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奈落の悪魔と雨に踊れば  作者: 青山喜太
永遠の寂しさ編

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51/63

第51話 目が覚めると

 恋敵、その一言を聞いた時だった。世界が変わる。


 私の部屋だ。私は自分の部屋に戻ってきていた。正確には、目が覚めたというべきなのか。

 気分は悪くない、あのアイエルと会っていたというのに。


 あの夢の中で私は緊張はしたものの、体じたい、睡眠によって疲れが緩和されているようだ。


「そうだ……今、何時?」


 私はスマートフォンで時間を確認する。時刻は午後一時、随分と眠ってしまったようだ。

 私はシャワーでも浴びようと、部屋を出る。そこでそうだ、と思い出す、ジンドーはご飯を食べただろうか。


 申し訳ないことをした、すっかり眠りこけてしまったのものだから、何も彼にしてあげていない。

 私はジンドーの部屋をノックする。もはや誰も使っていない、私の出て行ったお父さんの部屋に音が響き渡った。


 しかし反応はない、おかしいと私は再びノックをする。それでも反応はない。


「ジンドー? 入るよ?」


 ドアノブを回して、部屋に入る。生ぬるい風が私の頬を撫でる。

 ジンドーは部屋の中にいなかった。


 私は軽いパニックを起こし、呟く。


「なんで……!」


 そして、部屋の隅にある机の上に、見慣れない紙があることを。

 それは折りたたまれており、どうやら手紙のようだ。


 見たくない、見てしまえば、ジンドーとの別れが決定的なものになる気が私にはしていた。

 だがそういうわけにもいかない。おそらく彼が残したであろうこの手紙。


 私はジンドーが何を思ってこの手紙を残したのか知らなければならないのだ。


 それは友人として、でもあり何よりも私の好きな人の言葉がここにあるならば、私は見るべきなんだ。


 ─────────────


 ヒナタさんへ


 突然、家を出てごめんなさい、僕はやはりここにいてはいけないと思いました。

 僕にはやるべきことがあります。奈落の悪魔として、かつての同胞たちを率いた身として。

 アイエルがここにいるということは、おそらく、運命が、神様が、やるべきことを為せと言っているのだと思います。

 僕はアイエルを止めます、そうしなければ、また僕のせいで不幸になる人が出てくるからです。

 でも、その僕の使命はヒナタさんには関係ない。

 ヒナタさんにはもうヒナタさんの生活があります、どうか、僕のことなど忘れて幸せに生きてください。


 ジンドーより


 ─────────────


 私は家を飛び出した。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! そんな勝手な話があるか!!


 ジンドー、貴方に会いたい! 貴方のことが好きだから、その気持ちだってまだ伝えきれていないのに私は!


 そんな、心の声が爆発した時だった。遠くの空で、まるで水に落ちた絵の具のように、光が広がっていくのが見えた。そして遅れて小さい爆発音のような低い音が聞こえてくる。


 私はすぐに理解した。あそこで、ジンドーが戦っているのだと。


 私は、すぐに家の物置に駆け込み、しばらく使っていない自転車を引っ張り出した。目指す先は決まっている、あの絵の具のように広がる、光の下だ。


「ジンドー、今、行くから!」


 私は自転車を漕いだ。この自転車は遠出する時ように一応買っていたものだ。しばらく使っていなかったが、状態自体はいい。


 これなら早く彼の元に行ける。私は足にさらに力を入れる。一分一秒でも、時間が惜しい。

 しかし、行ったところで何ができるのだろう、とか、足手纏いになるのでは、なんて考えが頭の中をよぎる。


 でも私はそれよりも、ジンドーが苦しんでいる時に隣に居られない方が嫌だった。


 そんな傲慢な私は自転車を漕ぐ、ただ好きな人に会うために。


 ─────────────


 私はついに光の下はにやってきた。もう閉店した、巨大なスーパーマーケットの、これまた巨大な3階建ての駐車場の上空で、あの水に溶けた水彩絵の具のように広がる光はいくつも瞬いている。


 爆発音もここまで近くにくるとそこそこ大きくなっていた。


 その現象を珍しがってか、近くの家のベランダではスマホで動画を撮る人もいた。そんな人々の視線を掻い潜り、私は駐車場の屋上を目指した。


 駐車場の中に入り、車用の、坂を自転車で駆け上がった。不思議と疲れはなかった。ただ頭にあるのはジンドーの安否だけだ。


 やがて屋上に着いた私は空を見上げる。


 いた。ジンドーとアイエルがそれぞれ黒い星空の模様の翼と、純白の翼を広げながら、アイエルは槍を、ジンドーは刀を用いて、鍔迫り合いを繰り広げている。


 時折り、視界から一瞬で消え、私の視界外に移動する二人はそれだけで常人の私の目では追いつかないほどの激闘を繰り広げているとわかった。


 結局何もできないのか、ただ私は、祈ることぐらいしかできないのか。


 それでもいい、私はただ目を瞑り、無事を祈った、ジンドーが勝てるように、ジンドーが死なないようにと。


 その時だった。爆音が上空で響く。私は空を見上げる、落ちてくる人影がひとつ。私は思わずその人影に駆け寄りながら叫んだ。


「ジンドー!!」


 駐車場の真ん中に墜落した彼を見て私は絶句した。


「え……」


 ジンドーに左腕がなかった。

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