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パティシエの話を聞いてみた

俺がデート中のデュークを見つけて歓喜していた頃。俺そっちのけでセシリアとアミィさんは会話を楽しんでいた。



「あの……変な事を聞くようですが、アミィさんのお兄様は何かやっていらしたんですか?」



「あれだけ見せ付けていれば気になりますよね。兄さん……名はアンドレイというのですが、昔はあんなんじゃなかったんですよ」



アミィさんは渋い顔をして語り出した。

思い出に浸っているようだが、雰囲気はどんよりとしていて、いつもの売り子をやっている時とは別人のようになっているぞ。



今は客が俺とセシリアだけだがらいいと思うが、普段は絶対止めた方がいい。売り子をやっている時の彼女とイメージがかなり異なっているからな。



「あの、何だか立ち入った事を聞いてしまったみたいですね」



セシリアもアミィさんから溢れ出してきた負のオーラを感じたようで、会話を終了させようとしている。

自分から話題を振ったのもあってか、悪いと感じているみたいだ。



「いえ、お気になさらないでください。兄が体を鍛えるようになったのは私のためでもあるんです」



「え……?」



「両親もパティシエだったんですよ。戦争で亡くなってしまいましたが、私と兄さんは幼い頃から両親の背中を追いかけていました」



なんだかシリアスな話に突入したみたいだ。

デートのことを考えるのは一時中断して、俺も会話に参加することにしよう。



「両親が亡くなっても私と兄は夢を捨てませんでした。しかし、魔王との戦争のせいか、近所の人達がギスギスした雰囲気になっていって、兄や私への風当たりが強くなりました。戦争をしているのにお菓子職人になりたいなんて呑気だなと」



「辛い経験をされたんですね……」



セシリアの表情が曇る。

戦争に参加していたためか、何か思うことがあるのだろう。

俺はバリバリあるけどな。アミィさんみたいな境遇の人はおそらく一人ではなく、何千人もいるはずだ。



戦争は何も生まないと誰かが言っていた気がするが、その通りだと俺は思う。

そんな戦いをしていた頃、俺は魔王城で何もせずに引きこもっていたのだ。



「……やるせないな」


二人に聞こえないように、ぽつりと俺はつぶやいた。何か行動をしていたら、変わっていた運命があったのだろうか。

与えられた部屋に閉じこもり、現実から目を背けて厨二になっていたあの頃の俺が。



昔を思いだし勝手に感傷的になってしまった。

黙りこくってしまった俺を二人が物珍しい物を見るような目で見ている。



「大丈夫ですか、ヨウキさん。何だか悲しげでどことなく後悔しているような表情をしていましたよ」


「ちょっと昔を思い出しただけだから、大丈夫。心配かけたなら謝る、ごめん」



「いえ、ヨウキさんが大丈夫なら良いんです。私こそ少し気を使い過ぎたみたいで……」



「いやいや。そんなことないって。俺が一人で勝手にしんみりしただけだからさ。アミィさん、話の腰折っちゃったみたいで、続き話して貰えるかな」



このままだとセシリアとの押し問答が続く気がしたので、アミィさんの話に強制的に戻すことにする。



「あ、はい。では続きを……それで兄さんが『アミィは菓子作りの修業に専念しろ、兄さんはまずお前とこの店を守るために強くなる』と言い出して体を鍛え始めたんです」


「妹思いの良いお兄さんなんですね」



「あの筋肉にそんな泣けるエピソードがあったなんて……完全に予想外だったな」



俺もセシリアも感心してしまった。

しかし、そんな俺達を見て何故かアミィさんは苦笑している。

とても良い思い出話だろうに、何か思うことでもあるのだろうか。



「ははは……当時は私もすごく兄さんがこんなに頼りがいのある人なんてと思いました」



「当時はって……今は違うのですか? アミィさんのお兄さんは、アミィさんと両親が残したこの店のために尽力していたんですよね」




「はい……。兄の体格が良くなり、各国で勇者が輩出され始めると非難する声が徐々に減っていきました。そろそろ、兄も体を鍛えるのは一度止めて、一緒にお菓子作りしようと誘ったんですが、断られてしまったんです」



「わからないな。今は新作のケーキを作って自慢げに試食に出すくらいなのに、お菓子作りを拒否するなんて」



先程のマッスルパティシエである、アンドレイさんはケーキ屋を楽しそうにやっているように見えた。

当時はそんなに乗り気ではなかったなんて話でもないだろう。



元々、パティシエを目指す妹と両親が残した店を守るために体を鍛え始めたと言っていたし。

だったら何があったんだと思い、アミィさんの返しを聞く。



「『菓子を作るためには強靱な肉体が必要。俺にはまだまだ足りない』と言い出しまして……」



「は、はぁ。確かにお菓子作りって大変ですよね。それをまとめて作るならなお体力がいるでしょうし」



セシリアがアンドレイさんをフォローしているが、俺は首を傾げてしまう。

お菓子を作りながら筋トレすればいいのではと思ってしまう。



「確かにお菓子作りは大変ですが、私の記憶に残っている両親よりも兄の体格はがっしりしていたんです。ですからもう、大丈夫じゃないかと言ったのですが……聞き入れて貰えず」



アミィさんはがっくりと肩を落としている。

セシリアも何ともいえないといった感じだ。

筋トレが楽しくなってしまったのか、それとも菓子作りに対するこだわりと情熱が彼を動かしたのか。



「しまいには『良い材料は自分で手に入れないとならない』と言い出してギルドに登録までして辺境でしか手に入らないような材料を取りに行くし」



「最早完全にパティシエの仕事から遠ざかっている行動をとっているじゃないか」



そういうのはギルドに依頼すれば、冒険者が依頼を受けて、取ってきてくれるだろうに。

何故、自ら危険な場所に行って材料を入手しに行くんだ。



「ちなみにお兄様のギルドランクはどれくらいなのですか?」



「確か……一月前に良質なブラックベリーがたくさん実っている場所があるという情報を聞き付けて、ギルドを通して出かけた時は『Cランク級の魔物の生息地か、腕がなるな』と言っていたのでCランクかと……」



「いや……どうだろうな」



俺は腕組みをして、ギルドの依頼書を思い出す。

生息地になっている場所はそのランクの魔物が多く、群れのボスのランクが高いパターンがある。



従って、生息地になっている場所はパーティーを組んで行くのが定石だ。

しかし、アンドレイさんがソロで活動しているとしたら。



「Bランク……俺と同じランクかもしれない」



そう言うとなんだか妙な気分になるな。

世間では俺とあのマッスルパティシエの実力は同じということになるわけだ。

襲われたら勝てる気がしないんだが……そもそも襲われるわけがないか。



変な想像は駄目だ、吐き気を催してしまう。

今日はセシリアとの素晴らしいデートの日なのだから、良い思い出だけ残したい。



「まさか兄さんがそんなに強かったなんて。あの身体は見せかけだけじゃなかったんだ……」



「いや、あの肉体は本物だろうに」



エプロンの隙間から見えるがっしりした筋肉は、たくさんトレーニングをしたことを物語っていたぞ。



「兄さんが理想に近い身体を手に入れたというのは本当だったんですね。なんだか安心しました」



兄のことで今まで悩んでいたのだろう、胸を撫で下ろしている。

たった一人の肉親だもんな、心配もするか。



「でも、あの身体ならパティシエの仕事も結構はかどるだろ。体力使うってさっき言っていたし」



「いいえ。兄さんはまだまだですよ。だってケーキ作りをしてからまだ日が浅いですから」



「え……?」



今衝撃的な言葉を聞いた気がする。

セシリアもよくわからないといった感じの表情だ。



「身体を鍛えるのに夢中になり過ぎて本筋を見失ったみたいで……。実はこの店のお菓子は半分以上私が作っているんですよ」



「では、お兄様は普段厨房では何を?」



「今日みたいに試作品という名の修業か、次の日の仕込みです」



言っちゃ悪いので言わないが、いろいろ遠回りし過ぎだろ。

ある程度筋肉がついたらパティシエの修業に切り替えれば良かったのではないだろうか。

最初のシリアスはどこにいってしまったのだろうか。



「はっ!」



「どうかしましたか?」



話が一段落つき、見つけたデート中のデュークの存在を思い出した。

このままではいつも通りの、面白おかしい会話をして終わりのパターンになってしまう。



それを回避しなければならないわけで……デュークには悪いが協力して貰おう、無許可で。



「セシリア、そろそろ場所を移動しないか?」



「そうですね。アミィさんもお店の業務があるでしょうし」



セシリアも店を出ることに賛成みたいだ。

立ち上がってお金を払い、店を出ようとした所、アミィさんに引き止められた。



「あの……またのご来店をお待ちしています」



客が帰る時にする定番の挨拶。

アミィさんの明るい声を聞こえ、俺とセシリアはまた来ますと返して店を出た。


「さて、何処に行きましょうか。ヨウキさん、何か予定を立てていたのなら付き合いますよ」



これは試されているのだろうか。

可愛らしく語尾に音符がついていそうな口調で言ってきたぞ。

先程のケーキで機嫌がいいのかもしれない。



これはガチでデートコースを失敗出来ないな。俺がどうエスコートするかによって、今日良い思い出になるかどうかが決まってしまう。



「ああ、任せてくれ」



完全に他力本願な俺のデートが始まる。

俺はセシリアの横を歩きながらそう思った。

思った以上に長くなったので、一旦切ります、すみません。

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