104 常軌を逸しているように思えます
「どうかしたんですか?」
見上げたままのクローディアに対し、宮廷魔術師が怪訝そうに問いかける。
「今そこにガウン姿の殿方がいたので、どなただろうと思いまして」
「滞在中のお客様でしょうか。珍しいですね。閣下は滅多に人を招かないと聞いていますが」
「ええ、私もそううかがっていたので、意外に思いましたのよ」
そんなやり取りを交わしているうち、出迎えの執事が現れて、二人は侯爵邸の書斎に通された。
ラフロイ侯爵は部下と共に現れたクローディアに若干戸惑った様子だったが、クローディアがアーティファクトを借り受けたい事情を説明したところ、快く承諾してくれた。
それから三人で軽く歓談したのち、宮廷魔術師は「まだ仕事が残ってますので」といって魔術塔へと帰って行った。
二人きりになってから、侯爵は神妙な顔でクローディアに問いかけた。
「ところで君の言っていた王宮での連絡ミスについてだが……もしかして陛下かね?」
「はい、陛下がうっかりお忘れになっていたようですわ」
「やはりそうか……」
そうつぶやいた表情から、ラフロイ侯爵もそれが意図的なものであることを察しているようだった。
「侯爵様、不敬を承知で申し上げますけど、陛下のユージィン様に対する態度は常軌を逸しているように思えます。原因についてなにかお心当たりはございませんか?」
ヴェロニカ王妃がリリアナ誘拐の黒幕だと疑っていたころならいざ知らず、今の国王はすでに王妃が無関係であると納得しているはずである。それなのに、いまだ嫌がらせめいた真似をしてくるのは何故なのか。
「そうだな……これは私の憶測だが、陛下はユージィン殿下が王宮舞踏会で誘拐の真相を暴いたことが許せないのだと思う」
「家臣たちの前でアンジェラ様の罪を明らかにしたのが許せないということですか?」
「というより、陛下とアンジェラ様の特別な絆を侮辱されたようなお気持ちなのではないかな。陛下は『自分たちは運命の出会いを果たした特別な恋人同士であり、リリアナ殿下はその愛の結晶である』と周囲にもよく語っておられた。その物語に水を差されたように感じておられるのだろう」
「つまり王宮舞踏会ではなく、内々で話し合うべきだったというお考えなのでしょうか」
「そういうことだろうな。表立って暴き立てる前にまずは関係者同士で話し合い、落としどころを探るべきだったのに、そうしなかったと憤慨しておいでなのだろう。……ただ、私はユージィン殿下がああせざるを得なかったお気持ちも理解できる」
「ええ、私もですわ」
クローディアは強くうなずいた。
国王は被害者意識をこじらせているようだが、実際に人払いをして内々に真相を告げていた場合、おそらく生き証人である乳母は処分され、真相は闇に葬られてしまったのではなかろうか。王妃の幽閉やガーランド公爵家の謹慎処分が解かれたとしても、それはあくまで「国王陛下が寛大にも王妃と公爵家の罪をお許しになった」という風に解釈されて、彼らの名誉は回復されないままだったに違いない。
「私も不敬を承知で言うが、陛下のアンジェラ様に対する執着心は度を越している。私としても少し責任を感じているよ」
「侯爵様が責任? 何故ですの?」
「ああ、君はまだ王妃教育の途中だったな……。いずれ国内貴族の系列関係については全て覚えることになるだろうが、アンジェラ様のご実家の男爵家はうちの寄り子なんだ。息子はそのよしみでアンジェラ様の面倒を見ていて、生徒会で手伝いが必要になったとき、アンジェラ様を紹介したんだ」
「まあ、それで陛下がアンジェラ様を見染めたのですね」
てっきり親友のケイト・エニスモアがアンジェラを生徒会に引き入れたのかと思ったが、エドガー・ラフロイだったらしい。
まあ、だから何だという話だが。
その後、当日アーティファクトを借り受ける段取りについて二人で話し合ったあと、侯爵邸から帰る際、クローディアは何気なく「それじゃ、お客様がいらっしゃるところにお邪魔して申し訳ありませんでした」と言って頭を下げた。
しかしながら、返って来たのは沈黙だった。
「……客って、なんのことだね?」
ややあって、ラフロイ侯爵はこわばった声で問いかけた。
「三階のバルコニーにガウン姿の殿方を見かけたので、てっきりこちらに滞在中のお客様かと思ったのですが、違うのでしょうか」
「君の見間違いだろう。三階には誰もいないはずだ」
「そうですか、暗いから見間違えてしまったのですね。失礼いたしました」
クローディアはしとやかに礼をすると、その場を辞した。
見間違いではないとの確信はあったが、侯爵がそう言っている以上、あえて食い下がっても仕方がない。上司のプライバシーに首を突っ込むのは良くないだろうと判断し、深く考えないことにした。
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