夫婦の秘密を聞いてみた
今俺はアクアレイン家の馬車に乗っている。
隣にはセシリア、向かいの席にソフィアさんが座っており、クレイマンはソフィアさんにひざ枕をして貰っている。
「どういう状況なんだ、これは?」
何でセシリアとソフィアさんがいるのか、どうしてクレイマンはボコボコで気絶中なのか。
まったく状況を理解していない内に、セシリアに背中を押され馬車に乗ってしまったので説明を求めたい。
「えっと……何から説明しましょうか」
俺の頭からクエスチョンマークが出まくっているのを早く何とかしてほしいと切実に願っていると、セシリアが口を開き事情を話し出した。
「昨日、ヨウキさんが帰った後、シークくんに足りない薬の材料を聞き、集めていたら手に入らない物がありまして」
「ふんふん、それで?」
「魔力が充満している場所にしか咲かない特殊な薬草なんですが。私が直接取りに行くと言ったら、ソフィアさんが着いてきてくださると……」
「屋敷のメイドの危機となればメイド長である私が動かないわけにはいきませんから」
平然とカッコイイこと言っているけど、絵面が……ボロボロの中年をひざ枕しながら言われてもな。
「私も一人では少し不安だったのでソフィアさんのご厚意に甘えることにしたんです」
「屋敷のことは多少不安がありますが、ハピネス達に任せてきました。もちろん、奥様に許可を頂いてまいりました」
セリアさんのことだから、すぐに了承しただろう。
「じゃあ、何で俺達と一緒に?」
「昨日、夫が依頼で魔力が充満しやすい鉱山に行くと言っていたのでちょうどいいかと思いまして、相談したのです」
「なるほど、それで……」
「最初は少し反対していましたが、何とか言い聞かせました」
「え……そうなのか?」
何でクレイマンはソフィアさん達と一緒に行くことに反対したんだ?
そんなに危険な依頼なんだろうか。
ガイを治すためなので、多少の危険はやむを得ないと思ってはいたが。
まあ、それは一旦置いといて。
「セシリア達がいる理由は分かったけど、何でクレイマンはボロボロなんですか?」
未だにソフィアさんの膝の上で寝ているクレイマン。本当に何やってんだか。
時々聞こえてくるクレイマンの寝言に腹が立つし。
ソフィアの膝柔らかい〜とか、阿呆かこの男は。
「朝方、怠いと言って中々起きて来なかったので、無理矢理引きずって来ましたので」
「……」
うん、何も言葉が出てこない。
セシリアも顔を引き攣ってるし、俺もだけどさ。
いい年こいて何やってんだかこの男は。
俺とセシリア二人でクレイマンに冷めた視線を送っていると、クレイマンが急に目を覚ました。
「ん……やたら寝心地がいいと思って寝てたらソフィアの膝枕だったのか」
クレイマンはさらっと阿呆なことを言い、起き上がって伸びをしている。
「……随分とまあ、回復が早いもんだな」
俺が来た時にはぼろ雑巾のようになっていたはずなんだが。
馬車に乗る時はソフィアさんに首根っこを捕まれて投げ入れられていたらしいし。
その話を聞いた時は俺も、笑っていいのかどうなのかわからなくて困惑したな。
「ん、結構俺寝てたんじゃねーのか?」
「まだ、出発してから三十分も経ってねぇぞ。あの状態からなんでそんなに早く起きれるんだよ……」
「私とヨウキさんが回復魔法をかけたというわけでもないのに……驚異的な回復力ですね」
馬車に乗る際にセシリアが回復魔法をかけようとしたのだが、ソフィアさんが必要ないと言ったのがわかるな。
クレイマンは腕を回したり、首をこきこきとならしているし……さっきまでぐったりしていたのが嘘みたいだ。
「ま、俺にとっちゃソフィアに触れているのが一番の回復魔法ってこった」
よく平然とそんな簡単に惚気られるもんだ。
隣に座っているセシリアが少し俺の方へ寄ってきた。セシリアの正面にはクレイマンがいるからな。今のクレイマンの発言に少しひいたみたいだ。
俺としてはラッキーなのだが、クレイマンはドンマイといった感じだな。
とにかく、クレイマンが起きたなら依頼の確認をしないと。
「起きて早々悪いけど依頼の説明を頼む」
「ああ、そういえば話してなかったな。今回の依頼は魔鉱石が採取されている鉱山に住み着いている魔物を退治するもんだ」
案外普通の討伐依頼のようだ。
クレイマンが着いて来いと頼んでくるもんだから、てっきり裏があると思ったのに考え過ぎだったか?
「鉱山の中にいる魔物の強さはどれくらいなんだ?」
「ほとんどCランクぐらいの魔物だって報告を受けているが……どうだかな」
言葉を濁らしてはいるが、やはり普通の依頼に聞こえる。
俺と一緒に行くどころか、クレイマンがわざわざ出向かなくてもいいような依頼だ。
……絶対なんか裏があるな。
「ご安心ください、ヨウキ様。鉱山には私とお嬢様も同行致しますので」
「そうですよ、ヨウキさん。私も頑張りますから」
「……まあ、この面子なら何があっても大丈夫か」
最強メイド長のソフィアさんに勇者パーティーの一人のセシリアがいるからな。クレイマン以上に頼もしい二人がいるし、問題ないだろう。
クレイマンに向けていた疑いの眼差しを止め、他に気になる点がないか考える。
「そういえば依頼はどれくらいの日数がかかるんだ?」
かなり重要なことを聞くのを忘れていた。
タイムリミットは今日を入れて残り四日しかないのだ。
依頼を達成しても四日以内に帰らなければ……ガイが砕け散ってしまう。
「上手くいけば三日か四日ってとこだろ。まあ、ソフィアやアクアレイン家の令嬢がいれば確実だな」
「そうか……」
ギリギリ間に合うかどうかといったところだ。
最悪、魔鉱石を見つけたら俺だけ飛んで帰るという選択をするしかないな。
「まあ、俺はギルドに一週間かかるとか言ってきたけどな」
「どうしてですか?」
「そりゃ、早めに依頼終わらせてのんびりするために……」
セシリアの疑問に答えていたクレイマンが消えた。
いや、本当に消えた訳ではない。
気がついたら馬車の床にクレイマンが横向けに倒れていたのだ。
「あなた、お嬢様にはちゃんとした接し方をしてください。あと、依頼が終わり次第にちゃんと仕事に行ってくださいね」
「お……おう。わかったぜ……ソフィア」
床に横たわったまま、手で了解のアピールをするクレイマン。
そんな二人にますます顔が引き攣る俺とセシリア。
頼むからこの狭い馬車の中でそういうことはやらないでほしい。
「あ、あの、ソフィアさん。今は私も皆さんと同じ依頼を受ける仲間の一人なので……出来れば普通に接して貰いたいのですが……」
「そうは言われましても……」
「まあまあ、ソフィアさん。セシリアがそうしてほしいっていうことだし、多少は要望に応えてあげてもいいんじゃないかな」
ぶっちゃけクレイマンに敬語が使えるとは思えないし。
セシリアがそれを察して提案をしたのかはわからないけど、ナイスだ。
ソフィアさんとクレイマンにとっては日常的なスキンシップなのかもしれないけど、俺とセシリアはついていけないからな。
「ふう……お嬢様の要望となれば仕方ありませんね」
「ありがとうございます、ソフィアさん」
「ですが、私はいつも通りの口調で接しますので」
「そうですか……残念です」
がっかりしているセシリア。
うーむ、何とかしてあげたいけどソフィアさんは決めたことは曲げなさそうだしなあ。
立場上の都合ってのもあるだろうし。
「せめて、名前で呼んであげるってのはどうだろうか?」
俺の微妙な提案にソフィアは少しの間考える。
名前呼びでも大分違うと思うんだよな。
「それぐらいなら……構いません。では、セシリア様とお呼びさせて頂きます」
「本当ですか!? ありがとうございます、ソフィアさん」
名前で呼んでもらえることが嬉しかったのかソフィアさんに抱き着いたセシリア。
……提案したの俺なんだけどな。
「ふっ、ソフィアに負けたな。まあ、しゃあねぇだろ」
いつの間にか復活したクレイマンが俺の肩を叩く。
慰められると惨めな思いをするので止めてほしい。
そんな残念な俺をよそに進み続ける馬車。
そこからは風景を見ては雑談をしたりと繰り返し、依頼先である鉱山のある町に着いたのは日が暮れた夜であった。
今はクレイマンとソフィアさんが宿の手続きをするという非常に珍しい光景を見ている。
二人が済ませてくれると言ったので、俺とセシリアは少し離れた場所で雑談をしているのだが……。
「……そういえば」
「……どうかしましたか?」
「いや、ソフィアさんて、明日メイド服を着たりして来ないよな?」
いつもメイド服のイメージがあるからな。
魔物が出る鉱山に行くのだからそれなりの装備で来るとは思うのだが。
「ギルドに入っていた頃の装備品があるのではないでしょうか? それを着て来ると思うんですが……」
「ご心配には及びません」
「うおわぁ!?」
いきなり後ろからソフィアさんが現れる。
さっきまで受付で宿の店主と話していたはずなのに、今はクレイマンが一人で対応している。
「どうかなさいましたか、ヨウキ様?」
「いや、いきなり後ろから現れたからさ。それよりも……」
「ソフィアさん、明日着ていく装備はあるんですか?」
俺より早くセシリアが質問する。
よっぽど心配なんだなあ。俺は少しメイド服以外の服装をしているソフィアさんに対する好奇心があるけど。
「もちろん、ありますよ。オーダーメイドの物が」
ソフィアさん専用にわざわざ作って貰った物があるみたいだ。
セシリアもソフィアさんの言葉を聞いてほっとしているみたいだ。
これで安心……したいのだが、一応気になることを聞いておこう。
「ちなみにどんな装備なんですか?」
「そうですね……見た目は今着ているメイド服と大差ありません」
「……」
あ、セシリアが固まった。まあ、俺も固まりかけたけどさ。
そこはちゃんとした装備品にしてほしい。
わざわざオーダーメイドで戦闘用のメイド服作らなくてもいいんじゃないだろうか?
「なんで普通の防具とかにしなかったんですか?」
「夫は私がメイド服を着ている姿が好きだと言うので」
セシリアに続いて俺も固まってしまった。
そのあと、ソフィアさんが何か言っていたけど覚えていない。
クレイマンが宿部屋のカギを持ってきたらセシリアが俺の後ろに隠れた。
クレイマンは首を傾げていたが、ドンマイとしか言いようがなかったので、とりあえず肩を叩いてやった。まさか、クレイマンがメイド萌えだったとはな。
次の日に備えるため、好きな物なんて人それぞれだろうと割り切り俺はベッドに潜り込んだ。
前半のデータが一回飛んだので少し違和感があるかも……。




