好きな子の家に向かってみた
「おわあぁっ!?」
俺は奇声をあげてベッドから飛び起きた。
周りを見渡すといつも通りの景色が広がっている。 俺が借りてる宿部屋に間違いない。
ただ……一つだけいつも通りじゃないものがある。
「おいガイ……お前俺に手をかざして何をやっていやがる」
いつもなら部屋の隅で寝ているはずのガイが俺が寝ているベッドの横にいるのである。
……しかもガイの手に魔力を感じるので俺に魔法をかけていたようだ。
「む……もう起きてしまったのか小僧。せっかく良い夢を……」
「見せんでいいわ! やっぱりお前が犯人か! なんつう夢見せんだ、このロリコン石像」
俺はガイになんでこんなことをしたのかと詰め寄る。昨日はこいつが部屋でティールちゃんとイチャイチャしていたから気を使ってやったというのに。
「いや……小僧にはいろいろ世話になっているからな。ちょっとした礼にと思ってな……」
「はぁ!? お前ってそういうことするキャラじゃ……?」
ないはずだ。そうだ、おかしい。
ガイは普通こういうことしないし、言わない。
何かあったとしか思えない。
一体何が……
『凛々しいお姿です』
ふと昨日のティールちゃんが言っていたことを思い出す。
確か……俺が適当に造形したにも関わらず何故か評判の良いガイのことをティールちゃんも褒めてたっけ。それで、ほお擦りとか寄り添って貰ったりとかもされていたなぁ……。
「おい、お前まさか……?」
「娘にも我輩の新しい姿について好評を貰ったのでな……まあ、礼だ」
どうやらガイなりの礼で俺に《ナイトメア・スリープ》をかけたみたいだ。
ソフィアさんやレイヴンに褒められた時には何もしなかったくせに……ティールちゃんからだと話が別になるとか。
……やっぱりこいつはロリコンだ、間違いない。
まあ、こいつがロリコンなこともティールちゃんが大好きなことも別にどうでもいい。
人……じゃないけど魔物でも嗜好なんてそれぞれだからとやかく言うつもりはない……だが。
「何が礼だ。人に勝手に魔法かけて、やばい夢見せやがって!」
「……む、我輩は別に小僧がどんな夢を見たかは知らないが、少なくとも悪夢ではないはずだぞ。我輩は小僧の深層心理と欲望に働きかけてとにかく一番やりたいことを夢の中で体験できるように……」
「ふざけんな! 異性にフラれまくってる男の深層心理とか欲望とかに注目して魔法かけんじゃねぇよ。おかげで過激な夢見たわ!」
そう、俺が見た夢はいろいろとやばい夢だ。
フラれまくっている男とは実はいろんなものを心に溜め込んでいるわけで……それと共に欲望まで追加されたらもう……。
どんなとは言えない……ただ何かをする前に目は覚めたとだけ言っておこう。
「うむ……娘には力加減が上手く出来たのだが小僧には出来なかったようだな。そのせいで我輩の魔法が強く働き過ぎて少々過激な夢を見せてしまったようだ」
「何冷静に分析してんだよ。それにそもそも目のつけ所がおかしいんだって言ってんだろうが。しかもなんでティールちゃんには上手く出来て俺には失敗なんだよ。せめてお礼なんだから成功させろや!」
最近常識人のセシリアがいないせいか俺がツッコミに回っている気がする。
……セシリアに会いたい理由が増えたな。
俺一人じゃもう……限界だ。
「……礼のつもりがどうやら余計なことをしてしまったようだな」
「余計過ぎるわ! 夢の中で絶対おかしいと思って自分の頭何回ひっぱたいたかわからないぞ」
「なるほど。自分の意思で夢から目覚めたのか。……どうやら我輩の魔法もまだまだのようだな」
自分の魔法に納得がいってない様子のガイは首を横に振り反省しているみたいだ。
反省するのは魔法の出来じゃないだろ。
「そんなもん知るか! 全く……俺は寝直すからな。もう《ナイトメア・スリープ》かけんなよ」
俺は昨日の度重なる不運とユウガの相談で疲れているのだ。
まだまだ眠いのである。
「ああ、分かった……む? いや、待て小僧。今日は確か……」
ガイの声が聞こえるが無視だ無視。
だいたい昨日の疲れはティールちゃんとイチャイチャしていたガイも少しは関わっているんだ。
何度宿に帰って部屋を覗いてはあてもなく王都を歩き回ることを繰り返したと思ってんだ。
最終的には二人仲良く寄り添って寝ているとか……これなんてリア充って話だよ。
ティールちゃんを起こさないようにガイだけ起こして、ガイにティールちゃんを起こさせて俺は外に待機してティールちゃんが帰るのを待つとか……なんで自分が借りてる宿に帰るのにこんなに気を使わなきゃならんのだと思ったな。
「おい小僧、起きろ。このまま寝たら……」
ガイが何か言っているみたいだが聞こえない。
すでに俺は寝る一歩手前まで来ているのだから。
しかし、今日は大切な用事があるから……少しだけ寝てなるべく早く起きよう。薄れゆく意識の中で俺はそう決心し、眠りについた。
……まあ、こんなことをしたらのお約束は簡単に想像できる。
だが、俺は主人公ではない。
イケメンでも無ければ勇者でもないただの転生者だ。寝坊などするはずがないのである。
「……普通のラブコメならなんで起こさなかったんだよ! ……ってガイに怒るシーンなんだろうなぁ」
俺はぶつぶつと一人言を言いながら出かける支度をしている。
二度寝はしたものの、いつも通りの時間に俺は起きたのだ。
「なんで、俺を起こすべきであるガイが寝てんだよって話だよな」
俺は部屋の隅にいるガイに目を向ける。
嫌みを言っても全く微動だにしていない。
完全に熟睡しているみたいだ。
「起きんのはお前だっつーの」
眠る直前にガイが言っていた言葉を思い出して苦笑してしまう。
だいたい昨日疲れていようがなんだろうが今日は大切な日なのだ。
寝過ごすなんて間抜けなことを俺はしない。
セシリアへのプレゼントであるネックレスをポケットに入れる。
会いに行って渡そうとして忘れたなんて格好悪いからな。
俺なりの誠意ってやつを見せてやるぜ。
さあ行くか……と思ったら鏡が視界に入ってきた。昨日は確か鏡の自分に向かって馬鹿なことを言ってたっけか。
チラリとガイを見て、完全に寝ており起きる気配がないことを確認する。
……少しテンションあげとくか。
俺は厨二スイッチを入れ、ポーズを決める。
「この俺が宣言しよう……今日はお前にとって最高の一日になるっ!」
鏡に映っている自分に向かい指差す。
昨日は最悪になると言ったら最悪になったので、今日は逆のことを言ってみた。これで今日は良い結果になる……はずだ。
もうやることはやったし、準備も終わったので寝ているガイはそのままで部屋から出てアクアレイン家に向かった。
昼までは少し時間があるので朝飯代わりに買い食いをしてのんびり歩いて屋敷に向かう。
すると、その道中で様々なことがあった。
まず行きつけのケーキ屋の近くを通ったら店員の女の子に呼び止められ、いくつかケーキを渡された。
いきなりなんだと思い詳しい話を聞いてみたら、昨日の兄の接客を見ていたらしい。
風邪で寝ていたが、兄が心配で様子を見に行ったんだそうだ。
それで、兄の無駄なポーズのせいで中身がぐしゃくしゃになっていることがわかったのでお詫びのケーキを配っているらしい。
素直に嬉しかったが、店内に問題の兄がいるのが見えた。
俺に気づいたのか、白い歯を輝かせ親指をぐっと立ててきた。
……もしかして俺気に入られたとかないよね。
そんな可能性があるなんて考えたくなかったので、ケーキを持って直ぐに店から離れた。
店から離れると今度は俺を馬鹿にしていたイチャイチャカップルの男に声をかけられた。
どうやらあのあと彼女と喧嘩して別れてしまったんだとか。
お互い独り身だね、よろしくとか言われた。
好きで独り身なわけではないし別によろしくしなくてもよかったのだが……一応握手して別れた。
中々な優男だったのでどうせまた直ぐに新しい彼女を作るだろう。
ああいうタイプの奴とは友人になれる気がしないな。
次に会ったのは強面の獣人さんだ。
狼の獣人で鋭い目や爪に犬歯をお持ちのいかにも強そうな感じの方なのだが……まさかのクレイマンの昔の友人だっていう話だ。
ぶつかった時は睨んでいたのではなく、俺からただならぬ気配を感じて観察していたのだとか。
魔族だとばれたのかとひやひやしたが、単純に実力でという意味でだった。
今度一緒にギルドの依頼に行こうと誘われ思わずよろしくお願いしますと言ってしまったが……笑った顔が一番怖かった。
……行く時はクレイマンにもついて来て貰わないと無理だな。
今は執事服を来た人達に囲まれている。
……今度はなんだ?
「先日は坊ちゃまが大変ご迷惑をおかけしました。私執事の者でして旦那様に代わり謝罪をしに参りました」
「謝罪ですか……一体何の? あと坊ちゃまって誰のことですかね?」
執事さん達に事情を説明して貰うと今度は串焼きの子供がらみの話だった。
どうやら、結構良いところのお坊ちゃまだったみたいだ。
「我々が少し目を離した隙に……坊ちゃまが一人で行動してしまいまして。申し訳ございませんでした。これはお詫びです」
「あ……ありがとうございます」
「では、我々は失礼させてもらいます」
そう言って俺に少し大きめな袋を渡して執事軍団は去っていった。
金持ちのお詫びだなんてなんだろう……と少し期待して開いて見る。
中には串焼きが二十本ほど入っていた。
……いや、嬉しいけどこんなに一人で食えないんだけどな。
「金持ちならもっとこう……何かあっただろうに。なんで串焼きを十倍にして返してくるんだよ。……っと、もうそろそろ昼になるな。行くか」
プレゼントであるネックレスとケーキと串焼きを携えて俺はアクアレイン家に向かうことした。
次話こそセシリア……。




