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72 1月26日 毛利元康三の陣 申〈さる〉の刻(午後4時ごろ)

残敵掃討を終えた諸将が戻ってきて本陣や他の守備陣の諸将も此処、毛利元康陣に集まってきている。

敵味方双方の陣地付近では討ち捨てられた死体の埋葬が始まっている。放置しておくと疫病の恐れがある。東軍は忍城の(きわ)まで下がっているため東軍が集結していた空堀の向こう側まで我々が処理しなければならない。

俺(三成)のすぐ横には武蔵、大谷吉継の他に、追撃戦から戻った中島氏種と平塚為広、それに手が空いている戸田勝成(重政)も居る。


「これは後始末が大変ですぞ………。」


状況を初めて目にする戸田勝成が溜息混じりにこぼす。


「敵方は埋葬どころではないですからな。我々がせざるを得ない。」


ついさっきまで、死体の山を量産していた平塚為広も、広範囲に散乱した(むくろ)に諦め顔だ。


「まあ、ゆっくり埋葬しているぐらいが丁度良い頃合いになるだろう。敵方も恐らく一晩は必要だろうからな。」


大谷吉継が独り言のように呟く。

秀忠と秀康に俺(三成)が仕掛けている策を知らない平塚為広・戸田勝成は意味不明で困惑している。

一応説明しておくか。


「敵方に戦前一つ策を仕込んで有ります。それの発動に一晩程度は最低必要になりそうで。」


「治部殿、それはどのような?」


「戦い足りないやも知れませぬ勝成殿には申し訳御座らぬが、徳川から降伏を引き出す策。」


「なんと!それは結構な事では御座らぬか。この忍城ではろくに戦って居りませぬ儂(勝成)なれど、関ケ原以降もう十分に戦いましたぞ。半年の戦は流石に長う御座るわ。」


確かにそうだ。大谷隊は特に目立っている訳ではないが、関ケ原での小早川監視など要所を担う様な配置になる事が多い。吉継は軍才を買われているので現場での即時の判断が必要な受け持ちが多いのだ。その実働部隊の指揮官、左右の先鋒が平塚為広・戸田勝成の二人なので、細かな戦闘は数限りなくこなしてきた事だろう。


「今宵は我々も軍議になるだろう。兵も将も激闘が終わって気が抜けている。暫くは敵味方共にさらなる戦を起こすことは出来ぬ。此処で仕切り直しだな。」


紀之介(大谷吉継)がそう予想した直後、今夜軍議という伝令が来るのだった。


………

………


「先ずは此度ん大勝、ご苦労やった。」


本陣砦の仮設広間で惟新斎(島津義弘)が軍議の口火を切る。広間には中央と北陸方面の諸将、東北戦線から転戦してきた上杉主従も着陣している。武蔵も俺(三成)の側付き扱いで後ろに控えている。


「討ち取った数から考えて此度ん戦で敵方ん一万程度を刈り取ったようじゃ。戦闘不能ん敵兵はおそらくそん三倍。合わせて四万は削ったじゃろう。逃亡兵も考慮すりゃ、家康が再編成できた総兵力は四万程度ち考えらるっ。なお、此ん戦で挙げた主やった首は、田中吉政、山ノ内一豊、寺沢広高、金森長近そいに京極高知と松平忠吉じゃ。」


松平忠吉の名が出た事で場にどよめきが走る。


「ただ松平忠吉ん首は無か。井伊直政が首だけ持って包囲を切り抜けた。だが討ち取ったんな確実じゃ。」


恐らく松平忠吉は此度も先鋒一番槍を付けるために前に出ていたのが祟ったのだろう。しかし京極高知?だと。あの兄弟はのらりくらりと生き抜く嗅覚だけは鋭かった筈だが、どう云う事だ?


「惟新斎殿。京極高知が何故に?」


「京極は奮戦した実績欲しさに欲をだして松平忠吉ん包囲に巻き込まれたようじゃ。」


そう云う事か。関ケ原でも何故か松平忠吉の陣の側に布陣していた。家康が目を掛けている松平忠吉の側でさり気なくアピールしていた流れで巻き込まれ、離脱の機会を逸したのだな。


「なお、金森長近は逃げようとせず、飄々と雑兵を呼び寄せ自分を討ち取らせたごたっ。呼ばるっまで座り込んだ長近にだいも気が付かんやったらしか。」


長近はもう高齢でもあり、今更逃げる気にもならなかったのだろう。切腹するではなく、雑兵の手柄とさせる振る舞いは流石の戦国生き残りよな。空虚な見栄より、雑兵に首をくれてやる事で僅かでも実質の残る死に方を選んだか。切腹では誰の手柄にもならぬからな。

だが、松平忠吉を打ち取れた事は大きい。家康お気に入りの松平忠吉の戦死は敗戦以上に家康の心を折るやもしれぬ。これで秀忠・秀康兄弟も相当やりやすくなっただろう。


「そこで、問題はこれからん方針じゃが、そん前に我らん状況も整理して伝えちょこよごたっ。先ず、此度ん戦で敵方とん兵力差は三倍を越え、四倍近くになっちょい。だが禁裏から長引っ戦にそろそろ終わらせや………とん、女房奉書が届いちょい。まあ、捨て置いてん良かが一応伝えちょく。兵糧弾薬はまだ十分に有っが米はそろそろ長崎で買い付けた異国ん米に変わっで、少し味が異なっらしい。」


「米など食えさえすれば良い。我らはまだまだ戦える。今こそ此処で徳川の息の根を止める。」


気を吐いたのは商人出身ながら猛将の(たち) のある小西行長だ。出自が商人だけに徳川の農本主義を毛嫌いしている。徳川を嫌悪する事は俺(三成)以上やもしれぬ。

そしてこの行長の発言に頷いたのは揚北衆を初めとする、開戦当初は成り行きで東軍に属していた諸将だ。彼らからすれば西軍方としての働きが少ないので所領安堵を確実にさせるためにも、もう一働きしたい処だろう。

これに対して慎重論を唱えたのは毛利秀元・元康などの毛利勢だ。


「士気が高いのはなによりで御座る。されど、戦は水物。此度は我らが受けに回って家康に無理攻めを強いて勝ちましたが、次は逆になりまする。そうなると忍城の要害が前に立ち塞がりますぞ。減らしたとは云え、まだ敵方四万もあれば、完全に補給を絶っての兵糧攻めも出来かねる。なかなか一朝一夕に勝ちの絵を描くのは困難で御座ろう。」


毛利にすればこれ以上いくら働いた処でさほどの加増は見込めない上、関ケ原開戦前に、すでに四国に出兵しており全力動員も相まって台所が苦しい。これほどの遠国への長期遠征をいつまでも続けられる状況ではない。可能であれば兵の半数程度は国元に返したいのが本音だろう。

毛利勢の発言で前のめりだった諸将も改めて考え直している。手柄は欲しいが大損害を出したのでは採算が合わない。毛利勢が大雑把とは言え具体的に困難な点に言及したので尚更だ。大功を挙げた毛利元康が慎重論を支持した事も大きい。


「言われて見れば、確かに短兵急にケリが付けられる状況と迄は言えぬか………。しかし、一息に攻めきれぬとなると、如何致す?東海道軍の北上や佐竹・伊達勢の西進、あるいは真田の甲斐から八王子への侵入を待ち、此処で徳川勢主力を拘束するに留めるか?」


小西行長も思い直したようで、常識的な展開を述べ始める。戦略的には間違いようがない展開で、それで必勝ではあるが………。


「小西行長殿ん申された通り、双方急な攻め手も無か以上、必然的にそういった状態になっやろうな。そこで………ちゆ訳でん無かが、伊達政宗殿から手紙が来ちょい。」


政宗が?今度は何を掻き混ぜる積りだ?


「簡単な文じゃっで、読み上ぐっ。『大勝した今こそ政略を以て徳川の屈服を試みるべし。なお、家康の処遇は()の脅威を最もよく知る治部少輔に一任有るべしと認む。』………だ。」


政宗の野郎、言わずもがなの事を。これでは何が何でも秀忠・秀康への工作で成果を出さねばならぬではないか。諸将に裏工作の存在が暴露された以上、俺から言うしかない。


「実は、(それがし)が奥州に入る前後から密かに結城秀康殿への接触を図っておりまする。

ご存知の通り、結城秀康殿は幼少時太閤様に厚く遇され秀頼様に隔意(かくい)は御座らぬ。

この戦を終結させるには秀康殿の尽力が不可欠と考えました故、東西の橋渡しをお願いしておりまする。

されど、秀康殿はあくまで徳川の将であり、尚且(なおか)つ、音に聞こえし猛将。

情を優先し義に(もと)る行いはなされませぬ。

そこで此の決戦数日前に秀忠・秀康殿と密かに膝詰めで談判致した所存。

そこでは、此の決戦で徳川方が大勝出来なかった場合に限っての要望を伝えておりまする。


1つ、この戦での東軍敗戦を受け入れる事

1つ、徳川家は大幅減封なれど、松平家に服して存続する事

1つ、家康は家督を秀忠殿に明渡し、秀康殿が補佐をなす事

1つ、家康の処遇は治部少輔に一任、ただし、命は取らぬと保証する事


以上の条件で御座る。」


暫くの静寂ののち、場が喧々諤々に混乱する。


家康を生かしておくなど言語道断………だの

秀忠が出てきたなどど、とても信じれぬ………だの

勝てぬまでも負けてもないなら、そのような条件で纏まるはずがない………だの

………

……

「勿論、この密議は非公式のもの。現実に我が方が決戦で大勝した今でも、東軍内でこの話で纏まる保証は何も御座らぬ。ただ、かなり可能性は高いと存する。」


諸将がさらに言い募ろうとする矢先、意外な男が声を上げた。


「儂は治部少輔の策を支持する。」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新有難うございます。 これは思った以上の大戦果ですね。 家康は籠城して戦った経験がほとんどないと思いますし、焦燥して噛みすぎて爪がなくなってそうですね。 お家大事の時代ですし、このまま…
[良い点] おお、、、死者1万に負傷3万とはかなりの大戦果ですね。 それにしても、田中吉政、山ノ内一豊、寺沢広高、金森長近、京極高知、松平忠吉とは、名前の知られた大物が戦死していますね。 まさに徳川…
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 治部支持の声ですが「毛利元康」に百円。 理由は 「これ以上は毛利にとって利が薄いのでとっとと引き上げたい」 から。
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