友人と元部下と情報収集してみた
お待たせしました
「見てる分にはすごく面白かったけど、そろそろ本題に戻らないか?」
「……隊長」
「……うぉっ!? なんだ、あんちゃん。お嬢ちゃん達の仲間か?」
いきなり声をかけたからか船乗りに驚かれた。
いや、近づく者に対して全く気づけない程会話に夢中になっていたからだろう。別に背後から音も無く歩いていったわけでもないし。
「ああ、仲間が世話をかけたみたいだな。俺はヨウキで、こっちはハピネス、剣を持っているのがレイヴンだ。よろしく頼む」
自分の名前を名乗るついでに二人のことも紹介した。普通なら遅れてきた俺を二人が紹介するものなのだが、そんな細かいことは気にしない。
「……よろ」
レイヴンは紙によろしく頼むと見事な達筆を披露してから会釈をした。
「お、おう……。俺っちはマサってんてだ。海の男、船乗りをやってるぜ!」
自己紹介の終わりに腕の筋肉を隆起させる所が、誰かを思い出させるな。
軽く回りを見渡すと結構ムキムキ率が多い。
パティシエより船乗りの方が天職だったのではないかとツッコミを入れたい。
本人がいないところでのツッコミは意味がないのでしないけどな。
「それで依頼の件についてなんだが……」
「俺っちのアピールをスルーとは、やるなあんちゃん」
「悪いけど知り合いに似たようなのがいてな。ムキムキはもうお腹いっぱいなんだ」
俺は冷静にツッコミとスルースキルを発動する。
セシリアかデュークがいればふざけるかもしれないが、今回は俺がしっかりしないといけないからな。
「……違和感」
隣にいるハピネスが何か言ってるが聞こえない、聞こえない。
確かに今の俺ははっちゃけないつまらない野郎かもしれないが、これも二人のためだ。
たとえ、仲間に変な目で見られようが俺は真面目に依頼をこなす。
……これだと俺が普段不真面目みたいだな。
「なるほど、王都にも俺っちに負けず劣らずの肉体を持った男がいんのか。海の男として負けられねぇな」
真面目に返したのに何故かボケで返ってきた。
ここで俺もボケて返しては話が進まず、グダグダになるな。
「まあ、そういう知り合いがいるんだよ。それで、筋肉もいいけど、ちょっと聞きたいことが……」
「おっ、筋肉が良いって!? 剣の兄ちゃんよりもひょろく見えるのに、あんちゃん中々良いこと言うじゃねぇか!」
「……」
俺は無言でレイヴンに助けを求める視線を送った。
こういう人の話を聞かないタイプはもう、ユウガやマッスルパティシエだけで充分だ。
しっかりしなければと思ったら手前で申し訳ないが、レイヴンにフォローして貰うことにした。
レイヴンはもはや筋肉しか頭にない、船乗りの肩をがしっと掴み、依頼についてびっしりと書いた紙を船乗りに突き出す
「おぉぅっ、そうか。情報だったな、悪い悪い。話を逸らしちまったぜ。兄ちゃん達は俺っち達のために依頼を受けてくれようなもんだもんな」
「いや、別にそこまで言われる程でもないが」
「積み荷が無くなっちまった今、俺っち達が犯人扱いされちまってんだ。信用もがた落ち、このまま犯人が分からないままじゃ、全員海の男から、ケチな盗賊ってことになっちまう」
先程までは威勢の良い話し方で勢いがあったのに、途端に寂しげな表情になり、回りに哀愁が漂い始めた。
先程、商会のギルドマスターの話を聞いた限りでも、今の所、船員全員に容疑がかかっているって言ってたし。
疑われていることを船員達も全員知っているみたいだな。
「……不安?」
「……心配してくれんのかい? ありがとな、嬢ちゃん。海の男が情けない話だが、皆、心底では不安だろうよ。だけど、俺っちは盗みなんてやってねぇし、もちろん仲間達だってやってる訳ねぇ! そう信じてるから、今の仕事を全員必死にやってんだ」
「……納得」
船員達も思うことがいろいろあるみたいだな。
盗っ人扱いされていても、仕事はしっかりこなすか。筋肉自慢をするだけの人かと思ったけど、考えを改めないといけないな。
二人も今の言葉が効いたのか、表情が変わったな。
最初から真面目にやってくれよ。
普段のことを考えると俺が言えた義理じゃないけどさ。
「……悪いな。つい熱くなっちまった。海の男がこんなんじゃ駄目だな」
「……否定」
「ハピネスの言う通り、そんなことないとないと思うぞ。誰だって何もしてないのに疑われたら、動揺するし、熱くなったりもするだろう。レイヴンもそう思うよな?」
俺の問い掛けにレイヴンは力強く頷く。
「あんちゃん達……ありがとな。あんちゃん達なら、今回の騒動を解決出来る気がするぜ。情報提供だったよな。俺っち達に出来ることなら何でもするぜ」
「そう言って貰える助かるな。じゃあ、早速聞き込みを開始してもいいか?」
「おう、いいぜ。おーい、一旦休憩だ! 俺っち達の救世主が来たぞー!」
船乗りの声に反応し、作業を中断させてなんだなんだと他の船員達が集まって来た。
というか救世主とかまだ何もやっていないのに、言い過ぎだろ。
「おい、救世主って……」
「いいか、皆! こちらの方々はぬれぎぬを着せられた俺っち達の救世主だ。海の男として、全力で協力するぞ。どんな些細なことでも知っていることは全部だ!」
「「「「「おう!!」」」」」
事件が起こり、活気が少しない港に海の男達の野太い声が響いた。
……どうしてこうなったのか、俺にもわからない。
この男祭の中でただ一人の女性であるハピネスは渋い表情をしている。
レイヴンは……平常運転だ。
男祭は騎士団で慣れているのだろうか。
「……ヨウキ」
そう思っていると、小声でレイヴンが話しかけてきた。
「どうした?」
「……俺はもういろいろと自信がないんだが」
「ここにきてのヘタレ宣言かよ!? 安心しろ、大丈夫だ。レイヴンにはここで活躍して貰えれば……」
「もう……紙がなくなった」
レイヴンは背負っていたかばんの中身を見せる。
大量に紙を入れていたのであろう場所には、何も入っていない。
入っているのはすべてくしゃくしゃに丸められた、書き済の紙クズだけだ。
「……とりあえず、俺とハピネスで何とか話を聞いて回るから、終わるまで待っててくれるか? そこから、宿で情報をまとめよう」
「……すまん」
本当に申し訳ないと頭を下げられた。
うん……仕方ないよな、仕方ない。
でも、デュークの言う通り人前で喋れるようにならないと不便だな。
仕方ないかもしれないが、レイヴンのためにも何かしら特訓をした方が良いかもしれない。
まあ、今回は二人の関係を近づけるのが目的だからな。
二人のデートもそうだが、船乗り達のためにも早く依頼を解決させないとな。
コミュニケーションを取る手段を失ったレイヴンを近くで待たせて、俺とハピネスは情報収集する。
剣の兄ちゃんはどうしたと聞かれたが、紙が無くなったから会話出来ないなど言えるはずもなく。
「いやぁ〜、慣れない土地に来たからか体調崩したみたいで、休んでるんだ」
「まじか!? 剣の兄ちゃん、俺っちには相当鍛えてると見てたんだがなぁ。見間違いだったか」
どうやら、剣士なのに身体が弱いという残念なイメージがついてしまったようだ。
「ははは……聞き込みは俺とハピネスがやるんで心配は無用です」
「そうかぁ、剣の兄ちゃんとはあまり話してなかった気がしてよ。出来れば話したかったんだがな」
声を発していないのだから、話した気がしないのは当然だろう。
ハピネスとの会話でヒートアップした時のレイヴン渾身の落ち着けも見えてなかったみたいだし。
筆談をしていたという自覚があまりないみたいだな。
その後、俺が七割、ハピネス三割ぐらいの割合で聞き込みは終了。
情報をまとめるため、宿に帰ると言うと、盛大な見送りを受けた。
レイヴンは聞き込みをしていないからか、何処かやるせない感じだった。
ハピネスは無表情で手を振っていたな。
その度に歓声が起こっていたが、なんだったんだろう。
ハピネスにはアイドルの気質があるのか?
本人に聞いたら何と返ってくるだろうな。
まあ、男祭の中の唯一の花だったからという理由が一番妥当か。
「……で、一旦宿に帰ってきたわけだが」
「……夕方」
「まさか、港での情報収集で日が暮れることになるとはな」
フリメールに着いた時間帯が時間帯だから仕方ないのかもしれないな。
しかし、二人の自由時間を考えると、明日直ぐに行動に移りたい。
「……本当にすまん」
「だから謝るなって! レイヴンには俺らが集めた情報まとめて貰ってるんだからさ」
「……不要」
「ほら、ハピネスもこう言ってるし。レイヴンにはレイヴンに出来ることをやって貰えればいいんだよ!」
「……そうか? いや、しかしだな。俺は納得がいかないんだが」
そう言いつつも、俺達が聞き込みを行い手に入れた情報を紙に書いてまとめることは忘れない。
カリカリと凄まじいスピードで、紙に情報を書いていくレイヴンに俺とハピネスは口あんぐりだ。
騎士団での執務と普段の筆談によって生まれた速筆なのだろう。
俺達と会話して落ち込んだり、元気になったりしても腕は一定の速度で動き続けている。
「……感嘆」
「……何がだ?」
「まあ、レイヴンにはレイヴンにしか出来ないことがあるんだよ。ハピネスはそのレイヴンの出来ることがすごいってさ」
「だから何が……」
「それよりまとめ終わったか?」
続けると不毛な争いになりかねないので、早めに打ち切り話を変えた。
せめて、明日動けるようにはしたいので何を目標にするかぐらいは決めておきたい。
「……ああ。まとめた結果、二人の情報はほぼ一致したよ」
「……お疲れ」
ハピネスが労いの言葉と共にレイヴンにお茶を渡す。宿の厨房を借りて予めポットに入れておいたのだろう。
「あ、ありがとう……」
そこで照れ臭そうに受け取っているようでは先が長いぞ、レイヴンよ。
俺はセシリアから普通に受け取るぞ。
無論、感謝の意は忘れずにだ。
「というか、俺のは?」
「……セルフ」
ぽんと俺の目の前のデスクに空のコップが置かれた。ご丁寧にお茶の入ったポットも近くに置いてある。
「俺は自分で入れろということかな、ハピネスさん?」
「……正解」
「正解じゃねーよ。ここまで揃えてくれたなら入れてくれよ」
後はコップに注ぐだけで終わりだろうに。
何故ここまで用意しておいて最後はセルフなんだ。
「……気分?」
可愛らしく顔を横に倒して言っても俺には効かないぞ。
無表情でその仕草は反則かもしれないが、ある程度長い付き合いだからな。
横に顔を真っ赤にして俯いているシャイな剣士はいるが。
「まあ、このやり取りの間に自分で入れたから、もう何も言うことはないけどな」
「……終了」
こうして俺とハピネスのやり取りは幕を閉じた。
いつも通りのじゃれ合いである。
レイヴンもこんな会話をハピネスと出来たら良いだろうにと思いつつ、俺は茶を啜った。
セシリア程ではないが、ハピネスの入れる茶も美味いな。
美味しく入れるコツでもあるのだろうか。
今度聞いてみようかな。
「……話を進めていいか?」
まだ、少しだけ顔を赤くしたレイヴンが切り出した。そういえば漫才をやっている暇なんてないな。
さっさと明日の目標、予定を決めないと。
「悪い、頼む」
「二人の集めた情報から俺なりに考えた結果なんだが……この事件には魔物が関係しているんじゃないかと思う」
「……魔物?」
「ああ。船員達の証言をまとめると、全員美しい歌声を聞いて、そこから記憶が飛んでいるみたいだからな」
確かにそんな情報を何人もの船員から聞いたな。
海の声で美しい歌声なんて……前世に見たお伽話じゃあるまいし。
「まさか人魚なんているわけないもんなぁ」
「……流石ヨウキだな。俺はその予想が正しいと思う」
「え、まじ……!?」
この世界に人魚がいるとは知らなかったな。
ファンタジーってなんでもありなんだなと痛感し、俺は間抜けな顔を二人に晒していた。




