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37 10月7日 東海道方面軍 陣中 戌〈いぬ〉の刻(午後8時ごろ)

津軽為信を見送って再び乗船、清州城攻撃に南下してきた味方の東海道方面軍と合流した。

東海道方面は宇喜多・長宗我部・鍋島・小野木・福原など、約5万3千だ。


「治部少輔も戻ってきたので軍議を始める。当面の議題は清州城の扱いだが、皆の意見を聞きたい。」


東海道方面の主将の宇喜多秀家が宣言する。元々が貴公子である上に主将として場数を踏み、若さに似合わぬ貫禄まで醸し出している。


「清州城にはさしたる兵は残っておりませぬ。抑えの兵を置いて東進しては如何かと。家康が去ってからまだ日も浅く最後尾を捕捉も可能でしょう。」


積極策を述べたのは俺(三成)の妹婿でもある福原長堯だ。大垣城の籠城で溜まった鬱憤(うっぷん)を晴らしたい事も有り戦意旺盛だ。


「それも可能ではありまするが、此処は慎重に一城一城抜いて着実に(あゆみ)を進めるほうが良いのでは?退却中とは云え家康勢は我に勝る大軍、無理に追撃は不要かと。」


長島城から合流した小野木公郷が手堅い意見を出す。小城の丹後田辺城に手間取った経験から城の価値を再認識したようだ。


「自分も小野木殿に賛同致す。清州城の先にも刈谷・吉田・岡崎・浜松・掛川と延々敵城が控えており、各城ごとに抑えの兵を別けていては5万3千の兵もすぐに痩せ細ってしまいますぞ。」


中期的視点での反対意見は鍋島勝茂だ。史実では勝茂の本人像があまり伝わっていないが、関ケ原参戦前の慎重な距離感や国元との連携を見るに、手堅い良将のようだ。


「ふむ。治部少輔。そなたは暫く戦線を離れていたので冷静な判断が出来よう。どう思う?」


秀家が話を振ってきた。どうやら俺に決定的な意思決定の根拠を出して欲しいようだ。


「されば…この治部も急な東進は控えるべきかと。ここから東は()()田楽狭間(はざま)が有り、伏兵を置くに最適の地。迂闊に急進すると今川殿の(てつ)を踏みかねませぬ。さらに、家康はカルバリン砲を十数門保有して御座る。」


「カルバリン砲?…とは?」


「この春、豊後に南蛮船…オランダと申す小国の船で御座るが…が難破して漂着して御座る。これを家康が逸早く接収してしまい申した。その備砲がカルバリン砲。比較的軽量ながら従来の砲に比して射程が長く、城の防衛には相当な威力があるかと。」


「…そりゃ面倒や…きっちり城を包囲出来んようでは落とせんぞ…」


長宗我部盛親が(つぶや)く。福原長堯も唸っている。


「ふむ。だが治部がそう申すからには、すでに手は打っているのだろう?」


秀家が先を促す。


「如何にも。隈本から長崎に寄って此方もカルバリン砲の手配をしてござる。ひと月かそこらで届きましょう。勿論、砲弾と火薬も手配済にて。」


「なるほど。やったら互角か。だが銃砲は城の防御方のほうが使いやすい武器ちや。城は抜きにくうなるろう。」


長宗我部盛親が応える。すでに攻城戦をイメージしているようだ。


「うむ。各城に一門ずつ有るだけでも城方は随分と楽じゃ。」


福原長堯も長宗我部盛親に同調する。大垣城で籠城戦をしていたので銃砲の有り難みは肌感覚で理解しているのだ。


「カルバリン砲の特徴は55(ちょう)と云う長い最大射程で御座る。迂闊に包囲して付け城を築くと良い的になってしまい申す。」


当時のカルバリン砲の射程は約6km有ったと云う。火縄銃の最大射程がざっと500mと云われているのでカルバリン砲の射程の長さは際立っている。


「っな! 55町だと!」


当時としては荒唐無稽とも言える長射程に諸将がざわめく。


「落ち着いてくだされ。55町は最大射程。狙って打てるのは2~3町で御座る。また家康が持つカルバリン砲は20に届きませぬ。砲弾、火薬も一隻の商船が自衛用に積み込んでいただけの量で軍船のような大量では御座らん。なので恐らくは、多くは関東の要所の城に分散配備されており、東海道には精々2~3門でしょう。玉も火薬も1門あたり20発分も有れば良い方で実際はもっと少のう御座る。」


1町は約109m。火縄銃の有効射程が100m前後、カルバリン砲で200m前後だ。


「そうか。ならば滅多なことでは発砲は出来ぬな…時間稼ぎの牽制程度か。だが付け城が作れぬのでは抑えの兵を置いての進撃は尚更無理だな…」


宇喜多秀家が(つぶや)く。


「攻城については別案が。長崎ではカルバリン砲だけでなく最新式のカノン砲も依頼しておきました。」


「カノン砲?」


「はっ。なにせ最新式で軍船用の重砲ですので多くは入手困難でしょうが、数門なら何とか入手出来るかと。」


「ほう、軍船用か。どんな砲なので御座るや?」


鍋島勝茂が質問する。明治維新でも佐賀藩は最新装備に貪欲だった。肥前の風土なのだろうか。


「カノン砲は砲弾重量5貫ほど、有効射程はカルバリン砲にわずかに劣りますが砲弾重量がカルバリン砲の倍以上あり、威力は桁違いで御座る。当然、砲弾、火薬も順次持ち込まれます故、一城一城、虱潰しに潰して進むのが宜しかろうと。」


5貫は約19kgほどだ。ただの運動エネルギー弾だが城などの城門や櫓は木造なので十分破壊できる。


「門や櫓は破壊できるな。では砲の到着を待って東海道の城を順に潰して東進と致したい。」


宇喜多秀家の決定に諸将も頷いている。誰も好き好んで兵を失いたくはないので当然だ。

当座の方針が決まったので自然と散会になる。


「治部は今(しば)し。」


秀家から声がかかる。こちらから密談したかったので丁度良い、そのまま居残る。


「九州はご苦労だった。一体どう言い(くる)めたのだ?島津殿は惟新斎(島津義弘)殿が軍配を握っているので判るが、清正と如水殿は?」


「清正は本人も家康の非に気が付いて居りまする。秀頼様に馳走せよと迫り大阪城に押し込む事は、左程難しゅうは御座らぬ。が、如水様は悩み申した。」


「うむ。それで?」


「如水様はもうご高齢。されど未だに己が機略を持て余されて御座る。その有り余る知を発散できれば西だろうが東だろうが、どちらでもよいので御座る。」


「…はぁ…それはまた面倒な…」


「されば西だろうが東だろうが、何を説得しようとも首を縦には振らず必ず反発されまする。説得される事自体が()()御仁にとっては不愉快なので御座る。」


「箸にも棒にも掛からぬではないか。」


「は。よって、その知略の大元(おおもと)を覆すしか御座りませぬ。西でも東でもなく、()()御仁の意表を突いた提案が必要。」


「あの海千山千の意表など突けるものなのか?しかも我らの都合が良い結果になる案など。」


「されば、如水様には好々爺になって戴きました。」


「…は?………はぁあ!?」


「如水様も内心は秀家殿と同じ思いだった筈。好々爺と最も縁遠い如水様なればこそ、その擬態を愉しまれる事に賭けたので御座る。」


「………」


「後は段取りで御座る。東軍の旗幟(きし)を鮮明にした長政殿は西軍戦勝後は改易必至。なれど如水様が鉾を収めた功により本領安堵となれば、後世の評価は如何なりましょうか…と。」


「東西どちらにも味方せず居ながらにして、その存在感を遺憾なく示した孤高の軍略家、だがその実態は我が子を救い家を残した人情家………そう云う筋書きか。馬鹿馬鹿しいにも程があるぞ。誰がそんな話を真に受ける。」


「この時代の人には噴飯ものでしょうな。されど100年後200年後となれば文の記録から伺うしか方法は御座らぬ。」


「なっ!治部が偽りの如水の像を文の記録にして大量に残すのかっ!」


「はっ。この治部の一存でできる事故、如水様にも信じて貰えました。」


「…確かに、治部が残すと言えば必ず残す。それは誰も疑いはするまい。」


「後世のすべての人を(たばか)る壮大な謀略故、如水様も漸く首を縦に振られたので御座る。」


「後の世の学者には迷惑極まるのう。」


「それぐらい読み解けぬような学者など偽文でも掴ませて置けば十分かと。」


「ふっ。違いない。で、治部はこれから如何致す?石田隊は惟新斎殿の元、東山道の中央軍に配備されておるが。」


「石田隊は惟新斎殿に引き続き預かって戴いたほうが力を発揮出来ましょう。治部自身は次は揚北(あがきた)から陸奥を目指したく。」


揚北は越後北部の阿賀野川北岸地域の総称だ。本庄や新発田といった豪族の地盤だが今は溝口秀勝や村上頼勝が治めている。


「溝口と村上か?確かに北陸方面軍が堀秀治を脅かしている今はその機会ではあるが。」


「揚北は調略出来れば儲け物程度で。」


「ふむ。本命は上杉殿か。」


「いや、伊達殿で御座る。」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 全国地図お疲れ様でした。 見やすくて助かりました。 確かに小田原城辺りに大砲があると西軍はかなり苦戦しそうですね。 兵糧だけはありそうですが、弾薬を補給出来ない東軍に打つ手が残っているの…
[良い点] 更新ありがとうございます。本筋に戻れた事誠に重畳。 地図があると良いなどと言って手間をかけさせてしまい申し訳なかったです
[良い点] 待っていました! 逃げる東軍にじわじわと追い詰める西軍。 日の本中を旅して味方を増やしてまわるとは素晴らしいですな! 三成殿の次の一手が楽しみです。
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