第24話 鬼
丸太のような四肢、岩のような筋肉、捻れた角の生えた頭、腰に布を巻いただけの半裸の姿、そして何よりも大木と張り合うほどの巨躯。
それらを持ち合わせているその大男は、突然ジンドーの目の前に現れた。
影が落とされたことによって、コノミも恐る恐る、後ろを見る。
そしてようやくコノミの瞳にもその大男が映った。瞬間、コノミはただ呆然と立ち尽くし、そしてあっけに取られた。
「明田さん早く! 願いの棄却を!」
ジンドーの声はしかしコノミには届かない。状況をまだ把握すらできていない彼女には、ジンドーの言っている事の意味は理解できなかった。
「貴様の願い……叶える」
すると、その大男は、瞬く間に跳躍した。一瞬の出来事だったため、ジンドーも、遅れて反応する。
大男の向かった先は──。
「まずい!!」
ヒナタや。他の生徒がいる棟だ。
ジンドーは咄嗟に、自らの体に星空のような羽を生やす、そしてそのまま唖然としたコノミにその姿を見られるのすら構わずに、大男に向かって飛び立った。
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なんの変哲もない日常。界ヒナタはそれを享受していた。
心の片隅に、クレナイ様に対する懸念や不安はあったものの、それでもジンドーがいれば大丈夫だと思っていた。
「よし」
そんな考えを抱きながら、彼女は三時間目の化学の授業を受けるために二年三組の教室から移動しようとしていた。
ジンドーがいないことを若干不思議に思いながら、各々移動し始めた、クラスメートと共にヒナタは移動する。
その時だった。
影が教室に落ちた。
不審に思いつつ外に目を向けるヒナタはただ圧倒された。
「え……」
巨大な大男、筋肉が隆起した体が、日を覆い隠していた。
男は拳を振り上げる。
万力をこめ、まるで殺意を宿らせるかのように、そして、拳を突き出した。
衝撃。そして轟音がヒナタの耳に響き渡る。
「きゃああ!」
爆音が襲い掛かると同時に目を閉じてしまった、ヒナタは自分の身に何も、痛みが走らないことを確認すると。
恐る恐る目を開けるヒナタ。
そこには、両手と羽を広げて背を見せるジンドーがいた。
黒で統一された服は所々、破け中の白のワイシャツが姿を見せている。
ヒナタはすぐに理解した、ジンドーがかばってくれたのだと。
さらに周りにいた生徒たちも、ジンドーのお陰でどうやら、無事なようである。
だが、教室はジンドーの体を境に無事な部分と破壊された部分に分かれた。
破壊された部分つまり、ジンドーの目の前はもはや、教室とは呼べない。
窓ガラスは割れたどころかフレームと壁ごと破壊され、外のグラウンドの景色を眺められるほどの、巨大な穴が空いていた。
その穴の前にフワリと浮かぶ大男がいた。捻れたツノを持つその男。まさしく鬼だ。
だがその男よりもよりもより威圧的で、圧倒的な声が響く。
「みんな逃げろ!!」
ジンドーの言葉だった、怒気すらこもっているその声色にハッとした生徒たちは走り出した。
唯一戸惑った者がいた。
「ジンドー!」
ヒナタだ。しかしジンドーは背中を向けたまま言う。
「早く行って、界さん」
ただ冷たくそう言い放った。
それに、今までのジンドーにはない冷徹さを感じたヒナタは急いで立ち上がると、走り出した。
ヒナタは初めてだった。ジンドーが怖いと感じたのは。
一方のジンドーは逃げ遅れたヒナタが行ったのを確認すると、
「天涙」
と呟く、すると何もない空間に水滴が落ちたかのような波紋が広がり、その波紋の中心からジンドーは刀を抜き取った。
彼の愛刀である、天涙だ。
その天涙を両手に持ち、突き出すように、右上に刀をジンドーは構える。
「奈落の……悪魔……」
鬼は言った。
「邪魔を……するか……」
「何の願いを受けた。鬼!」
「それを……貴様に教える義理は……ない……!」
鬼は再び拳を振り上げる。そして拳が突き出されようとし瞬間、ジンドーは星空の羽を羽ばたかせ、鬼の懐に体当たりを繰り出した。
そのまま、ジンドーは鬼を学校のグラウンドの中心に共に、連れて行き土煙を上げながら地面に激突した。
鬼ともつれあう、ジンドーはそのまま刀を逆手持ちにし、鬼の腹に目がけて刃を振り下ろした。
だが、一瞬の間のうちに、鬼は風を巻き起こしながら手を薙ぎ払いジンドーを吹き飛ばした。
グラウンドの地面に吹き飛ばされ倒れるも、なんとか衝撃を地面に刀を刺すことで殺したジンドーは。そのまま鬼を睨みつける。
鬼の腕が薙ぎ払われたことで、土煙は霧散し、鬼の巨体が、日の元に晒される。
体格の差は三倍はあるだろうか、しかしジンドーは引くわけにはいかない。
全く、油断していたとジンドーは思い返す。
この鬼が、唐突に現れたのには理由がある。
──恐らく、この鬼が現れたのは我輩と同じ。願いや、感情を辿り、この場に現れたのだ。 願いを叶えると言う、建前で界さんを連れていくために!
恐らくこの鬼もクレナイ様の息がかかっているのだろうと、ジンドーは予測していた。
実際、あの明田コノミが何を願ったのかはわからないだが、ヒナタを狙ったと言うことは、明らかに、クレナイ様の眷属であることは間違い無いだろう。
ジンドーは刀を握りしめる。
──まずい……!!
だが、だからこそ事態は厄介だ。
願いを叶える、その純粋な思いを果たそうとしている分、目の前の鬼は強大な力を備えこの世に顕現している。
ジンドーは考えるそれはつまり──。
──やはり今の吾輩では、力不足か|。
刀を握りなおし、そしてニヤリとジンドーは笑った。まるで自身を奮い立たせるように。
反対に鬼はつまらなさそうに、言う。
「貴様……力が弱まっているな……」




