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奈落の悪魔と雨に踊れば  作者: 青山喜太
永遠の寂しさ編

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第61話 私は何が渡せるのか

「イラつかせるな、テメェが元凶だろうが。カイの不幸の!」


「ヒナタさん!」


アイエルの声には最大限の怒りと憎しみが、混ざり合っていた。その怒りと憎しみから私を守るように、私の前に立つカイくん。


「どけぇ! カイ!」


「無理な話だ」


「ならわからせてやるよ! お前を幸福にするのは誰なのかを!」


そう叫んで、アイエルは光の翼と、頭の光輪を輝かせて立体駐車場の床を蹴る。加速したアイエルはそのまま、光の残像を発生させながら、私とカイくんに向かって来る。


全てがスローモーションに見える。


突進と同時に、光の槍を生成したアイエルは私に刃先を向けているようだ。私はただ呆然とそれを眺めていた。不思議と恐くはなかった。


なぜなら、彼の悪意も、怒りも私には届かないとわかっていたからだ。


衝撃波が轟く。


アイエルは、彼の槍は、止まっていた。私の目の前で。カイくんの刀に防がれて。


「ふっ!」


カイくんはそう短く息をし、同時に刀を横に薙ぎ払う、それにより槍の光の粒子が飛び散り、アイエルの槍が弾かれ破壊される。


「チッ!」


アイエルは舌打ちしながら、身を引いた。

何をするかと思えば、どうやら光の槍を再度、再生するようだ。

カイくんはその明らかな私でもわかる隙を見逃さなかった。


「っ!」


カイくんがフワリと浮くそして、黒い星空の羽を広げて加速した。


アイエルは驚いた表情のまま突進してくる、カイくんを避けられず、カイくんの体当たりをモロに受けた。

そしてそのままの勢いで二人は立体駐車場の外に飛び出して行った。


─────────────


「クソ!」


駐車場から落下していく、アイエルは思わず悪態をついた。怒りで力の制御が鈍っていたとは、いえカイに光の槍を弾かれた。その事実があまりにも彼にとって不可解だった。


── なぜだ、俺は奴を追い詰めたはずだ! 再起不能、一歩手前のはずだ! 奴は俺に勝てないはずだ!


はずだ、はずだ、とアイエルの頭の中でそんな言葉が響き、次に、なのに、と続いた。


── なのになぜ、アイツは今の俺よりも速い! 俺よりも強い!


一瞬でわかってしまった。刀で槍を弾かれた時、いや、アイエルには受け止められた時にはすでに予感があった。


勝てない、と。


── そんなはずはない!


アイエルは光の翼を羽ばたかせ舞う。姿勢制御を完璧に取り戻したアイエルは再び空高く飛び、空に居座った。


体当たりを受けた際、カイを見失った。

その見失ったカイを、再び見つけ出すためにアイエルは辺りを見回す。

視覚だけでなく、界ヒナタと接触することによって得た"繋がり"それすらも利用し、いわゆる第六感を働かせてカイを探していた。


しかし、どこにもカイの存在は認識できなかった。


── どういうことだ、カイはどこに……


アイエルが、心の中でそう呟いた時だった。


「アイエル」


後ろから声が聞こえた。アイエルはガバリと後ろを振り向く、声の段階で確信できた。後ろを振り向き、手に入る人物は当然、一人しかいない。


「カイ……!」


アイエルは歯を噛み締める。


「へぇ、俺の後ろをとったのに、わざわざ声をかけるなんて、随分と余裕じゃねぇか」


笑いながら、しかし怒りを顔に滲ませて、アイエルは言う。だがそんなアイエルの神経を逆撫でするように、カイは冷静に悟りでも開いたかのような、穏やかな口調で言った。


「君に伝えたいことがあったからだ」


「何?」


「僕は君と一緒にはならない」


「……は! そうかい! それで? あの小娘はお前に何をくれたんだ? お前に幸せを届けられるだけの力も甲斐性もあいつにはないだろう」


そのアイエルの言葉はしかし、カイの心には上滑りしていく。

そして今度はアイエルに対してカイは笑みを贈る。


「でも彼女は僕にあるものをくれた」


「何の話だ」


「きっと君にはわからないものさ」


─────────────


やっと立体駐車場の屋上に、たどり着いた。空が映る、私の視界にはカイ君とアイエルがいる。

私は思い返す、アイエルの言葉を。

私に何が彼に何を渡せるのか。

ずっとカイ君に何をあげられるのか。


ずっと考えてやっとわかった。


私があげられるのはきっと一つだけなんだ。

カイ君の流れる時間と、私の流れる時間はきっと違う。だからこそ私は、私が贈れるのはこれだけだ。


定められた別れの、永遠に続く寂しさだけだ。


─────────────


「でもきっと、それだけで充分なんだよ、ヒナタさん。きっとそれを本当の幸せというんだ」


「何を……さっきから!」


すると、カイの頭上に、光の粒子が、どこからともなく現れ螺旋を描きながら、集まっていく。


「これは!」


そして、頭上で、強大な光を発したその螺旋は、球体に円盤がついた青と黒の小さな天体となった。


光輪(ヘイロー)だと!?」


アイエルは驚き声を荒げる。


「決着をつけようアイエル」


カイはどこからともなく頭部から出現した羽を仮面のように顔に纏わりつかせる。


「……上等だ……!」


アイエルは、笑う。そして両者は唐突に加速し、空中でぶつかりあった。


赤と青の目に見える衝撃の波動が空を染めた。

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