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Quest29

異世界生活9日目。


共通暦第3聖暦1029年5月22日。

クラウディス王国暦376年のことであった。


「オークの大侵攻が起こる!!」


王都クラウディリアの至るところで、そんな騒ぎが起こった。

この日、王国政府、冒険者ギルドが連名で王都中に通達を行ったためだ。

その内容は【近い内にオークの大侵攻が起こる。有事に備え、戦う気のあるものは武器を持ち、参戦せよ】というものだった。


オークの大侵攻。

正確に言えば、オークを主軸とした鬼種モンスターの侵攻だが、なんども言うようにこの国にとってその出来事はなによりも大きい意味を持つ。

200年前に起きたオークの大侵攻。

言い伝えだけではあるが、永きを生きるエルフからもその話が聴ける故に大勢の人間が真実として受け入れ生きてきた。

それが実際に起ころうというのだ。騒ぎになるのも当然であった。

そして、大いに恐れるのも。


しかし、同時に、決して少なくない者達が自分たちも戦おうと決意を固めたのである。





◇◆◇◆◇


「……はぁ」

「リュークさん……」


夕暮れの酒場、澪夜の泊まっている宿【黄金の夢】に併設されているそこに、澪夜の姿があった。

オークの大侵攻の話が出たからか、少しばかり空いている酒場で大きな溜め息が響いた。


「まさか、あそこまでとは……はぁ……」


溜め息の主はパーティー【蒼の羽根】のリーダー、リューク。

金級冒険者である彼の今の姿は、どちらかといえば凛々しいものではなく、博打で金をすった男か、それか女関係に悩む男といった具合だ。

なぜ、そうなったのかというと。


数時間前。


リュークと澪夜はギルドからの紹介状を持ち、ドヴェルグの営む鍛冶屋に向かった。

しかし、結果として、リュークはドヴェルグの御眼鏡に適わず、目的であった剣を打ってもらうことはおろか、出来合いのナイフすらも売ってもらえなかったのだ。

澪夜も一緒に行ったには行ったが、話には参加せず飾られている刀剣類を眺めていた。一通り見た所、たしかにドヴェルグというだけあって、品質も高く尚且つ一定であり、街で見掛ける武器と比べれば大きな差があった。


「まあ、ここは奢りますんで……元気出してください」


澪夜は項垂れているリュークに話しかける。

安い、美味い、多いの三拍子揃った【黄金の夢】だが、現状ムラマサに売ったポーションからしか金銭を得ていない澪夜がそう易易と他人に奢れるのだろうか、と疑問に思うことだろう。

しかし、澪夜はこの前日にとある方法で大金を稼いでいた。


その方法とは……と、いいたいところがそこはまた今度話すとしよう。ただ、澪夜は一日だけで一般的な家庭の年収を大きく超える金額を稼いだとだけ言っておこう。


「そうは言っても……はぁ……」


リュークがここまで落ち込んでいるのにはドヴェルグに断られたこと以外にも理由がある。

今回、リュークはドヴェルグの鍛冶屋に行くに当たってとある素材を持参していた。その名も【ヴェノムインゴット】。正しく加工すれば切り付けるだけで毒を仕込める剣を作れるような、そんな金属だ。

このヴェノムインゴットは元々はリューク達が死闘の末に斃したファントムデュラハンの鎧の一部に使われていたものをギルドが抽出し、インゴットに加工したものだ。

要するに、リュークの持ち込んだヴェノムインゴットは蒼の羽根の死闘の証なのである。

しかし、ドヴェルグはそんな品を「不良品の金属」と一蹴し、仕事を受ける気はないと告げたのだ。

澪夜自身、その場面を見ていたわけだが、これに関してはリュークを擁護することはできないと思っている。


ヴェノムインゴット──もととなるのはヴェノムダイト鉱石という魔法鉱石から作られる金属──は、上にもしるした通り正しく加工すれば強い毒性を持つ。それ故に、剣だけでなく、鏃やまきびしなどといったものにも利用されることが多々ある。

軽く、強い毒属性を持つ金属。十分に強力だろう。

しかし、この金属は致命的なほどに脆いのだ。

一般的な鉄や鋼に比べれば圧倒的に強度はあるが、それでも魔法鉱石から作られる魔法金属と呼ばれるものなどの中では最低の強度しか、ヴェノムダイトは持たない。

もし、ヴェノムダイトを利用して剣を作るのであれば、ミスリルなどの金属と混ぜ合わせなければまともな強度を持つものは作れないのである。

だが、他の金属と合わせるとヴェノムダイトの毒属性というのは著しく失われてしまう。

強力な毒属性というのが失われてしまえば、ヴェノムダイトという金属の利用価値というのは殆ど無くなってしまう。

それ故に、不良品の金属。

強度を上げようとすれば特性を失い、特性を取れば強靭さが無くなる。

剣にして使おうなど言語道断だ。


冒険者だから、剣士だからで終わる問題ではない。

おそらく、あのドヴェルグはそう思ったのだろうと澪夜は予想する。

剣士というのは剣を用いて戦う者で、冒険者とは自らの命を担保に金を稼ぐ仕事だ。

その上で剣をはじめ、武器は商売道具である。

商売道具のこともまともにわからないような人間に剣を打ちたくないと思ってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。

それに、もし仮にただ言われるままに剣を打ち、その剣についてまともに知らないリュークが死んだとしたらあのドヴェルグもなにかしら思う所があるだろう。もしかしたら【蒼の羽根】の面々に恨まれることだってあるかもしれない。


たしかに、ドヴェルグが予め説明すべきなのかもしれない。

しかし、今回リュークはインゴットを出して、剣を打ってくれとしか言っていないのだ。「この金属を使って剣を打てるか」とも「打つとしてどんな剣になるか」とも、そんなことを訊いていないのだ。打てるという前提で、話を進めようとした。

それがドヴェルグは気に食わなかったではないか。

澪夜はそう思っている。


おそらくだが、ドヴェルグは相当高いプロ意識を持った上で仕事をしているのだろう。

そんなドヴェルグが、自分が使うであろう武器に対して気を向けず、どんなものなのかを理解せずに使おうとするような人間に剣を売るだろうか。いや売らないからこうなっているのだ。


「大侵攻までに強力な剣をと思ったんだけどなぁ」

「今の剣も十分強力だと思いますけどね」


リュークの武器は魔法金属でこそ無いものの、上質な天鋼あまはがねという金属の魔剣だ。

基本的に、普通の金属よりも魔法金属のほうが強力だ。例えばの話だが、ふつうの鉄の強靭さを1とした場合、魔法金属のなかで最低クラスの強靭さのヴェノムダイトの強靭さは7ほどだ。さらに、魔法金属というだけあって魔力の通りもいい。魔力の通りがいいということは魔力で剣を強化するときにそれだけ無駄が省けるということであり、ただでさえ強力な魔法金属製の武器がさらに強力になるということだ。

だが、天鋼は先に出たヴェノムダイト以上の強靭さを持ち合わせ、魔法金属には劣るものの通常金属のなかで最高の魔力伝導率を誇る銀に次ぐ魔力伝導率を持つ。

特殊な能力こそ無いものの、ほぼ魔法金属並の性能を持っているのだ。

そんな天鋼で作られた魔剣。強力なのは言うまでもない。


「強力というならレイヤくんのその剣もじゃないか。刀って言ったっけ?たしか今代の剣聖様も刀使いのはずだけど」

「まあ、色々苦労しましたから……それなりに強力だとは思ってますよ。ところで、剣聖様というのは?」

「剣聖様を知らないのかい?」

「恥ずかしながら」

「そっか。なら、説明しようか?」

「お願いします」

「【剣聖】っていうのは、この国で代々最強と呼ばれる剣士が得る称号のことなんだ」


そう答えるリュークは今までの沈んだ口調とは一転し、声が弾み始めた。


「称号?クラスではなく?」

「うん、クラスではなく、称号。強ければ、クラスが剣士でも剣聖を名乗れる。勿論、剣を扱うのに適したクラスであるのが条件だけど」


双剣士、剣豪、聖騎士。

リュークは今までの剣聖のクラスを挙げる。


「今代の剣聖様……エリシア様のクラスは公表はされてないけど、サムライ系統を持っているのは確定だとされてる」


刀という武器は、必ずしもサムライ系統でなければ扱えないというわけではない。ふつうの剣士でも扱えるし、剣術スキルのアーツも扱える。

しかし、十全に扱うのなら、刀術スキルは必要だし、その刀術スキルを得るにはサムライ系統のクラスに就いていなければならない。

そのため、剣聖エリシアのクラスはサムライ系統と予想されているのだ。


「けど、もしかしたらダブル、それかトリプルなのかもしれないとも言われてる」

「それは……」

「すごいことだよ。レイヤくん自身もそうだから実感はないかもしれないけど、クラスがいくつもあるのはすごいことなんだよ。基本、皆いくつかのクラスに適性を持つものだけど、選べるのはその中から1つだけ。けど、マルチクラスは場合によっては全てを選べる。

クラスっていうのはある種の可能性だけど、マルチクラス持ちっていうのはその可能性をいくつも持てるんだ。シングルクラスとは全く違うんだよ」


可能性。

クラスとは、この世界ではその者の才能でありその者が進んだときの可能性だ。勿論、その才能も可能性も個人差がある。通常なら1つしか選べない──特化させられない──その才能をいくつも持てる。そのアドバンテージは大きい。例え、1つの才能が他に見劣りしても、もう1つの才能は優れているかもしれない。それだけでも大きいのだ。

ゲームとは違い、この世界ではクラスは生きるための武器だ。


こんなロールプレイがしたい。だからあのクラスを取ろう。

PvPで上位を目指したい。だからあのクラスを取って、こういうビルドにしよう。


こうではなく。


自分は剣士のクラスに就ける。ならば、それを活かせる兵士を目指そう。

自分は薬師のクラスだ。薬師の修行をして、薬を売って暮らそう。


これに才能があるから、これで生きよう。

こうなのだ。


勿論、これが絶対ではない。

クラスが剣士でも、商人をやる者もいるし、鍛冶師なのに冒険者をやる人間もいる。

さらに、魔術師などのクラスを得ても、家庭的な事情や金銭的な事情などで師を得られず埋没する者もいる。


生きる上での指針であり、武器でもあるクラス。

それをいくつも持てる人間はそう多くない。まさに選ばれた人間なのだ。


「話を戻そうか。

今代の剣聖であるエリシア様は、3年前の東部魔獣戦役での活躍で剣聖へ推挙されたんだ。

僕も一度だけ、遠目だけど見たことがある。

『黄金の髪に蒼穹の目の神の愛し子』なんて、吟遊詩人が吟遊詩人が歌ってるけど、その通りだったよ」

「神の愛し子?」

「最年少で剣聖になった才能とその美しさを讃えてそう言われてるんだ。『神に愛された子』ってね」

「金髪で蒼い目で美人。ちょうど今入ってきた人のような感じですか?」


澪夜はちょうど入口から入ってきた女を指差す。

身長は160cm中頃くらいか、金髪で少しばかり鋭い蒼い目。鼻筋の通った凛とした顔と雰囲気の女。年齢は澪夜と同じか少し上くらいに見える。

なにより目立つのは立派な双丘……ではなく、腰の剣。いや、刀。

純白の鞘と柄に銀の装飾が施された、芸術品とも言えるような美しさをもった逸品だ。


澪夜は剣聖自体を見たことはないが、リュークの話を聞く限りでは彼女のような感じなのだろうと予想した。


「あっ……あっ……」

「どうしました?そんなに口を開けて」

「けっ……けん」


まるで幽霊でも見たかのような──レイスという幽霊みたいなモンスターが居る世界でその例えもおかしいが──リュークの様子に澪夜は怪訝な表情を浮かべ……なにかを察した。


「あの、もしかして」

「剣聖……」


そして、リュークがつい先程まで話していた言葉を捻り出したのはそれとほぼ同時だった。

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