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第11話 『船旅』

 船旅と言うのは生れて初めての経験だった。

 貴族ともなれば結構な客船に乗るものかも知れんが、既に私は公女の肩書を放棄した身だ、乗るべき船もそれに準じたものになるのが妥当というものだろう。

 その船は客室も備えた貨物船、一般的に貨客船と言われる船だった。今の私には分相応だろう。

 第二大陸までの航程はおよそ二〇日と聞いている。その旅の途中において、私は未曽有の困難に直面していた。


 客室で床に伏し、ただ唸るのみの旅程。

 傍らには桶。

 ひどい船酔いだった。専門的には『加速度病』と言う。いくら魔法で症状の軽減を試みても、この体の深奥からこみ上げてくる地獄のような苦痛はこの身から離れてくれなかった。


「よもや貴公がこういうのがダメとは思わなんだ」

「自分でも意外だ」


 ベッドサイドで嘆息しているのはクレアだ。

 友人宣言して以来、彼女の中の私の序列はずいぶん気の置けないものになったらしい。これでも窮地にあって轡を並べた仲、堅苦しさの抜けた遠慮のない物言いが心地よい。

 

 船酔いと言うのは三半規管の不具合から来る自律神経の異常に起因する。船の揺れから来るストレスが原因なので気力だけではいかんともし難い。

 治すには船を降りるしかないが、悲しいかな周囲は一面の海。諦めて状況に慣れるか、目を閉じて頭に本を載せるくらいしか対処法を知らない。


「今は凪いでいるからいいが、時化でもしたらさらに酷いことになりそうだな」

「その時は介錯を頼もうと思う。苦しまないようにやってくれ」

「謹んで引き受けよう」


 馬鹿な話をしていると、ドアがノックされた。

 クレアが出ると、やけに人懐こそうな顔をした青年が立っていた。


「昼飯だぜ。大将の具合はどうだい?」

「相変わらずだ。話くらいはできそうだが訊いてみるか?」

「やめとくよ。呼ばれもせずに女の病床に押しかけるのは趣味じゃねえ」


 からからと笑ってクレアにバスケットを渡し、青年はドアを閉めた。

 がさつなように見えて、結構気配りをするとは中々に快男児だ。


 その彼に助けてもらったのは、もう何日も前の話だ。




 鎧袖一触。そう呼ぶに相応しい立ち回りで公国軍五〇名を一掃してのけたのは、私が呼び出した怪我人だった。

 素性の知れない人物だが、その技の冴えは素人の私から見ても本物だ。

 最後の一人を打ち倒し、周囲の警戒まで済ませてようやく肩の力を抜いた彼。

 そしてそのまま私のところに駆け寄って来た。


「助けに入るのが遅くなってすまねえ。大丈夫か?」

「……すまない、見ての通り腕をやられている。起こしてもらえると助かる」


 その私の言葉に答え、肩と背中を支えるように身を起こすのを手伝ってくれた。

 自己診断するまでもなく、左右の腕が折れたのは自覚していたが、左腕は特にひどくおかしな感じで曲がっていた。少しの刺激で気が遠くなるほどの痛みが走る。


「良ければ接ぐぜ。多少の心得はある」


 彼の言うことは直ぐに理解できた。整復。折れた骨を元の位置に戻す作業のことだ。現状のまま治癒魔法をかけると骨が曲がった状態で癒着してしまうため治療に当たっては必要な措置だ。

 だが、何もしなくてもこの痛みだ。整復をするには勇気がいる。私は一つ息を吐いた。


「アビー、すまないがタオルを取ってくれないか」


 傍らで呆然としていたアビーに声をかけると、慌てて馬車の中からタオルを取り出して来てくれた。

 それを口で受け取り、視線で彼に頷いて見せる。


「行くぜ」

「一気に」


 彼が力を籠めると、脳天から突き抜けるような激痛が走った。意識が飛びそうな痛みに、噛み締めたタオルに声なき悲鳴が漏れる。人生で一番痛い経験ランキングの一位が入れ替わった瞬間だ。

 その代わり、整復の処置は一発で決まっていた。どういう経歴の人物なのか知らんが、かなり手慣れているようだ。複数骨折だったが骨は綺麗に正規の位置に戻っている。これであれば治癒魔法がかけられる。

 魔法をかけて鎮痛と治癒を施し、よろけながら立ち上がって、アビーに手伝ってもらいながらクレアの様子を見る。

 バイタルは正常。頭部の裂傷が気になったが、幸い掠っただけだったようだ。恐らくは脳震盪。腕の痛みをこらえてそっと額に触れて感覚を伸ばして脳のダメージを調べるが、こちらも現状では問題ない。脳内出血については経過観察だ。胸当てが凹んでいるところを見るに、体のダメージもある程度アーマーが受け持ってくれたようだ。




「見事な手並みだな」


 聞こえてきたのは、兄の声だった。

 振り返ると、地に伏して血を吐きながら兄は笑っていた。即死ではなかったらしい。


「一端の治療師らしい仕事だ。それならどこの家に仕官しても医師が務まっただろうに、もったいないことだ」


 彼の言葉の意図が読めず、クレアの治療を済ませて彼に近寄った。

 穿たれているのは心臓だ。治癒魔法では追い付かない。現状で彼を救う術は介錯くらいしかない。


「一つ教えてくれませんか兄上」


 これが最後の機会だろうと思い、私は一つ息をついて長年の謎を彼に問うた。


「何故そこまで私を嫌うのですか。私は兄上に憎まれる心当たりがないのです。実力の差は明白ですし、家督とて兄上が継ぐものです。迷惑をかけた覚えもありません。兄上に対して私が何か不利益をもたらしたとは思えないのです。それなのに……何故です」


 その言葉に、兄はうっすらと笑った。正直、それは気味のいい笑みではなかった。


「では、面白い話をしてやろう。お前は、自分が誰の子か知っているか?」


 唐突な問いに私は混乱した。私の出自については大公家の両親の子だとすべての記録が物語っている。これまで疑ったこともないことだ。


「そう、お前は父と母の子だ。それは俺が保証してやる。酔っぱらった勢いだったと言っていたが、それでもあいつらがごく普通にまぐわって出来たのがお前だ」


 あまり聞きたくない生々しい話だが、兄の話の骨子はそこではなかった。


「でもな……俺は違うんだ」


 衝撃的な発言に、私は目を剥いた。だが、それは地獄の一歩目に過ぎなかった。


「俺の父は、伯父上だ。言っておくが、俺は貰われっ子じゃない。生んだのは間違いなくお前の母でもある女だ」


 その言葉を嚥下するまでに、数秒を要した。

 父には男の兄弟はいない。そうなると必然的に伯父と言うのは母の兄と言うことになる。

 瞬間的に鳥肌が立った。


「……そんな馬鹿な」

「その馬鹿なことをやらかしたのが、あの女だ。その方面に目覚めた時からくそ野郎とねんごろだったそうだぞ。ひひ、俺がまだガキの頃だと言うのに、くそ野郎が嫌らしい面をして自慢げに教えてくれたわ」


 兄の声に、狂的なものが混ざり始めた。


「何かの間違いではないのですか。法螺の可能性も……」

「俺もそう信じたかったさ……俺が一四の時に、あの女が俺の寝所に夜這いに来るまではな。媚薬を盛られて前後不覚の俺を嬉々として手籠めにした挙句、あの女は悪びれる気配すらなかったよ」


 その言葉を、私の魂が拒絶する。聞いてはいけない呪いを聞かされている思いだ。そのことが、私の思考を一つの仮説に導いた。


「まさか、兄上が……」

「さすがに聡いな。あいつらに毒を盛ったのはこの俺だ。家督を貰うことが決まったのでな、その機会に特製の奴を馳走してやったのよ。誰にもばれず、毒かすら分からんと言う自信作だ。どっちも病死で片付いたのはお前も知っているだろう。何故と問うなよ。こんないかれた一族、さっさとこの世から消え去るべきだと思った俺を、お前は責められるか?」


 身内殺し。その言葉に身も凍る恐怖を覚える。

 この人は、そこまで追い詰められていたのか。


「俺はお前が、心の底から妬ましいのだ。同じ家に生まれながら、お前はごく普通に両親のことを後ろめたく思うことなく語ることができる。それに引き換え、俺はどうだ。しかもあの伯父は、お前のことまで狙っていたのだぞ」


 その言葉に、うなじの辺りの毛が逆立った。

 生まれて初めて感じる類の嫌悪感だ。


「それで私を別宅に?」

「お前を慮ってのことではない。お前が奴の手にかかってしまうのが我慢ならなかったのは変わらぬが、それはあのくそ野郎を喜ばすのが業腹だっただけのことだ。そして、俺もその畜生の血を継いでいるようでな。お前が就学のために家に戻った時、美しく成長したお前を見て、俺は興奮を覚えたよ。種が違うとは言え、血を分けた妹に対して劣情をもよおしたんだ。笑うがいい、所詮俺は、あの畜生どもの息子だったという訳だ」


 血の気が引く思いと言うのはこういうのを言うのだろう。

 信じていたものが、軒並み失われたような思いだった。


「父上は、このことは?」

「知っていたさ。その上で黙認していた。元から大公家の将来に興味のない放蕩者で、他所に愛人が山ほどいたからな、母のことにもさして興味がなかったのだろう。乱行も自分に迷惑がかからなければ好きにしろと言わんばかりにな」


 息が詰まる。

 まともな人間は誰もいないのか。

 何なんだ、大公家と言うのは。


「まあ、その呪われた大公家も、ここで終わりだ。もう行け、愚妹。ろくでもない親殺しは、ここで土に還って地獄に落ちるだろう。死したら月に召されるであろうお前とは……もう会うことも、あるまい…………達者で……」


 それだけ言うと、彼の目から光が消えた。


 どれほど呆然としていたかは分からない。オールアウトした脳では、何も考えられなかった。

 どれほどの闇を抱えて、この人は生きて来たのだろう。

 私とて、不遇な幼少期を呪いはした。だが、この兄と立場を代えろと言われたら私は喜んであの沈黙の城に籠ったことだろう。

 あまりにも哀れな人だ。

 この人もまた、愛情を知らずにこの歳まで生きて来たのだ。



 私の意識を戻してくれたのは、背後から聞こえた重い音だった。

 振り返ると青年が蹲り、アビーが駆け寄っていた。


「大丈夫か?」


 私の問いに、青年が苦笑いした。


「すまねえ、体力が品切れでよ。何か食わせてくれねえか」



 保存食しかなかったが、急いでそれらを取り出して青年に与えた。

 それを凄まじい勢いで胃袋に放り込む彼。まるで何かに取り憑かれたような勢いだ。程なくクレアが意識を回復したが、それも目に入らない様子だ。

 五人前の食料を一息に片付け、ようやく人心地着いたのか青年は肩で息をしながら手を止めた。最後に革袋の水を飲み干し、落ち着いたところで意外なことにその場でほろっと涙を零した。


「もう、完全に駄目だと思ってたんだ」


 そこから語られた、彼の境遇。

 迷宮を案内していた冒険者の乱心に遭って重傷を負い、迷宮内の落とし穴に転落して動けなくなっていたのだそうだ。

 そして時が過ぎ、もはやこれまで、と思った時に目の前に召喚のゲートが現れ、必死にそこに転がり込んだというのが彼側の顛末だったと彼は語る。


 語り終えると、彼は姿勢を正した。


「俺を助けてくれたのはあんたでいいんだな?」


 私の方を真っ直ぐに見ながら問う彼に、私は頷いた。


「結果的にはそうなったかもしれないが、私が召喚したらどういう訳か其方が出て来ただけのことだ。貸し借りを気にすることはないぞ」

「いいや、経緯はどうあれ、俺に生きる機会をくれたことには変わりはねえ」


 そう言うと、私の目の前に片膝をついて頭を垂れた。

 それはまるで騎士の誓いのように厳かなものだった。


「一命を救ってくれたこと、心から感謝する。我が名はヴァルター。迷宮都市イルミンスールの冒険者ギルドでガイドを務めている者だ。やんごとなき御方とお見受けするが、恩人の御芳名を承りたい」


 やけに押し出しが強い名乗りに、私は答えた。


「私はエリカ。家名は捨てた。今は其方と同じ市井の民に過ぎない。いや、しがないお尋ね者と言った方がいいかも知れん。堅苦しい挨拶は無用に願いたい」


 私の返礼に、ヴァルターは楽しそうに笑った。


「確と承った。それで、お尋ね者だってんなら、俺は何をしたらいい? 使い魔ってのになったからにはお役に立って見せるぜ。槍働きなら多少は腕に覚えがあるつもりだ」

「ちょっと待ってくれ」


 私は彼の口上に待ったをかけた。


「使い魔、と言ったが、私にそのつもりはないぞ」

「どういうことだ?」

「私は其方を使い魔として扱うつもりはない。自分が生きていくのにも不安があるんだ、使い魔どころか臣下と言うのも御免被る。魔力のラインを繋ぐ気もないし隷属紋の縛りをかけるつもりもない。さっきも言ったが、貸し借りと言うのであれば窮地を救われたのはこっちも一緒だし、それに我々は海を渡るつもりだ。其方は気にせず、好きなところに行ってくれて構わない」


 私の言葉に、彼は器用に片眉を上げた。


「……詳しく話を聞く必要がありそうだな」





 かくかくしかじかと細かい事情を話すと、そこからは早かった。


「そういうことなら俺に任せてもらおうか」


 そう言って私たちを先導し、彼の導きによってその後私たちは特筆する事もなく無事にダータルネスの港に辿り着いた。

 途中で二度ほど山賊と猪型の妖魔に遭遇したが、その結果については、まあ何と言うか気の毒な連中だったとしか言いようがない。


 ダータルネスは思ったより大きな町で、レンガ造りの建物が多い典型的な港湾都市だった。

 ヴァルターは慣れた様子でその街並みを歩き、馬と馬車の処分をてきぱきとこなしてくれた。その後。


「ここだ」


 そう言って彼が示したのは、商船ギルドの建物だった。

 臆面もなく中に入っていくや、程なく一人の中年の男性に目を止めた。


「ようフリッツ、久しぶりだな」


 呼ばれて顔を上げたフリッツと言う男の顔に、驚愕が溢れる。


「ヴァルター……てめえ、生きてやがったのか」

「おかげさんでな」


 顔見知りらしい彼らの会話には割り込まなかったが、ほんの数分で商談は成立した。


「決まったぜ。明日の早朝だ」

「早朝?」

「船出の時間さ。こいつの船はイルミンスール行きの定期便だ。ちと色気のないむさくるしい船だが、そこは我慢してくれ」

「むさくるしいたぁ言ってくれるじゃねえか」

「胸を張って若いご婦人を乗せられる船じゃねえだろう」

「てめえ船賃は覚悟しろや。その金で新しい船を買ってやらあ」


 軽口の応酬を聞きながら、私は唖然としていた。

 あれほど悩んでいたのに、私たちは恐ろしくあっさり渡海する手段を手にした。


「いささか話がうますぎる気がするが、貴公はどう思う?」


 不安げなクレアの言葉には頷くところはある。


「そうは言っても、現状ではこれ以上の展開は望めないだろう。どこかでリスクを取らねばならない話だ。ここはヴァルターを信じたい」

「……是非もなし」


 悩む私たちを乗せ、あれよあれよと言う間に何事もなく船はダータルネスを出港した。

 追っ手の影も臨検もない、肩透かしを食らったくらいに穏やかな船出だった。







 夜、不快な感覚は相変わらずだが、体を拭くついでに気分を変えようと甲板に出た。

 大きなガレオン船だけあって、甲板は広い。

 船旅における最高の贅沢は、水平線まで広がる星空だ。

 余計な明かりが何もない無光害のその光景は、まさに宝石箱の中身を黒いビロードの上にぶちまけたようなものだ。その真ん中、天空の中心にある月は今宵も美しい。

 それを見上げていると、世界と自分が調和をしたような不思議な感覚を味わうことができる。


 感嘆の念を抱きながら星空を見上げていた私の視界の端に、舷側に佇む小さな人影が見えた。しょぼくれたその後ろ姿に、私はとことこと近づいた。

 

「夜風は体に毒だぞ」


 話しかけると、一瞬びくっとして小さな人影は振り返った。


「びっくりしたのです」


 やや曇った顔で、アビーは無理に笑顔を作って見せた。

 その隣に立って、水平線の彼方を見る。


 私もアビーも、特に言葉を発することなく海を眺めた。星空の下、波頭が微かに光るのは夜光虫のものだろうか。

 無言の時間が過ぎること三〇秒ほど。


「ごめんなさい。謝るのです」


 ぽつりと零れたような、出し抜けなアビーの言葉に私は首を傾げた。


「何に対して謝っているんだ?」

「あの時、私はエリカの言いつけを聞きませんでした。本当にエリカやクレアを助けられるとも限らないのに……私は馬鹿だったのです」

「確かに、あれはまずかったな」


 私は宙を仰いで言葉を継げた。


「でも、アビーはアビーなりに私たちを助けようとしてくれたのだろう?」

「それはそうなのですが……」


 あの時以来、塞ぎがちだったこの子の様子は気になっていた。恐らくはあの時の自分の行動の是非がずっと頭の中で渦巻いているのだろうということも何となく察しがついていた。

 本質的に、この子は優しい子だ。深い付き合いとまでは言えないが、私でもそれくらいのことは分かる。


「正直、確かに上策だったとは思えない。レナのことを思えば、アビーの行動は叱らねばならないことだ。だが、私は腹の立つのと同時に、嬉しくもあったよ」

「嬉しい、ですか?」

「あの時は、アビーなりに必死に私たちを助けようとしてくれたのだろう。その気持ちは責められるようなものではないよ。私のために、命を懸けてくれる人がいる。こんな私でも、それはやはり嬉しいものだ」

「でも、結局何の役にも……」

「結果が問題じゃない。アビーがそう思って行動してくれたことが、私は嬉しかったんだ」


 私の言葉に、アビーの表情が歪んだ。


「……私は、まだエリカの友達でいていいのでしょうか」

「アビーはどうか知らんが、私はそのつもりだぞ」


 そう告げた途端に、アビーは顔を伏せた。

 何かに怯えていた彼女の中の、その閊えが氷解したのだろう。


「嫌われたと思ったのです。言いつけを聞かない、悪い子でしたから」

「これでも元は公女様だぞ。私の度量を見くびるな、馬鹿者」


 そう言って彼女の頭に手を伸ばして引くと、小さな彼女の頭が私の胸に収まった。

 小さい体だ。その小さい体なりに、精一杯の勇気を出して運命と対峙した彼女を、誰が責めることができよう。

 さらさらした髪を撫でると、くぐもった泣き声が聞こえた。


 こうすることで、少しでもアビーの心がほぐれてくれればいい。

 あの日、レナが私にそうしてくれたように。


 すすり泣くアビーの髪を撫でながら、私はそう思った。


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