守り神を直してみた
「う〜ん、う〜む……」
ベッドに潜りこんだはいいが……寝付けない。
部屋に残してきたガイのあの身体中にひびが入った姿が脳裏に浮かんできてしまう。
そして、苦しみながらもガイの心配をしていたティールちゃんの姿もだ。
別に魔法で姿を消していけば誰かに見られることはないだろう。
俺が全速力で飛び、用がすんだら朝までに宿に帰れば怪しまれる心配もないし……いけんじゃね?
「よし、久々に飛ぶか」
何て言ってクレイマンがちゃんと寝ているか確認する。
念のために『ナイトメア・スリープ』をかけておこう。
起きられたら困るし幸せな夢を見させておいてやるか。
『ナイトメア・スリープ』をかけるとすぐに気持ちわるいくらいの笑顔でソフィア〜と寝言を言い出した。……どんな夢を見ているのか容易にわかるな。
そんなにやけ面をしつつ、何故か布団を抱きしめだしたクレイマンを残して俺は部屋を出る。
しかし、宿を出るためには一度受付を通らなければならない。
夜になったとはいえ、そこまで遅い時間帯ではないので宿の店主は起きているだろう。
どうやって突破しようかと考えつつ、隠れて受付の様子を伺う。
「あれ、なんで……?」
受付にあるソファーに何故かセシリアが座っている。テーブルにはお茶がおいてあるし、誰かを待っているのだろう。
気になるし、声をかけてみよう。
「セシリア、こんなところで何をしているんだ?」
「何をって……ヨウキさんを待っていたんですよ」
俺を待ってたってどういうことだろう。
セシリアは座っていたソファーから立ち上がり、袋を渡してきた。
「今日採ってきた薬草が入っています。シークくんに渡してください」
「え、でも……」
「シークくんには口裏を合わせるように頼んでおいてくださいね。あと、意識を取り戻したらティールちゃんにも」
「あ、ああ、わかった」
セシリアから袋を受け取り魔鉱石が入ったかばんに入れる。
「ソフィアさんは久しぶりの依頼でお疲れみたいで、すぐに寝てしまいました。多分、何もない限りは朝まで起きないと思います」
「……朝までには何とか帰って来るよ」
「そうですか。店主の方には何かあれば呼びますと言って、夕食を食べに行って貰いました。出かけるなら今ですよ」
どうやら店主の方も何とかしてくれたみたいだ。
それにしても、この手際の良さはすごいな。
「わかった、ありがとう。……でも、なんでこんな準備をしていたんだ? さっき俺は……」
「ヨウキさんなら行くかなと思ったんです。実は店主の方に席を外して貰ったのもこれで三回目でして。……さすがに次は怪しまれてしまうのでヨウキさんが来なかったら部屋に戻ろうと思っていました」
少し笑いつつ、話すセシリアを見て、俺はもっと早く行動を起こせば良かったと思う。
セシリアも二人が心配で、俺が行くという可能性を考えてサポートしてくれていたのだ。
……本当に感謝しないといけないな。
「いろいろありがとう。じゃあ、行ってくるわ」
「誰かに見られないように気をつけてくださいね」
「分かってるよ、それじゃ」
セシリアに別れを告げ、俺は宿を出た。
そのまま、姿を見えなくする魔法『バニッシュウェイブ』を自分にかけて村を出る。
村から完全に離れた所で俺は魔族の姿に戻る。
「全速力を出すならこの姿じゃないと。ま……出来ることなら戻りたくはなかったんだけど仕方ないよな」
誰もいない草原で独り言を呟き、俺は翼を羽ばたかせ空を飛ぶ。
そこからは無言でひたすら飛びミネルバを目指し、俺が借りている宿にたどり着いた。
もちろん、姿を隠してから宿に入り部屋に潜入する。自分が借りている部屋なのに何故、こそこそしながら入らなければならないんだと思う。
今の姿が姿なので、仕方ないか。
ガイを見るとまだ無事なようだった。
ひびは出かける前より広がってはいるが、崩れ落ちてはいない。
まだ、助かるだろう。
俺はなるべく振動を与えないようにし、ガイを起こそうと試みる。
「おい、ガイ起きろ!」
しかし、ガイは起きない。相当深く眠っているのか、それとも……。
「手遅れだったのか……!?」
身体が崩れていないだけで、もうガイは死んでいるのかもと考えてしまう。 いや。まだ、二日くらいは猶予があったはずだ。
「おい、寝てないで起きろって。あ〜もう、この動くロリコン石像! 助かる方法見つけたんだ。あとはお前がこの魔鉱石さえ食えばいいんだよ!」
「………………!」
ぴくりとガイの身体が動くのが見えた。
どうやら、少し反応したらしい。
これなら声をかけ続ければ起きるかもしれない。
「いい加減に起きろや! 言っておくけどな。俺はあんないたいけな女の子をたぶらかしたまま死ぬなんて許さねぇぞ。だから……」
「えぇい、うるさいわ!」
俺がすき放題愚痴を言ってやろうと思った矢先、ガイの両目が開いた。
やっぱりまだ、くたばってなかったみたいだ。
「良かった、間に合ったか」
「何が良かっただ、小僧。我輩にとって最期になるかもしれない睡眠を邪魔しおって。しかも、我輩が寝ていることをいいことに随分と好き勝手なことを言ってくれたな」
「え、聞こえてたのか。起きなかったからてっきり……」
「起きていたわ! ただ、身体がもう限界でな。動かすのに時間がかかっていただけだ」
どうやら全部聞いていたらしい。
「よし、ならとにかくこれを食え!」
起きていたなら先程の直す方法を見つけたという話も聞いているだろう。
詳しい説明をする時間も惜しいので、かばんに入れていた魔鉱石を無理矢理ガイの口にねじ込む。
「おい小僧、いきなり何の真似……むぐっ!?」
「説明は後だ。いいから食え、早く!」
ガイも仕方なくといった感じでボリボリと音を立てながら食べだした。
俺はガイが食べ終えるよりも早く魔鉱石を口の中に突っ込んでいく。
「む、むっぐ、んぐう」
ガイが俺の前に片手を出して何かを訴えている。
「なんて言ってんのかわかんね……って、あ!」
その出してきた腕を見ると、先程まであったひびが無くなっている。
魔鉱石のおかげで直ってきているみたいだ。
「む!? むぐが……」
ガイも自分の腕を見て驚いているようだし、魔鉱石の効力に気づいただろう。
そのまま、かばんの中身が半分になるぐらいまで魔鉱石を食わせ続けると、身体のひびが完全に無くなった。
「半分も余ったか……それにしてもこれで完全に安心だな」
「……おい、小僧。無理矢理口に詰めるな。我輩も腕のひびが消えているのを見て、この石の効果はわかったわ! もう少しゆっくり食わせろ」
「ああ、悪い悪い。早く食わせないとまずいと思って焦っちまった」
「ふん、わかればいい……まだ余っているではないか。どうせなら全部食わせろ」
ガイは俺からかばんを引ったくり全部口の中に入れてしまった。
気に入ったのだろうか、ガーゴイルの味覚などわからんから何とも言えない。
ガイはロックイーターのようにボリボリと魔鉱石を食べ、全部飲み込んでしまった。
「おいおい、食い過ぎだろうに。大丈夫かよ……」
「ふむ……中々美味かったな。是非また持ってきてほしいものだ」
どうやら魔鉱石を気に入ったらしい。
もう、取りになんていかんぞ面倒臭い。
ガイからかばんを受け取り中を確かめる。
中にはまだ、薬の材料となる薬草が入っているはずだ。
「ん……?」
薬の材料が入った袋以外にも、かばんの奥に何か入っている。
気になって取り出してみると、爪のようなものが出て来た。
魔鉱石と同じような色をしているが……。
「む、まだ余っていたのか、よこせ!」
「あ、ちょっと待て」
ガイは俺の制止を無視し、口に含んでしまった。
たぶん、あれは魔鉱石じゃなくて突然変異したロックイーターの爪だろう。
戦いの最中で取れたものを間違って持ってきてしまったようだ。
……爪ぐらいならばれないかな、心配だ。
「これは一段と違う味が……なんだ、身体が熱いぞ!?」
「だからちょっと待てって言っただろ。それ魔鉱石じゃねぇんだよ!」
一体何が起こるんだと思い、ガイを見守る。
すると、失ったはずの片腕と翼の部分がゆっくりと隆起していく。
ガイは熱い熱いとのたうちまわっているが、俺はその現象をまじまじと見ていた。
やがて、隆起が終わると完全に腕と翼が再生していた。
「……」
「……」
お互いに言葉を失ってしまった。
ガイも俺も先程までなかったはずの片腕と翼を見る。
「まあ……深く考えるのはやめよう。時間がないし俺、まだ行くとこあるから、じゃあな」
戸惑いつつ、まだ何が起こったのか理解できていないガイを残して俺はこっそり部屋を出た。
そして、同じように姿を隠し、アクアレイン家の屋敷に潜入。
嗅覚を強化してシークを見つけ、寝ている所を叩き起こした。
「う〜痛いよ、……誰?」
「静かにしろ。俺だ俺」
「あれ、隊長なんでその姿なの。というか今何時……ってまだ夜中だよ〜お休み〜」
「寝るな!」
寝ぼけていないかとてつもなく不安だったので水をかけ、強制的に目を覚まさせて事情を説明する。
眠そうに目を擦ってはいたが、何とか薬を作って貰うことに。
「ふぁ〜あ。じゃあ薬は何とか作ってティールちゃんに処方しておくよ。後は隊長の言う通りにしておくね〜」
「おう、頼んだぞ。じゃあ、俺は怪しまれないように帰るからな」
「バイバ〜イ」
シークは呑気な奴だが、一応こういう分野では頼れるはずなので信じても大丈夫だ。
俺は魔法で姿を消して、空を飛び急いでセシリア達が泊まっている宿に戻る。
村から少し離れた所に降りて、角と翼を処分しいつもの姿になると、もう日が上りそうになっていた。
「やべっ、急がないと!」
姿を消して気づかれないように宿に入る。
部屋に入ると、まだクレイマンは布団を抱きしめて寝ていた。
そんなクレイマンを尻目にベッドに潜りこむ。
「疲れた……ようやく寝れる……」
すぐに俺は夢の世界に旅だっていった……が。
「ヨウキ様、ヨウキ様。起きてください」
「う〜ん、あれ? ソフィアさんが何で俺達の部屋に……」
「ヨウキ様と夫が中々起きてこないので、起こしに参りました。早くミネルバに帰りたいとのことでしたので、もう馬車の準備も出来ております」
昨日確かそんなこと言ってたな、俺。
今はもう急がなくていいのだが……事情を説明するわけにもいかないので急いで仕度をする。
ちなみにクレイマンは普通に叩き起こされていた。
寝ぼけてまだ夢の世界にいると思ったのか、ソフィアさんに抱き着いていたな。すぐに吹っ飛ばされてたけど。
何はともあれ、すぐに馬車に乗って出発したのだが……。
「ヨウキさん、大丈夫ですか?」
セシリアの声が聞こえる。隣に座っているのだから当たり前か。
馬車の揺れによって俺の首がかくかく動いているのがわかる。
理由は簡単、眠いからだ。
「おいおい、昨日ちゃんと寝なかったのか? 何夜更かしなんかしてんだ、まったく」
「寝坊したあなたが言えるのですか?」
クレイマンとソフィアさんが夫婦漫才をしているが、それを見ても笑えないしツッコミも入れられない状況だ。
「ごめん、寝かして……」
俺はそのまま横に倒れて寝てしまった。
目が覚めるとセシリアの顔が上にあることに気付いた。
寝起きで意識がまだはっきりしてはいないがとりあえず、起き上がる。
「ようやく、起きましたね。もうミネルバに着きますよ、ヨウキさん」
どうやら大分馬車の中で寝ていたようだ。
まあ、昨日ほぼ徹夜したようなもんだからな。
それにしても何故、クレイマンは俺を見てニヤニヤしているんだろうか。
「お前も随分といいご身分じゃねぇか。令嬢のファンに刺されても知らねぇぞ?」
「いきなりなんだよ……俺なんかしたか?」
「……今までずっとセシリア様の膝の上で寝ておられました」
「まじですか……」
好きな子に膝枕とか俺もついにリア充に……なんて一瞬考えるが、すぐに止める。
確かさっき俺は倒れるようにして寝てしまったから、気を使わせたのかもしれない。
「私はそんなに気にしていませんから大丈夫ですよ。それに昨日はいろいろありましたから……ね」
セシリアが目配せをしてきた。
おそらく、俺が昨日の夜に飛び回っていたことを言っているのだろう。
……ご褒美として受け取っておこう、うん。
ガイの身体は治ったし、シークに任せておけばティールちゃんも大丈夫だ。
「よし、帰って寝るかな」
「なんだ、お前まだ寝るのか? 俺以上のぐうたらだな」
「ほっとけ」
俺とクレイマンのやり取りに女性陣二人が笑う。
このメンバー案外いいかもしれないな。
揺れ動く馬車の中でそう思い、帰路についた。




