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Quest28

「ご隠居様!」


王都中央区の一等地。

王族付近衛練兵場の近くにあるカガ家の前でそんな声が響いた。


「今までどちらに……」

「ああ、いやちょっとカール村までな。あそこのチーズが食べたくなってな」

「でしたら、我々にお申し付けいただければ」

「いいんじゃよ、それで何かあったのかね?」


門番の兵──正確にはカガ家の伝承する一般向けの剣術【カガ蒼天流剣術】の門下生──が開けた門を通り、屋敷への道を歩きながら、傍らの執事に上等な外套を預け、妙に騒々しい王都の様子になにかあったのかと訊ねた。


「それが……」





◇◆◇◆◇


「なるほどのぅ。それで、ティファナ様は無事だが、護衛隊は壊滅と」


書斎のソファに腰掛けながら、ムラマサは家宰からの詳しい報告を受けていた。


カガ家の生業は、主に王家とそれに連なる貴族家への剣術指南だ。それゆえに、王家と血縁関係を持つアルカディア公爵家の三女ティファナとも面識があった。


「200年の時を経て、オークの大侵攻が再び起こる可能性大とは……たしかにティファナ様が遭遇したオークベルセルクなどを考えれば妥当じゃな」

「はい。元老院、冒険者ギルドも同じ見解でした。冒険者ギルドに関しては九割の確率で起こるだろうと、また現時点で殆ど実態も掴めているそうです」

「ふむ……」


ムラマサは豊かな顎髭に手をやりながら考え込む。

現状の王都の戦力、過去の事象から予測できるオークの戦力。

退けられるか否か。


「退けるのは不可能ではない、か」


出た結論は奇しくも前日に冒険者ギルドの受付嬢たちが話していたものと同じだった。


「はい。王都にはムラマサ様も剣聖様も居られます故」

「剣聖……エリシアか」


剣聖エリシア・リラ・ド・フォン・アルカディア。

アルカディア公爵家の次女にして、王国最強の呼び声高い【剣聖】。嘗てムラマサが剣術を教えた、稀代の天才剣士である。

【剣聖】という称号は代々この国に伝わるもので、その名を冠するにはその所持者から指名されるか、公の場で倒すかしなければならない。

尤も、後者に関しては殆ど行われることはなく、エリシアに関しても前者に則って指名された。しかし、その過程が異常だったのだ。

往々にして、指名制というものは次代の者を選ぶ時自分の息の掛かったものを選ぶのが罷り通る。現に、ここ3代の剣聖はトリヴシア伯爵家、またはその縁者が担ってきた。そして、先代の剣聖が引退する時も大方の予想はトリヴシア伯爵家嫡子ウィンベルトの息子ハロルドが継承するというものだった。

だが、蓋を開けてみればハロルドではなく、エリシアが先代剣聖によって指名されたのだ。勿論、ハロルドが剣聖と呼ばれるだけの実力が無かったわけではない。23歳にして、クラウディス王国の五指に入るだけの剣術の実力があったし、容姿にしたって美丈夫と評されるほどだった。それだけに、確実とまで呼ばれたハロルドではなく、エリシアが剣聖に指名された時は王国社交界で大きな話題となった。


「そういえば、ティファナ様達はどうやってオークベルセルクから逃れたのじゃ?オークベルセルクは討伐難度400は超えるじゃろう?それを倒せるだけの護衛隊をティファナ様達に?」

「聞いたところによれば、騎士フレイド・リュセル・リックスが倒したと。しかし、報告に来たシン・グレイヴによれば通りがかりの男が斃したそうです。信憑性で言えば、シン・グレイヴの報告でしょう」

「じゃろうな」


シン・グレイヴにフレイド・リュセル・リックス。

2人の顔を思い浮かべながらムラマサは頷く。

シンは彼が幼少の頃から知っているがゆえに言わずもがな。フレイドに関しては詳しいとはいかないものの、様々な噂を聞いていた上に、何度か顔を合わせたときにその性根の曲がりようとでも言おうか、妙に自信や自己顕示欲、承認欲求というものに溢れたある意味傲慢と言える態度が妙に気に掛かったのを覚えている。


「それにしても、ティファナ様も見ていたにも関わらず自分が倒したと吹聴するとは……頭にワームでも向いているのかのう?して、その通りがかりの男というのは?」

「全身黒装束の刃のように鋭い雰囲気の男だったそうです。これといって大柄なわけでもなく、小柄なわけでもない、ただ凄まじく整った顔立ちをしていて、一撃でオークベルセルクの首を飛ばし、恐ろしいほどの速さでオークの集団を斬り伏せたと」

「一撃で、か。相当な使い手じゃな。金級、いや白金……下手をすればミスリル級かもしれぬな。そして、黒装束……【闇影】のガゼル、いや【新月】のシュダかのう……」


ムラマサは黒装束がトレードマークの剣士の名前を口にする。

【闇影】ガゼル、【新月】シュダ。どちらも白金級冒険者の上位、ミスリル級に上がるのも時間の問題と言われる剣豪だ。


「いえ、そのどちらでもないかと思われます」

「ふむ?」

「どちらも上級冒険者、貴族にも詳しいでしょう。例の黒装束はアルカディア公爵家の紋章を見ても、気にした様子は無かったそうですので、そういった物に興味がないか、常識がないかどちらかと」

「ふむ、常識に疎い黒装束の男か……」


呟きながらつい最近会った青年を思い出す。

カール村で愚かなゴロツキに絡まれた時に介入してきた青年。ぶっきらぼうな喋り方をしていたが、恐らく作り物であるその喋りの奥に慈悲深さとでも言うべきものが見え隠れしていた彼は、その身のこなしやただの老人に扮していた自分の実力を見抜いた点からして、相当な実力を持っているだろうと、ムラマサは予想していた。

そして、その青年……レイヤは金も持たず、しかも高価なポーションを無造作に取り出していた。ある程度の知識や常識を持ち合わせている人間ならそうはすまい。


「なにか心当たりでも?」

「いや、少しな」

「そうですか。せめて、名前だけでもわかっていれば……」

「名前すら聞いておらんのか」

「はい。どうやら友好関係を得ることはできず、騎士グレイヴいわく最初に友好関係を築けていれば被害は少なかっただろうと」


グレイヴ……シンの報告は実は公式なものではない。

ティファナが襲われたという話は、王族や公爵家と縁のあるカガ家であるため、王城に詰める高級文官が報告に来ていた。

その報告は、細かい経緯は省かれ、ティファナがオークに襲われたこと。フレイドが斃したと噂が流れていること。また、様々な事からオークの大侵攻が起こる可能性があるということの大きく分けて3つのことしかされていなかった。

そして、その後に訪れたシンによって詳細が家宰に伝えられ、今こうしてムラマサに伝えられているのだ。


「わかった。マサムネには?」

「ご主人様には先程お伝えしました」

「うむ」


現在、カガ家の家督はムラマサの息子マサムネに移っている。

しかし、剣術家としての才能や強さというものがマサムネよりもムラマサの方が上だというのは、当人を含め多くのものがしることだ。

それ故に、王家の剣術指南役としての仕事などはマサムネが行っているが、有事の際にはムラマサがたてられる。本人曰く老兵が死のうと関係はない、とのことだが。


「ならば、用意をしておかねばな」








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