番外編 チョコを貰ってみた 中編
まとめようとしましたが、駄目でした。
「くそっ、甘いな……」
店の中もそうだが、外でも甘い匂いがする。
俺の気のせいかと思いたいが……街中でチョコ渡している奴を見かけるので違うのだろう。
もう甘いのはうんざりだと思っていたら、さらにうっとうしい光景が目の前に広がっていた。
町の広場に謎の行列が出来ていて、並んでいるのは全員女性。
アイドルでも来ているのかと錯覚しそうな程だ。
全員、袋やら包装された箱やらを持っているので、バレンタインが関係しているのだと思うが。
「あら、一般人じゃない、久しぶり。奇遇ね」
「げっ……」
行列に目を取られていたら、面倒な奴に捕まってしまった。
「ちょっと、話しかけて来た相手に「げっ……」って失礼じゃない、あんた」
「人のことを一般人て呼ぶお前の方がよっぽど失礼だと俺は思う」
「仕方ないじゃない。アタシあんたの名前知らないんだから」
そういえば名乗っていなかったっけ。
ユウガですら知っているというのに……関係ないか。別にミカナと親しくなくても良くないか。
名前呼びされる程の間柄になる気はないし、俺より付き合いが長いレイヴンすら剣士扱いされている。
一般人でも問題ないな。
「いや、細かいことを気にして悪かった。俺は一般人でいいわ。
それよりこの行列はなんなんだ?」
「いや、気にしなさいよ。まあ、あんたが良いなら構わないけどね。この行列はユウガにチョコを渡す女の子の行列よ」
「あ、そう。一気に興味が失せたわ。せいぜい、他の女に幼馴染みを取られないように頑張れよ。じゃあな」
俺は後ろ手をひらひらと振りその場を去ることに。
何故こんな行列を作ったのか、ユウガがそんなにモテているのかとか疑問はある。
しかし、そんなことを聞いているならその辺を歩いていた方がはるかにましである。
ただでさえ、甘い匂いと雰囲気で胸やけ寸前でいらついているのだ。
これ以上ストレスの要因を作りたくない。
「ちょ、待ちなさいよ。いくら何でも帰るの早すぎでしょ」
「だってこれっぽっちも興味がないんだぜ。ここにいたって時間の無駄だし、この行列さっきから進んでないみたいだしよ」
何も起こる気がしなくてつまらない。
起こったら起こったで面倒臭い。
ここにいても俺は何の得をせずに損するだけだ。
「肝心のユウガが来てないからこんな行列になっているのよね。いたらもっと騒ぎになっているだろうし」
「つーかお前は並ばなくていいのか。渡すんだろ、ユウガに」
散々好き好きと言っておいて、こういうイベント時に何の行動も起こさないなんてありえない。
確かにこの行列に並んでユウガに渡すのは大変だろうし、女性達は血気盛んな様子なので並ぶのも相当勇気がいるとは思うけどさ。
「……作ってはきたわよ。でもアタシ料理がそんなに得意じゃないから」
ミカナが取り出した物は不器用に包装されたチョコレート。
作った本人が言うのだから味にあまり自信がないのだろう。
気持ちがあれば大丈夫なんて言葉をかければ良いのか?
どう対処すればわからずに黙ったままでいると顔をフードで隠した怪しげな奴が近づいてきた。
「やあ、久しぶりだね」
「悪い、俺にお前みたいな怪しい格好した知り合いはいないんだ。それに今立て込んでいるから他を当たってくれ」
今はこの落ち込んだ様子の魔法使いにどう慰めの言葉をかけようか迷っているのだ。
こんな知らない奴と呑気に話す時間はない。
「僕だよ僕。わからない?」
「だから忙しいんだって。僕僕詐欺なら違う奴にやってくれ」
「いやだから……あれ、ミカナもいるじゃないか。待ち合わせ場所、ここだったっけ?」
このフードをかぶった奴はミカナを知っているみたいだ。
俺としたことがとんだ失態だ、いつもなら声で気づけたはずなのに。
考え事に夢中になり過ぎて気づけなかった。
「あれ……ユウガ?」
沈んでいたミカナの顔が一気に明るくなった。
なんともまあ、現金な奴である。
「あれ、イベントの場所ってもっと向こうだったよね。だから待ち合わせ場所も向こうだった気が……」
「ユウガが時間通りに来なかったから探していたのよ。まったく……」
「ごめんごめん。何だか人が多いし、やたら絡まれるしで一旦帰って顔を隠すためのローブを取りに行ってたんだ。探してくれてありがとう」
最初は顔を隠さずに来ようとしていたのか。
いい加減自分の知名度の高さに気づけよ。
ローブを取りに帰っただけましと思うしかないか。
「ううん、別に気にしてないから。それより早く会場に行くわよ。主役が遅れているんだから」
「わかったよ……あれ、ミカナが持ってるそれってチョコ?」
ユウガがミカナの持ち物に気づいた。
いつも鈍感なのに今日は中々鋭いんだな。
「え、そ、そうだけど。ユウガにあげようと思って……」
「本当!? ありがとう!」
ユウガは包装を破ってその場でチョコを食べはじめた。
行儀悪いなと思うがそれ以前におかしいと思うことがある。
ミカナはいかにも失敗したかのように言っていたが、ユウガはチョコを美味しそうに食べているのだ。
残さずに綺麗に食べたようで満足げな感じだ。
「ユ、ユウガ、その……美味しくなかったでしょ。アタシ料理があまり……」
「何言っているのさ、美味しいよ。それにミカナは毎年チョコくれていたからさ、ミカナのチョコを食べないとこの日が来たって感じがしないんだよね」
フードで隠れてわからないが、恐らく今のユウガは数々の女性を虜にしてきたイケメンスマイルを発動していることだろう。
ミカナは今の台詞で完全に打ち抜かれただろうしな。
あんな言葉を言っておいて、好きなのはセシリアって……あいつ最低じゃないか?
いや、ミカナだけではなく他の女性にも勘違いを生むような発言をしているのだろう。
その結果があの行列でもあるのだろうし。
俺は少し離れた場所で成り行きを見守っていてそう思った。
いつ離れたかというとユウガがミカナと話し始めてからだ。
そこからは聴力強化をして会話を聞いていたのである。
離れた理由は単純でユウガはフラグメイカーだからだ。
顔を隠しているとはいえ、行列に並ぶ程のファンの前であんなに会話をしていたら。
「あれ、ユウガ様じゃない?」
「近くにミカナ様もいるわよ」
「え、本当!?」
ユウガの存在に気づいたファンが一気に押し寄せて大パニックになった。
アクセサリー店での騒動を俺は忘れていない。
もうあんな目に遭うのはごめんだからな。
人々に揉みくちゃにされるユウガとミカナを見て、事前に離れておいて良かったと思う。
「……帰るか」
騒ぎが起こっている場所に背を向けて俺は宿に向かった。
俺みたいな不幸な人間はいないかのかと、暗い表情をした人間を探しているとまた、見知った顔を見つけた。
「あれ、シークじゃないか。町中で歩いているなんて珍しいな」
「あ〜、隊長だ。おひさ〜」
シークは相変わらず軽いノリだ。
何故かハイタッチを求められたのでそれに応える。
イェーイとか言って手を叩いた音が響く。
何だか少しテンション上がったな。
シークがムードメイカーで助かった。
フラグメイカーなユウガとは偉い違いだ。
「どうした、何だかテンションが高いみたいじゃないか。何か良いことでもあったのか?」
「セリアさんからチョコ貰った〜」
一気にテンションが下がった。
まさかシークまで誰かに貰っているとはな。
最早笑いが込み上げて来るレベルだ。
「ははは……そっか、良かったな。大事に食べるんだぞ。決して粗末にしないようにな。あと暗くなってきたし、セリアさんが心配するだろうから、もう帰った方がいいぞ」
「わかった〜。じゃあ僕そろそろ帰るね。じゃあね隊長〜」
「気をつけて帰るんだぞー」
人込みの中に消えていくシークを見てさらに自分が惨めに感じてしまった。
もうこんな想いをしたくないので、知り合いに会いませんようにと祈りながら歩く。
やっとの思いで着いた宿。考えてみたらそこにも俺の安らぎはないわけで……。宿に入って部屋を開けるとそこには、ごちそうさまと言ってしまうような光景が広がっていた。
ティールちゃんがガイにチョコを食べさせているという……いわゆるあ〜ん、てやつだ。
「ただい……やっぱもう一度行ってくるわー」
「待て小僧! これは違っ」
俺は開けた扉を再度閉め、急いで宿を出た。
本当にあの石像が一番爆ぜて欲しい、切実に思う。
ティールちゃんはすごくニコニコして食べさせていたしさ。
俺の居場所は何処にあるんだろうな。




