番外編 飴を作ってみた
大変遅くなりました。次期もめちゃくちゃで……すみません。
「よし、完成だ」
一仕事を終えた俺は額の汗を拭う。
目の前には俺が作った飴細工の花がある。
セシリアのホワイトデーのお返しはどうするか、悩んだ末にたどり着いた物がこれだった。
バレンタインでは手作りのケーキにクッキーという手の込んでいる物を貰ったのだ。
俺もそれなりに手の込んだ物をプレゼントするのが礼儀だろう。
まあ、ちゃんと感謝の気持ちというのも忘れずに作業をした。
もちろん、お菓子作りなどしたこともない俺には無謀な挑戦だと思われたので……。
「……うん。良い感じだと思いますよ。私が保障します」
行きつけの店のパティシエのアミィさんに頼み込んで作り方を教わった。
「 ありがとう、アミィさんのおかげでなんとか良い形には出来たよ」
「私は基本を教えただけで、あとはヨウキさんが頑張った結果ですよ」
そう言ってくれるアミィさんだが、俺がここまでの物を作るのに、大分苦戦をした。
その度にアミィさんにアドバイスをして貰い、ようやく良い物が出来たのだ。
「本当に助かった。でも迷惑だったよな。店の閉店後に一週間通って作り方を教えてくれて、練習にまで付きあわせて……」
「いえ、ヨウキさんは常連さんですから。こちらとしても人に教えるのは良い経験になりますし。それに兄よりも教えがいがあって楽しかったです」
「ははは、ところでマッスルパ……じゃなくてアンドレイさんはまだ作業を?」
「みたいですね」
キッチンの後片付けをしつつ、会話を楽しんでいる俺達とは対照的に無言で飴細工に没頭しているマッスルパティシエ。
後ろ姿からは並並ならぬオーラのような物を感じる。
ギャグキャラだと今まで思っていたが、キッチンに立つとここまで印象が変わるのか。
どんな出来の物に仕上げるのかはわからないが、素人に毛が生えた程度の俺と違ってすごい物が出来上がるのではないだろうか。
「さすが、本業の仕事は違うなぁ。貫禄があるというか、何というか」
「兄はまだパティシエになって日が浅いんです。飴細工も初めてのはずでヨウキさんと同時進行で教えていたのですが」
「うむ、出来たぞ!」
片付けをしながら見守る中、ついに完成したみたいだ。
俺は急いで駆け寄り、作品の完成度を見る。
「これは……」
まず、一目見てわかった。俺なんかとは比べ物にならない完成度を誇っていることがだ。
さすが見習いとはいえ、現役パティシエではあると実感せざるを得ない。
モデルとなった物がリアルに、そして忠実に再現されている。
美しさも兼ね備えていて、作った本人も満足している様子だ。
「兄さん、一体どんな物を……?」
俺のリアクション、アンドレイさんの誇らしげな表情を見て気になったようで、アミィさんも小走りでこちらに来て作品を見つめた。
「どうだ、我が師匠であり最愛の妹よ。素晴らしく美しい……筋肉だろう!!」
作業台の上にあった物は、飴で作られたムキムキな腕だった。
腕を曲げ、上腕二頭筋が盛り上がる瞬間……まるで時間が止まっているかのような、見事な出来栄えである。
「兄さん……」
アミィさんは何を言っていいのかわからないのか、口を開けたまま呆然としている。
怒っているのか、呆れているのか……どっちだろうな。
良いものが出来たら商品として売ろうかと、俺によく話していたんだけどなぁ。これ……店内に並べたら売れるだろうか?
作りは完璧なのに……無駄に美しいのが腹立つな。
「うむ。アミィが何も言わない所を見ると、どうやら認めてくれたようだな」
腕を組んでうんうんと頷き勝手な解釈をしているマッスルパティシエ。
自分の妹をよく見ろ、ただ呆れて言葉も出ないだけみたいだぞ。
しかし、そんな状態のアミィさんを無視し、マッスルパティシエは手慣れた様子で自分の飴細工にラッピングを施していく。
そして、まだ呆然としているアミィさんにラッピングした物を差し出した。
「いつもすまないな……これはその礼だ。受け取ってくれ。我が最愛の妹よ」
まさかのアミィさんへのプレゼントだった。
やり切った感が顔ににじみ出ている。
ただ、呆然としていたアミィさんも突然の兄の行動に驚きを隠せないようだ。
「兄さん……」
今、俺は美しい兄妹の絆というものの渦中にいる。
ただ、ふざけているだけじゃなかったん……いや、違うな。
俺は二人の表情を見比べてみる。
兄、アンドレイさんはとても満足そうな顔だ。
サプライズ成功とでも思っているのだろう。
問題は妹のアミィさんだが……うん、ニコニコしているように見えるけど、よく見たら口元引き攣っているよ。
まあ、無理もないよな。
初見で呆れてしまった物が自分へのプレゼントだったんだから。
というかいつもお世話になっている感謝のためのプレゼントなら、もうちょっとちゃんとした物を渡そうぜ。
「ぶれなさ過ぎだろ……」
妹にプレゼントを渡せて機嫌の良くなった、脳天気なマッスルパティシエは置いといて、俺は半ば呆れたような口調で呟いた。
「まあ……兄さんらしいと言えば、兄さんらしいですけどね」
アミィさんは苦笑しつつ、渡された筋肉飴を見つめている。
正確に再現され過ぎていて食べるのを躊躇うなこれは、外見的な意味で。
それにしても、こんなのを渡されてすぐに正気に戻れるとは。
「それで納得しちゃうんですね」
「兄妹ですから。長年一緒に暮らしていますし、兄さんがやることにいちいち驚いてなんていたら、お店が大変なことになっていますよ」
「それもそうだな」
二人でその場で笑いあった後、会話しつつ後片付けをした俺はお礼を告げて宿に帰った。
もちろん、作った飴細工の花は忘れずにだ。
部屋に入り、棚の中にラッピングされた飴を保管して一息つく。
バレンタインでは最終的にセシリアに救われたが、それまでの過程でものすごい虚無感を味わった。
幸せを見せつけられるという、思わず血の涙が出そうになる事柄だ。
もうあんな思いはしたくないし、させたくない。
だから、俺は……。
「朝一でプレゼントをセシリアに渡しに行くぜっ!」
ベッドの上で握り拳を作り、気合いを入れる。
迷惑にならない程度の時間にはするが、なるべく早めに行くことにしよう。
朝からセシリアの喜ぶ顔と驚く顔が見れるかも……っとこれ以上考えると興奮して眠れなくなりそうだ。
一人でドキドキしてしまう、ベッドの上を転がる。
すると、部屋の隅から眠たげな声がいきなり聞こえた。
「む……一体何の騒ぎだ? 」
「あ、ごめん。起こしたか」
先程の気合いを入れるための言葉でガイを起こしてしまった。
つい、テンションが上がって大きな声を出してしまったからな。
「……何かあったわけではないのだな?」
「ああ、俺がちょっと悶えてただけだから。ぐっすり寝てたんだろ? 悪いことしたな」
「ふん、直ぐに寝直すから別にいいがな。……最近帰るのが遅かったみたいだが、その用事が済んだのか?」
「ああ、まあな。それよりお前は準備したのか?」
「何をだ?」
「まさか、知らないのか?」
惚けたふりをしているわけでもなさそうだし、明日のことを知らなさそうだ。
ティールちゃんのことだから、ガイが何かあげなくても一緒にいるだけで良いとか言いそうだが……かわいそうだよなぁ。
俺は一応ガイに明日のホワイトデーについて一通りの説明をした。
「何だと……我輩はそんなイベント知らんぞ。先月、ティールは何も言わずにチョコレートなる物を渡してきたが……我輩は何も用意していないぞ!?」
「あー、お前それはないわー。貰ってんだから、何か返さないと」
「だが我輩は何かを買う金もなければ、外に出歩くことも出来んのだぞ! 一体どうすればいいのだ」
こんなにあわてふためいているガイも珍しい。
いつも寝てばかりだけど、義理は通す奴だからな。
そういうのは許せないんだろう。
まあ、相手がティールちゃんというのもあるんだろうけどさ。
「別に物じゃなくてもいいんじゃね? お前が用意出来る範囲でのプレゼントをあげればいいだろ」
「む……」
ガイは俺のこの一言によって寝ているのか、考えにふけっているのかわからない状態になってしまった。
俺に出来るアドバイスはもうしたので、明日のためにベッドに潜り寝ることにした。




