っているそうだ。君が予想してくれたポイントには民間人に扮した騎士を配備しているし、万が一見失った場合に備えて、エリアごとに探索魔法が得意な者を待機させている」
「それなら万全ですわね!」
「ああ。君のおかげで本当に助かったよ。他国の王太子がこちらの案内中に行方不明になるなんて、大失態もいいところだからな。エヴァンズ騎士団長も『なにかあったら警備担当の生首を差し出さねばならないところでした』と君に感謝していたよ」
「ふふ、お役に立てて良かったですわ」
隣国王太子ヴィクターが案内役のリリアナと共に護衛を撒いて逃走するのは、原作で実際にあった展開である。
街歩きの最中、「この向こうにもっと面白い店があるんだけど、店主がちょっと訳ありだから、騎士を連れて行くわけにはいかないのよね」というリリアナに対し、ヴィクターは軽い冗談のつもりで「それならいっそ、護衛を撒いてしまおうか」と提案する。ヴィクターとしては、「そんなことできるわけないわ!」と慌てるリリアナを楽しむつもりだったのだが、当のリリアナは「それって名案だわ!」と目を輝かして賛同し、二人は手に手を取って逃走する、という流れである。
その後二人はリリアナお勧めの「面白い店」に行ったあと、市井の祭りに飛び入り参加して庶民のダンスを楽しんだり、屋台のものを買い食いしたり、ひったくりを捕まえて感謝されたりといった具合に刺激的な冒険を満喫する。
途中でリリアナは一度「いっけない! 式典が始まってしまうわ!」と帰ろうとするものの、ヴィクターに「そんなものどうでもいいだろ。それよりもっと楽しもうぜ!」と引き留められて、「もう仕方ないわねぇ」と冒険を続行。
思う存分にときを過ごして、ようやく王宮に戻った二人は、「心配したんだぞ!」と泣いて喜ぶ国王と、「一体どこに行っていたんだ!」と青筋を立てるユージィンに迎えられる、というオチがつく。
原作ではその後、二人が冒険していた間、王宮では上を下への大騒動だったとか、式典の時刻になっても帰ってこない二人に国王は半狂乱になってしまい、肝心の式典はぶち壊しになったとかいった話が軽く触れられていた。
(あの辺はギャグ調でさらっと流されてたけど、撒かれる立場で考えてみると本っ当に迷惑だもの。上手く対策できて良かったわ)
クローディアはしみじみとそう思った。
やがて式典の始まる時刻になったわけだが、リリアナとヴィクターはやはり帰ってこなかった。
国王はリリアナを待つことを主張したが、「警護の騎士の報告によれば、お二人は式典よりも街で遊ぶ方を選択したということです。大切なエイルズワース祭を軽んじる方々のために遅らせるわけにはいきませんわ」と王妃に強く迫られて、不承不承受け入れた。
エイルズワース祭の中核をなす儀式は王宮の奥にある小さな礼拝堂で行われる。
そこはかつてアスラン王が邪神を倒した場所の真上に位置しており、エイルズワース祭のときにしか使われない特別な場所とあって、クローディアもここに入るのは初めてだ。中は意外と簡素だが、どことなく神さびて荘厳な空気が漂っている。
クローディアはユージィンにエスコートされながらしずしずと入場していく途中、ふと正面にあるステンドグラスに目を止めた。絵のテーマはアスラン王が邪神を倒す有名な一場面だが、なにやら奇妙な既視感がある。
(変ね、原作にはこの礼拝堂は出てこなかったはずだけど)
しばらくまじまじと見つめたのち、その理由に気が付いた。
アスラン王と邪神が対峙する場面は様々な芸術作品で描かれている人気のあるモチーフだ。教科書の挿絵にも載っているし、クローディアも美術展などで散々目にした記憶がある。しかしそれらと今目の前にある古い礼拝堂のステンドグラスには決定的な違いがあった。
聖剣を掲げたアスラン王と対峙する邪神の首にかけられている奇妙な形のペンダント。
それは少女漫画『リリアナ王女はくじけない!』の中で、邪神と一体化したクローディアがかけていたのと同じものだった。
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