沈静してみた
「本当にもう……何をやっているんですか?」
「えっと、何のことかな。いまいち状況が把握できないんだけど……」
目の前には仁王立ちするセシリア、俺は空気を読んで正座中。
以前にもこのような絵図が出来た記憶がある。
どうしてこうなったのか、俺はここに来るまでの経緯を思い出す。
十日前、厨二スイッチが俺の厨二を呼び覚まし、溜まっていたストレスのせいか厨二が大爆発した。
結果、黒雷の魔剣士などと、どこぞの物語からとったと思われても仕方ないような厨二ネームを名乗り、Aランクの依頼を四件も受けたのだ。
厨二全開、気力マックスな俺は高笑いと共に次々と依頼をこなした。
しかし、デュークの忠告により正気に戻った俺に激しい羞恥と後悔が襲い掛かった。
そして意味不明な悲鳴をあげつつ徹夜で激走してミネルバに帰ってきたんだったな。
一応報告のために重い足取りでギルドに行こうとしていたら、アクアレイン家の馬車が来て俺は捕獲された。
そのまま訳も分からずに屋敷に連行され、案内された部屋には大層ご立腹なセシリアが待っていたというわけだ。
「わかりませんか? 黒雷の魔剣士ことヨウキさん」
「うっ……何故俺だと?」
俺はここ一週間、ヘルメットを外していない。
正体不明、謎のAランク冒険者かっこいいとか思っていたからだ。
今思うとただの怪しい奴だよな。
「ミネルバ内は噂で持ち切りですよ。突然現れた謎のAランク冒険者、黒雷の魔剣士。もちろん私の耳にも噂が入ってきました。それで直ぐにヨウキさんだとわかりましたよ」
「顔はちゃんと隠していたし、体型だってちょっとした細工をしていたはずなんだが……」
黒雷の魔剣士を名乗って暴走していた時でも、そういう部分で気を使わないといけないのは頭にあった。
だから、中途半端に魔族化をして行く先行く先で体型を変えていたのだ。
噂が流れることを見越しての行動である。
「確かに体型についてすらっとした優男だという噂や、豪快な豪傑だという噂があり撹乱はされていました。……ですが、私はごまかせませんよ」
「いや……だから何で?」
「実際には見ていませんが噂通りの格好をするような人はヨウキさんぐらいですから。……それに特徴的な台詞を依頼先でたくさん言っていましたね?」
どうやら俺の厨二台詞がいろいろなところで噂になっているらしい……地獄だ。しかもそれをセシリアが知っているとか。
元々厨二なのは認めるけど、好きな子にここまで恥ずかしい厨二台詞を知られるのは耐えられないな。
まじで心折れる……昨日折れたばかりなのに。
「だからデュークは黒雷の魔剣士が俺だって気づいたのか」
「デュークさんに会ったんですか?」
「俺が依頼の盗賊退治していたところに騎士団が来てな。俺に正気に戻るように勧めてくれた」
「……流石デュークさんですね」
本当にデュークには頭が上がらなくなるな。
あのまま暴走してたら悔やんでも悔やみきれないようなことになっていたかもしれないし。
今度何かおごらないと。
……それにしてもそれだけで黒雷の魔剣士が俺だとわかるとはなぁ。
「待てよ? デュークが俺だと気づいていたってことは」
「もちろん。シークくんやハピネスちゃんも気づいていますよ。噂を聞いて二人とも笑っていましたし……」
「あいつら……」
後で少しお話しした方が良さそう……いや、止めよう。
今、あいつらと会話するなど自ら傷口をえぐられに行くようなものだ。
これ以上はもう精神が持たない。
「それよりも……ヨウキさんは今どういう状況かわかっているんですか?」
「え、いや、わからない」
好きな子の前で正座中だが……ふざけるのはよそう。明らかにそういう空気じゃないし。
「以前説明したはずですよね。名をあげて有名になるのがどういうことに繋がるか」
「えっと……何だっけ?」
そんなことを話したような記憶はあるが、思い出せない。
かなり重要なことだった気がする。
「各国で優秀な人材を集めている動きがあると話をしたじゃないですか」
「あ……そういえば!」
最初にこの屋敷に来た時、そんな話をしたっけか。
人同士の戦争がどうとかで政略結婚やらで人材引き抜きをしようとしている……だったか。
「思い出したみたいですね。私もあまりヨウキさんの束縛はしたくないのですが…目立ちすぎです。お願いですから少し控えてください……」
セシリアの話は尤もだ。
Aランクの冒険者ならまだ許せるのだろう。
しかし、顔を隠して奇妙な格好をし、黒雷の魔剣士と意味不明な名を名乗り素性を知らせないが加わると話は別だ。
おまけに何故か体型についての噂があやふやときたものだ。悪目立ちにもほどがある。
「いや、本当に今回は俺が馬鹿だったよ。後先考えないで暴走しちまった」
「いえ……ヨウキさんがAランクの依頼を受けて救われた方もいると思いますので。ただ、黒雷の魔剣士は控えて頂ければなと……」
「うん、もうやらない、絶対。普通にヨウキで依頼受けるよ」
あの厨二衣装はタンスの奥底に封印だな。
あと、この十日間のことも心の奥底に封印しよう。
黒雷の魔剣士……君とはたった十日間の付き合いだったな、ありがとう。
心の中で黒雷の魔剣士に別れを告げる
「そうですか……何だかすみません。ヨウキさんが何をしようと私がとやかく言う筋合いはないのに……」
「いやいや、そんな謝る必要ないよ。暴走していたのは俺だから」
むしろ忠告してくれて感謝しているぐらいだ。
心配してくれたみたいだし……うん、やっぱりセシリアはいいね。
「そう言って貰えると幸いです。……あと、ハピネスちゃんとシークくんには黒雷の魔剣士がヨウキさんだということは誰にも言わないようにと念入りに口止めをしておきましたので……」
「あ、ありがとう。あいつらなら注意しないと言い触らしそうだからな。助かったよ」
デュークはともかく、あの二人なら話のネタにしていただろうな。
「あと、ソフィアさんやお母様も感づいているようでしたので、なんとかごまかしておきました」
「……本当にいろいろと迷惑かけたみたいだな」
「いえいえ、別にたいしたことはしていませんから。……ところで、他に誰か正体を知っていそうな方に心当たりはありませんか? いるなら口止めをしないと……」
「えっと……あとはクレイマンかな。あいつは最初から知っていたからさ。俺だってばれていないってことは秘密にしてくれているんだと思う」
どちらにしろ依頼完了の手続きに行かないといけないので、その時に一応口止めすればいいだろう。
「そうですか……クレイマンさんなら大丈夫そうですね。先日の依頼の時、悪い方には見えませんでしたし……何よりソフィアさんの夫ですから」
「あー、そう言われるとすごく納得できる」
ソフィアさんが悪い男にひっかかるようには見えない。
クレイマンは駄目人間だけど……何だかんだ仕事はきっちりこなしているからな。
普段からだらけ過ぎてて、マイナスなイメージが強いけど。
「こんな言い方クレイマンさんには悪い気がしますが……私はソフィアさんと長い付き合いなので」
「いやいや、クレイマンに気なんか使わなくていいよ。いつも怠けてばっかだからな。最初は俺がギルドの依頼受ける時にクレイマンの受付行ったら怒ったんだ。隣の受付行けよってさ」
皆綺麗なお姉さんのところに行ってるだろとか言ってたな。
懐かしい記憶だ。
「えっ……そんなことがあったんですか?」
「本人は怠けてたいんだろうけど……職員の人望は厚いからさ。結構仕事を頼まれたりしているんだ」
「初めて聞きました……あっ、よければ紅茶飲みますか?」
「飲む飲む! セシリアの淹れる紅茶は美味いからな。楽しみだよ」
「ふふっ、そう言っていただけると嬉しいですね」
そう言って紅茶を用意するセシリアの後ろ姿を見て、なんだか楽しい気分になる。
黒雷魔剣士なんてやらなくても、いくらでもストレスなんて発散することできるじゃないか。
その後、セシリアの淹れた紅茶を飲みながら談笑をした。
途中から休憩に入ったハピネスや暇になったシークも参加してからは笑いが絶えなくなったな。
一通り談笑を済ませ、ハピネスが仕事に戻るとギルドに行く用事があったので帰ることに。
セシリアとシークに見送られ俺は屋敷をあとにし、ギルドに向かった。
「いやぁ、俺気づいたよ。癒しって案外自分の近くにあるんだなってさ」
「あー、良かったな」
受付に行くと何故かふて腐れているクレイマン。
ギルドに入り、俺を見つけた途端にこれだ。
……何かしただろうか、俺。
「でさ、話があるんだけど……」
「わかってる、わかってる。……悪い俺ちょっと席はずすからよ。直ぐに戻る」
クレイマンは隣の女性職員に断りを入れてから俺をギルドの裏口に引っ張っていく。
出てから周りに誰もいないか確認もしている。
誰いないとわかると、ポケットをごそごそと探り何かが入った袋を渡してきた。
「これって……」
「報酬だよ。お前が達成した依頼のな。Aランクの依頼四件分は結構な大金だろ?」
確かにジャラジャラと音を立てている。
今まで依頼でこんなに報酬をもらったことはないので、少し感動だ。
「でも、何でこんなところで?」
「あんなに噂になってんだ。受付で素のお前に渡したら騒ぎになるだろうが! ただでさえ、黒雷の魔剣士は誰だって聞いてくる奴が殺到してんだからよ……」
クレイマンは怠そうにため息をついている。
そうとう質問攻めにあったのだろう。
「もちろん俺だって言ってないよな!?」
「ああ……謎の男の方がかっこいいとか言ってたからな。ロックイーターの時に手伝って貰ったし……面倒だったけど約束は守らねーと」
「助かった……これからも秘密にしておいてくれ、頼む」
「まあ、お前が嫌だって言うなら黙っておいてやるよ……」
クレイマンの言葉を聞き安心した。
これで黒雷の魔剣士は誰だかわからなくなったな。
活動さえしなければ噂も少しずつ消えていくだろう……たぶん。
何はともあれ、これでこの騒動は解決だな。
「いやぁ、助かったよ。迷惑かけて悪かったな、それじゃ……」
「待てや」
用事も済んだし、今日は依頼を受ける気にもならないので、帰ろうとしたら腕を掴まれた。
他に何か俺に用があるのだろうか。
表情を伺うとあまりいい話ではなさそうだが。
「えっと、まだ俺何かやらかしたっけ?」
「……確証はないけどよ。確実にお前がやったとしか思えねーことがあるんだよ」
「俺が……?」
クレイマンも知っているはずだが、俺はミネルバに十日間いなかったはずだ。
何かしようにも出来るわけがない。
「おい、一緒に市場で買い物したことを覚えてねーのか」
「覚えているさ……だけど消したい過去だから封印しようかと」
市場に行っていなかったらあの装備達に出会っていなかったからな。
疲れとストレスを溜め込んでいたとはいえはしゃぎ過ぎたし。
そういえばクレイマンはソフィアさんにプレゼントを買っていたっけ。
確か猫耳カチューシャ……いや違うな。
エプロンと異国の調味料だったはずだ。
猫耳カチューシャはどこから……思い出した。
「おい、今何か思い出したろ。あの時俺の荷物に何か入れたよな!?」
「……入れたわ」
「やっぱりお前か! まあ、わかってたけどよ。お前のせいで……」
クレイマンの話によると、俺が意気揚々とミネルバから出て依頼に向かって行った日の夜。
買ったプレゼントをソフィアさんに渡したらしい。
最初に異国の調味料を渡すと喜んでいたとか。
しかし、最後にエプロンを渡そうとかばんから出した時に、猫耳カチューシャも引っ掛かって出てきた。
お互いに訳がわからなくなり、固まったらしいがいち早く回復したソフィアさんが一言言ったそうだ。
ありがとうございます、あなたと微妙な顔で。
「むしろいつも通り殴られた方が良かっただろうに……」
「当たり前だ。ソフィアからあんな目で見られたのは久しぶりだったぞ! 息子にも冷ややかな視線を浴びせられるしな」
あの時の俺はどうかしていたからな。
すっかり忘れてしまっていた。
それにしてもソフィアさんにそういう反応をされたということは、つけてもらえなかったのか。
「それで猫耳カチューシャは捨てたのか?」
「何故か娘が気に入っちまって捨てるに捨てられねーんだよ。あれ見る度に家庭が凍りついた記憶が蘇るっつーのに」
「気に入るって……」
クレイマンの娘さんも中々だな。
猫耳カチューシャを自らつけるとは……一度会ってみたいものだ。
「……はぁ、じゃあ俺は仕事に戻るわ」
「ああ、またな」
こうして俺の厨二爆発、黒雷の魔剣士騒動は幕を閉じたのであった……。
「……ああ、言い忘れてたことがあったわ」
「なんだよ、人がもう終わった的な空気を出して帰ろうとしてたのに」
黒歴史として封印したいのでもう終了だと思ったのに。
帰ろうとしたらいきなり呼び止めやがった。
「言っとくけど、ギルドではお前はまだBランク扱いだからな。Aランクの依頼を受けたかったら、黒雷の魔剣士とやらの格好で来いよ」
「……え、何それ?」
今とんでもないことを言われた気がする。
Aランクの依頼を受けるには黒雷の魔剣士の格好で来いだと。
俺が脳内で情報処理しきれずに固まっていると、クレイマンが理由を話し始めた。
「実はいきなり来た奴を勝手にAランク冒険者にしたことで説教されちまってよ。悪いけどお前をAランクにするのは無理になっちまった」
「いやいやいやいや! 嘘だろ、おい。じゃあ俺はまだBランクのまま……?」
「お前もAランクの依頼を受けたからわかったと思うが、ただ実力があるってだけでAランクには出来ねぇんだよ。ま、もっと経験を積めば上がれんだろ。適当に頑張れや」
クレイマンはアドバイスにならないアドバイスを残して、ギルドに戻っていった。
この時、俺は我を見失い軽はずみな行動を起こすのが、どういう結果に繋がるかを学ぶことが出来た。
……感想文じゃないかこれじゃ。
そんなことを考えて俺はその場で佇んでいた。
黒雷の魔剣士……俺にとっては黒歴史でしかないが、忘れることは出来なさそうである。




