好きな子と振り返ってみた
「ちょっと、アタシがいない間に何があったのよ」
ひそひそとミカナが話しかけてくる。
もう、俺たちは馬車に乗って帰路についていた。
「別に……何も」
「絶対に嘘でしょ」
「何もなかったよ。うん……」
「明らかに様子がおかしいじゃないの」
隣のミカナがやけにうるさい。
ガタガタと馬車が揺れる音の方が、まだ聞いていて心地好いぞ。
「気のせいだ、気のせい」
「気のせいじゃないわよ。……本当にアンタたち何があったの?」
ミカナは対角線に座っている俺とセシリアを交互に見て呟いた。
俺もセシリアも視線は完全に窓の外を向いている。
景色が綺麗だなー、自然がいっぱいだあ。
「……事件」
「何を言っているんだハピネス。事件なんて何も起こってないだろ? 外を見てみろよ。平和な景色が広がっているぜ」
「……重症」
「俺は普通だぞ」
「……治療っ!」
ハピネスは椅子から立ち上がった勢いのまま、俺の腹部目掛けて正拳突きをくり出した。
良い具合に体重も乗った拳が俺の腹部にめり込む。
「ぐふっ!?」
傷みに悶絶する俺、反動を利用して椅子に座るハピネス。
「……完治」
「あほか! いきなり拳をめり込ませてくるとか」
「あら、正気に戻ってきたのね。やるじゃない」
ミカナはハピネスを誉めているが、何もしていないのに殴られた俺は怒りの感情しかないぞ。
ちなみに、セシリアは窓に寄りかかり、自分の世界に入っているので、俺が痛みに悶えていることを知らない。
「やるじゃないじゃねーよ!」
「ぼーっとしてたからでしょ。この子は悪くないわ」
「……正論」
「納得いかねぇ! 俺の味方は……」
セシリアの方を向くとまだ、自分の世界に入っていた。
現状で味方無し、圧倒的に不利だ。
「……勝利」
「うっせぇ! 勝ち負けじゃねぇだろ。何に対しての勝利だ!?」
「……人徳?」
「俺はお前に人徳で負けているのか」
「言うまでもないじゃない」
「援護射撃止めろ! 俺にだって人徳くらいあるわ」
今は人じゃないけどな。 それでも、人の役に立ったり誰かを助けたりはしているぞ。
「……!」
「おい、ハピネス。その表情止めろ」
目を見開き信じられないと言わんばかりの表情をしている。
こいつ俺のこと今までどんな目で見ていたんだ。
「……冗談」
「限度があるだろ。お前な」
「……信頼、感謝、してるよ?」
「……」
「ちょっ、あんたが固まってどうすんのよ。しっかりしなさい! てゆーか、あんたたちどんな関係なのよ!?」
まさかのハピネスのデレ? に沈黙する俺。
ミカナは俺とハピネスの関係を詳しく知らないので困惑している。
ハピネスはしてやったりみたいな顔で、にやりと微笑んだ。
「……あ、何の話ですか?」
ここで、ようやくセシリアが自分の世界から帰還した。
「セシリア、ちょうど良いタイミングで戻ってきたわね。収拾つけて、お願い! アタシじゃこの二人のツッコミに対応出来ないわ」
「え、どういう状況ですか?」
ミカナが俺たち二人をセシリアに丸投げ。
状況を理解した後は、さすがセシリア。
帰路で繰り広げられた俺とハピネスのコントは、うまい具合に仲裁された。
「本当にここで良いんですか、ミカナ?」
セシリアの仲裁により、普通の会話に戻れ、時間はあっという間に過ぎた。
俺が宿の近くで降ろしてもらうことになったのだが、ミカナも一緒に降りるというのだ。
「ええ、ついでだし歩いて帰るわ」
「良ければ、家まで送っていきますよ?」
「買い物もあるから、大丈夫」
「そうですか……それでは失礼します」
「……また」
セシリアとハピネスを乗せた馬車は屋敷へ向けて去っていった。
「さて、わざわざアタシがここで降りた理由、わかるわよね?」
「俺の採点結果だろ」
依頼前に採点するとか言っていたしな。
「覚えていたのね。じゃあ、言わせてもらうけど。その前に、あんたのあれは、素なのかしら。それとも狙ってやっているの?」
「あれってなんだよ」
そんな抽象的な言葉で言われてもわかるわけがない。
今日の俺の行動に対して言っているのだろうが、心当たりが有りすぎてわからないな。
「……どうやら、素みたいね。狙ってやってるんなら、目星はつくはずだし」
「一人で納得しないでくれよ」
「あはは、それじゃあ採点結果に戻るけど」
「いやいや、戻るのかよ」
聞いておいて勝手に自分で解決しやがった。
「五月蝿いわね、細かいことは気にしない! で、採点結果だけど、採点しなかったことにするわ」
「……は?」
「一日中、じっくりあんたたちを見てたらね……もう、なんか」
「おい、自分で採点するって言っておいてそれはないだろ」
採点不可はないだろ。
最初はちょいちょいダメだししていたのにさ。
「悪いわね。でも、正直言うと余計なこと言いたくないのよ。あんたは普通にしていれば成功しそうな気がするから」
「普通にしていればって……」
俺は無個性な人間になって、ずっと口を閉じていれば良いということか。
「今、絶対におかしな方向に考えたでしょ。だから、言いたくなかったのよ……」
「どうしろというんだ」
考えるなって……悟りでも開けと?
「とりあえず、肩の力を抜いて頑張れば良いんじゃない?」
「なんか適当だな」
そんなんで上手くいくのだろうか。
失敗しか見えない気がする。
所詮は他人事ということか。
「適当じゃないわよ。アタシから出来る精一杯の助言よ。じゃあ、アタシ帰るわ」
「おう、お疲れ」
ミカナは身を翻し、ヒラヒラと手を振り去っていく。
「あー、アタシも頑張らないとなぁ」
ミカナのため息混じりの呟きが聞こえた。
やはり、ユウガとは進展がないのか。
人の恋愛相談に乗っている場合ではないのかもしれない。
去っていくミカナの後ろ姿が妙に寂しげに見えてしまった。
今度、ユウガに話でも聞いてみるか。
もれなく、トラブルもセットになるだろうが。
宿でどうしようかと悩んでいる内に寝てしまった。
後日、俺はセシリアの部屋で反省会をしていた。
「いやぁ、まさか依頼の報酬がこんなにもらえるとは思わなかったな」
「屋敷を全く汚さずに依頼を達成しましたからね」
そう、全く汚さず破壊もせずにアンデットを浄化したため、修繕費として報酬が引かれることがなかった。
「むしろ、報酬が増えたからな」
「私たちが浄化した屋敷の買い手がすごく多いとか」
屋敷の売り出しのキャッチコピーが[セシリア様とミカナ様が完全浄化!]だからな。
そりゃあ、アンデットが住んでいたとはいえ食い付きが良いだろ。
「商売人てすごいよな」
「そうですね」
にこにこ笑っているセシリア。
自分の名前が勝手に使われているのに、腹は立たないのだろうか。
ちなみに俺は、キャッチコピーに俺とハピネスの名前が抜けてあるのが微妙にいらっとしている。
「そういえば、ハピネスは大丈夫?」
依頼の時は絶好調だったが、変わりはないだろうか。
少しは不調の方が良かった気が……しないな。
「普通ですよ。ソフィアさんからも何も聞いていませんから」
「なるほど。なら、心配なのはレイヴンだな」
デュークから報告受けていないし、聞いた方が良いかもしれん。
「そういえばヨウキさん……私の二つ名を知ってしまったそうですね」
セシリアの笑みが急に冷笑に変わった。
嘘をついたり、冗談を言ったりする雰囲気じゃない。
明らかにやばいオーラを発している。
これは……久しぶりに最大の危機だな。
「うん。セリアさんから聞いた……」
包み隠さず、真実を話す。
どうせ、情報漏らしたのセリアさんだろうから、名前を出したって平気だろう。
「知ってしまったのなら、ただ一言だけ。私のことを二つ名で呼ばないで下さい。お願いします」
「あ、うん。わかった」
わざわざセシリアを聖母って呼ばないから、安心して欲しい。
「なら、良いです」
紅茶を一口飲んでいつものセシリアに戻った。
俺はほっと一息つく。
絶対に言わないようにしないとな。
「ま、嫌がることあえてしようとは思わないから安心して」
「わかりました」
「でも、アンデッドキングに語りかけてから、浄化していたセシリアは、神々しい感じがしたけどな」
自分の魔力を大幅に削ってまで、アンデッドキングに慈悲を与えたセシリアの姿はまさしく……。
「ヨウキさん?」
「いやいや、そういう意味じゃなくて! そう、聖女だよ、聖女!」
アンデットを正しい世界へ導く的な。
聖女らしさを感じたというかなんというか。
「聖女……ですか」
「いや、気分を害したなら謝るよ。でも、あの時、俺、魔王城でセシリアに手を差しのべてもらったことを思い出してさ」
「懐かしいですね」
「なんか、こう……アンデッドキングに自分を重ねちゃって」
俺もあんな感じで問いかけてもらい、救ってもらった。
そして、今の俺がいる。
「あの時のヨウキさんは凄かったですよね。いろいろと……」
「ははは……。で、つまり、えっと。俺からしたらセシリアは、あの引き込もり環境から救ってくれた女神的存在なわけで。聖女と言っても過言じゃないくらい……」
「……」
「……」
お互いに顔が真っ赤になりました。
うん、俺、今すごい恥ずかしいこと口に出していたよね。
女神的存在とか、面と向かっていう言葉じゃない。
心の中で思っているものだよ、そういうことは!
この空気まじでどうしよう。
紅茶を飲んで考える。
また、一口飲んで考える。
またまた一口飲んで考える。
気がつくと紅茶は無くなっていた。
ポットに入っていた分も全部だ。
「あ、新しく入れましょうか?」
「え、えっと」
お互いに口が回らないし、動きがぎこちない。
こういう時こそ、ムードメーカーシークの出番だろうに。
窓をちらりと見てもシークらしき影はない。
こうなれば、トラブルメーカーユウガでもいいわ!
扉をちらりと見ても誰も入ってくる様子はない。
「よし、庭に出よう! セシリアに体術教える約束してたし」
「え、今からですか?」
「シーク相手に体術の訓練してるって聞いたから。ふっ、授業の成果を見せてもらうぞ!」
ビシイッとポーズを決める。
やはり、俺はこれしかない。
だが、内心大丈夫かなーと不安。
こんな中途半端な厨二は普段なら許されないな。
数秒の沈黙、そして、ふふっと笑みをこぼすセシリア。
「では、行きましょうか。簡単には負けませんよ」
「楽しみだな。行くぞ!」
俺は颯爽と窓から飛び降りる。
セシリアは普通に部屋から出て、正規のルートで庭へ。
二人でへとへとになるまで体術の訓練をした。
……そして、やり過ぎてソフィアさんにお叱りを受けた。
セシリアもお叱りの対象になったが、叱られている間も俺とセシリアは楽しげな雰囲気。
あきれ果てたソフィアさんは、ほどほどにという言葉を最後に、お叱りを終了させてしまった。
「また、お願いしますね」
「任せるが良い!」
決め台詞を残し、俺は宿に帰るのであった。




