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奈落の悪魔と雨に踊れば  作者: 青山喜太
出会い編

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第22話 ヒナタと先輩

 短髪で、整えられた黒髪に、真っ直ぐな視線、そして結構な長身な須藤アキラ先輩。いつ見ても、私の目を釘付けにしてしまう。


 いや、ていうかなんで先輩がこんなところにいるのか。私は動揺したまま、先輩を見ていた。


「あ、今日は店員さんいる」


 そう呟きながら、先輩はドリンクのコーナーに足を運んで行った。


「界さん……!」


 ディアボロマート、という文字がオシャレに服の胸の部分に施された、制服を着こなしながら、ぽっちゃり悪魔のジンドーは小声で諭してくる。


「話しかけてきた方が……いいのではないか……?」


 どうやら私の呟きから、ジンドーも彼が須藤先輩だと気づいたらしい。

 うっ、でも……やばい嫌われたらどうしよう。

 黙っているものの私が怖気付いているのをジンドーは察したのか。キリッと私を見て言った。


「大丈夫……吾輩がいる! 気まずくなったら……なんか……まぁ……なんとかするのである!」


 不安だ! でも確かに今ここで、話しかけなければいつ話すのだ? そうだ今しかない! 接点を作るのは!!

 私は一歩踏み出し、ドリンクコーナーに向かった。


 ドリンクコーナーには当然、先輩がいる。先輩は後ろ姿を私に晒しながら、ドリンクを選んでいた。


「あの……!」


 勇気、間違いなく私は人生で一番の勇気を振り絞った。たったの二文字、話しかけただけ、なのにだ。


「須藤先輩……ですよね……!」


 すると後ろ姿の先輩は、グルリと私の方を向いて……だめだ、顔が熱い何を話せば……。


「うん? そうだけど、界、覚えててくれたんだ」


 それはこっちのセリフだ。私との接点なんて、プリントを拾ってくれた時ぐらいなのに。

 一瞬私の嬉しさによる動揺と連動するかのようにディアボロマートの明かりも若干明滅する。


「先輩、その、よく私なんか覚えてくれてましたね……」


「いや、結構、界って有名人だぞ」


「え? なんで!?」


「だって変な噂流されてるし」


 私な思い当たった、それは多分誰かが流した、私のありもしない噂。パパ活してるとか、不良と付き合ってるとか色々な、ありもしない噂だ。


 そうかそれで私は印象的な女に……全然そんなことない私は……!


「でもあれ、嘘なんだろ」


「え?」


 私は目を丸くした。そんなこと言ってくれる人なんていなかった。


「イメージなかったんだよな、界、真面目そうだし」


「あ、ありがとうございます」


「ほら、真面目じゃん」


「そ、そうですか?」


「そんな礼儀正しくないでしょ、不良なら」


 そ、そういうものだろうか、私は褒められた(?)衝撃と、噂を否定してくれた嬉しさで、顔が赤くなり、まともに先輩の顔すら見ることができなかった。


 でも一言だけ、言わなければならないことがあった。


「あの! 先輩!」


「うん?」


「お、応援してます! 先輩のこと! ふぁ、ファンなので!!」


 ファン? ファン?! ファン?!!! 何を口走っているのだ! 私は! やばい緊張しすぎて、何を言ってるか自分でもわからない!


 でも先輩はクスリと笑って言った。


「そ、ありがとな」


 私は、その笑顔にやられた、もう先輩の顔が見れない。


「じゃ、じゃあすいません! 長い時間喋ってぇぇ!!」


 そそくさとジンドーの元へと戻っていった。早歩きで戻ってきた私をジンドーは心配そうに見る。


「うまく話せたであるか……!」


 ジンドーは、戻ってきた私にそう尋ねるが、それどころじゃないんだよ!


「は、恥ずかしかった……!」


 お互いに小声で、まだドリンクコーナーで熟考している先輩にと声が届かないように喋る。すると、母さんがまたニヤニヤしながら近づいてきた。


「ねぇ、ちょっと今のイケメンもヒナちゃんの知り合い!?」


「声が大きい!」


 デリカシーのない母に私はうんざりしながらも、逆に気がまぎれるな、なんて思いながら、私は母さんに注意する。

 しかしもうここの、コンビニにはいられない。


「母さん! お弁当は!」


「あ、適当にヒナちゃんの分も選んだよ!」


「じゃあジンドー会計! お願い!」


「いや、セルフレジなのであるここ」


「は! 忘れてた!」


 そそくさと、私は会計を済まして、ジンドーに一瞥した後、ディアボロマートから退店した。


 もうだめだった、恥ずかしくてたまらなかった。

 一刻も早く忘れるために私は家へと向かったのだった。


 ─────────────


 翌日、朝、顔は上気したまま迎える。息が荒いどうしようどうすればいいのだ、私は……私は!


「学校……行こう……」


 これだけは言える、先輩と話せた。それだけで私は嬉しかった。


 人生が終わってもいいと思うくらい。それは、言い過ぎか。

 とにかく私は、いつもよりも明るい気持ちで、制服に腕を通した。

 かなり心が軽い、今までとは違う、少し楽しいと感じられているのが私自身驚いていた。


 階段を駆け下り二階の自室から、一気にリビングまで、行って、手軽な朝食を済ませ、そして、顔を洗って身支度をした後──。


「行ってきます」


 誰もいない家に向かってそう言って私は家を出た。


 今日も何事もなく、学校生活が終わればいいそう思いながら。


 そう思っていた自分が馬鹿みたいだった。

 私はこれから起きることを未だ知らずにいた。

 そして改めて思い知る。


 私は普通じゃないんだと。

 ただの人ではいられないのだと。

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