102 王妃教育の日々
クローディアとユージィンの婚約の噂は学院生徒を通じて瞬く間に社交界にも広まった。
人々の反応はおおむね好意的なものだったが、一部にはラングレー家が新興伯爵家であることや、クローディアにとって二度目の婚約であることなどについて懸念を示す向きもあった。
気持ちとしては分からなくもないので、クローディアは苦笑と共にやり過ごすつもりだったが、ユージィンの方はそれでは収まらなかったらしい。彼はあちこちの会合に積極的に参加しては、クローディア・ラングレーがいかに素晴らしい令嬢か、プロポーズを受けてもらえたことが自分にとってどれほど喜ばしいことかを強調して回ったため、批判的な人々も黙らざるを得なかった。
あのお堅いユージィンが自分を守るために惚気のような真似をして回ったのかと思うと、なんともいえない甘酸っぱい気持ちにさせられる。
また社交界の女王であるレナード侯爵夫人も「クローディアさんのような素晴らしい方が王家に入るのは、臣民としても喜ばしいことだわ」とあちこちで吹聴してくれたということで、たとえ「うちの息子の婿入り先が王家と縁続きに!」という打算ありきだとしても、大変ありがたいことである。
「うちの息子」であるセオドア・レナードとソフィア・ラングレーは順調に仲を深めているようで、レナード侯爵家からは繰り返し婚約の打診も来ているが、父と義母は恐縮しつつも「早すぎる婚約は失敗の元ですし、せめて二人が王立学院に入ってからにいたしましょう」と応じないでいるとのこと。身近に失敗の実例がいるので説得力は十分だし、レナード侯爵家側は渋々ながらも納得しているようである。
そんな社交界の思惑をよそに、クローディア自身はひたすら王妃教育に没頭する日々を送っていた。
学院が終わると王宮に直行し、ヴェロニカ王妃や語学教師の授業を受け、帰宅したら王妃教育の予復習と学院の予復習と課題をこなして就寝することの繰り返し。ときどき学院の課題をさぼったり、学院の授業中に王妃教育の勉強したい誘惑にかられたが、すんでのところで踏みとどまった。
目前のエイルズワース祭も大事だが、学院の成績も同じくらい大切だ。ただでさえ注目を浴びている時期だというのに、ここで手を抜いたりしようものなら、「次期王妃なのにこんなことも分からないのか」という悪評が広まることだろう。
ただ教師たちはクローディアの事情を何とはなしに察しているのか、授業中はあまり頻繁に指名することもなく、課題も若干控えめであるように思われた。ハロルド・モートンの後任として着任した魔法科担当教師がいたって公平な人物で、特定の生徒に嫌がらせめいた真似をしたりしないことも大変ありがたかった。まあ当たり前のことなのだが。
昼食はいつものあずまやでとったが、食事中の会話は全て共通語で行われることになった。当事者のユージィンはまだしも、ライナスやルーシーまでレッスンに付き合わせるのは申し訳ない気持ちもあったが、二人とも嫌な顔一つせずに進んで協力してくれた。留学経験のあるユージィンやライナスの発音はさすがに滑らかだったし、ルーシーの令嬢言葉は美しくて、クローディアとしても大いに参考にさせてもらった。
ルーシーやユージィンと個別に会うときはそうでもないが、ライナスも含めて四人そろうと、やはりエリザベスの不在が寂しく思われる。もっともライナスは頻繁に会っているらしく、最近のエリザベスの様子をあれこれと皆に伝えてくれた。
それについてルーシーが「ライナス様はエリザベス様と良くお会いになるんですね」と何気ない調子で口にしたところ、「いや、それは別に、親戚だし、最近うちとブラッドレーが共同事業を立ち上げたから、それで色々と用事があって」などと妙に焦った様子で弁明する姿がなんとも印象的だった。誰もなにも言っていないのだが。
リリアナとはあれ以来あまりかかわることはなかったが、一度王妃教育を終えて帰るところで遭遇し、「こんな遅くまで凄いわね。私はとてもそんなに必死になれないから、クローディアさんのこと尊敬しちゃうわ」と笑顔で言われたときはかなり辟易させられた。
リリアナいわく「いざとなったら意外となんとかなるから、そんな心配しないでも大丈夫よ!」とのことだが、伝説の英雄の血を引く王女殿下と新興伯爵家の娘では根本的に立場が違う。失敗してもご愛敬で済まされるリリアナと自分は違うのだ、などと説明しても始まらないので、ただ淑女の微笑みでやり過ごした。
連日の努力の甲斐あって、教師陣からは「呑み込みが早いので教え甲斐があります」と称賛され、ヴェロニカ王妃からも「この分ならエイルズワース祭では十分合格点が取れると思うわ。素敵なお披露目になりそうね」というお墨付きの言葉を頂戴し、そんなこんなで万事順調かと思いきや、エイルズワース祭まで残すところあと一週間余りとなったころにとんでもない事実が判明した。
元凶はまたもマクシミリアン国王陛下その人である。
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