番外編 イチャイチャを願ってみた4
「つ、疲れた……」
本気を出したレイヴンとの訓練はきつかった。
ハピネスの支援効果が凄まじく、何度か良い当たりをもらうところだったぞ。
しかし、こちらもセシリアパワーを発揮してどうにか無傷。
緊張感ある訓練だったな。
「お疲れ様でした。怪我なく依頼を終えることができて良かったですね」
「セシリアに心配をかけるわけにはいかなかったからさ。怪我はしなかったけど疲労がね。……癒して欲しいなぁ……」
「……考えておきます」
「よっし!」
「元気じゃないですか……」
冗談半分で言ってみたけど言質はとった。
呆れ顔されたけどこれは帰ったら期待して良いやつだ。
労いの言葉をたくさんもらおう。
帰ってからの楽しみができ、ウキウキ気分で歩いていると。
「セシリアー、ヨウキくーん」
「ちょっとユウガ。二人とも気づいたみたいだし、そんなに大きく手を振らなくても良いわよ」
勇者夫妻に遭遇した。
「セシリア。眼前に勇者が迫ってくるぞ……」
俺は少しだけ震えながら構えた。
イチャイチャできる日はここで終了かもしれない。
「何故、慌てる必要が?」
「今の体力だと三回くらいのトラブル処理が限界なんだ」
騎士団の依頼で想定以上に体力を使ってしまったからな。
「まず、トラブルが起きることを前提に考えるのを止めましょうか」
「何も起きないと……思う?」
聞き返すとセシリアは難しい顔をして黙ってしまった。
一緒に旅をした経験があるからこそ、悩んでしまうのだろう。
「やあ、二人とも……セシリアはどうしたの?」
難しい顔をして固まっているセシリアを見て何か思うことがあったのだろう。
どうしたと言われてもな……。
「お前のせいでこうなってる」
「挨拶しただけだよ!?」
違う、そこじゃない。
「姿が見えた時からだぞ」
「視界に入るだけでだめなの!?」
近くにいるだけで強制イベントが始まるからな。
俺よりもセシリアの方がその辺わかっているから。
「はいはい。どうせユウガと一緒にいたら何か起こるとか言ったんでしょ」
「正解」
ミカナも付き合いが長い分、わかっているな。
「まあ、安心しなさい。今日ずっとユウガと一緒に行動しているけど、特別変わったことはないもの」
「これから起こるかもしれないだろ。俺たちと会ったことが序章だよ」
「えっ……と」
ミカナもセシリアと同様に頭を抱えてしまった。
「いやいやいや、ミカナまで!?」
「これが勇者の力か……」
「こんな力いらないよ!」
でしょうね。
「まあ、こんなところで漫才するのも通行人の迷惑になるし移動するか」
「そうですね」
「そうね」
「あれ……これって僕が悪いの。それともヨウキくん?」
何やら納得がいかないユウガが首を傾げている。
全く……そんな重要でもないことに悩むなっての。
「ほら、ユウガ。さっさとしないと置いて行くぞ」
「あ、うん」
四人で近くの喫茶店に移動した。
まだ夕食を食べるには早い時間なので、軽く紅茶とケーキを食べるくらいがちょうど良い。
「甘い物が身に染みる……」
疲れた時はやっぱりセシリアと甘い物だわ。
「ヨウキくんは一体どうしたの」
「今日は弓矢の的になったり覚醒したレイヴンの相手をしたりと大変な一日を過ごし中だわ」
「何でまたそんなことになってるのよ……」
ミカナが呆れた様子で聞いてくる。
何でって言われてもなぁ。
「ヨウキさんの朝の一言が原因ですよね。みんながイチャつける日があっても良いと」
セシリアが容赦なく俺の珍行動を暴露した。
「あー……セシリア。旦那の奇行はしっかり止めた方が良いわよ」
「今回は鏡に向かって宣言しただけですし……止める必要はないかと思いまして」
「宣言したらイチャつけたから、俺は満足してる」
帰宅したら癒してもらう予定なのは内緒だ。
そこまで語る必要はないだろう。
「成る程。つまり、レイヴンはあの恋人のメイドさんと何か嬉しいことがあって覚醒したってことだね」
「そういうことだ」
ハピネスのバフが強すぎて俺が苦労したってこと。
人外の力を出すわけにもいかないし、セシリアの前で負けるわけにもいかない。
本当に大変だった。
「ミカナ、僕たちもイチャつこうか」
「手を繋ぐくらいなら……」
あっさりと受け入れたミカナはユウガと恋人繋ぎをし始めた。
イチャつくのは俺が願ったから良いんだけど。
「ケーキ食いにくくないか?」
「紅茶も飲みにくいですよね……」
食事中に手を繋ぐのはちょっとね。
「大丈夫、交互に食べさせれば解決だよ。はいミカナ、あーん」
ユウガは流れるような動きでミカナのフォークを奪い、口元へケーキを持っていった。
それで解決になっているのかは不明だが……。
下心が一切なさそうな勇者の微笑みを添えたあーんにミカナもツッコミを入れることができず。
「あ、ありがと……」
素直に受け入れた。
これが勇者夫婦のイチャイチャか、レベルが高いことをしてくるな。
周りの客も顔を赤くしたり、ギラついた目で見てきているぞ。
ここは俺たちも……。
「ヨウキさん、そういえば装備の整備用品が足りないと言ってませんでしたか」
「あー、そういえば買い足さないとダメだわ」
最近、忙しくて買いに行く暇がなかったんだよな。
「セシリアも茶葉の補充したいって言ってたよね」
「はい。屋敷から持ってきた物だけだと足りないので買い足さないと」
「結婚してもセシリアの淹れた紅茶を飲みながらの談笑は捨てられない」
あの時間は俺の心の癒しの一つだ。
絶対に失いたくない。
「用意する側からするとその発言はとても嬉しいです。……私もあの時間を無くしたくないので、腕を落とさないようにしないといけませんね」
「俺も黒雷の魔剣士となって迷える者たちの救済を……」
「それは程々にして下さい」
セシリアの冷ややかな表情を見て察した。
これは絶対に聞かないといけないやつだと。
「はい……」
俺は小さく縮こまり頷くことしかできなかった。
「二人は二人で結婚しても相変わらずだね。はい、ミカナ」
「ありがと……本当に関係が変わっても自分たちの世界を壊さないわね」
こら、こっちも見てニヤつきながらアーンし合ってるんじゃない。
見せ物ではないんだからな!
セシリアの話を良く聞き、勇者夫妻のイチャイチャを見届けたところで二人とは別れ……なかった。
雑貨屋に一緒に行こうというユウガの提案によりダブルデートの形に。
昔も似たようなことがあったよな。
アクセサリーショップへ行ったら、セシリアがユウガに引っ張られていったんだっけ。
今回はそんなことはないだろう。
きっとミカナの手を握って店内に……。
「よし、行こう」
「……ん?」
ユウガが握っているのは……俺の左手。
ミカナではなく、俺の手だ。
いやいやいや、おかしいって。
「ちょっ、ふざけ……」
「それじゃあ、セシリア。ヨウキくんを借りていくから。ミカナをよろしくー」
「なんでだよぉぉぉぉ!?」
俺はユウガに引っ張られる形で雑貨屋へと入っていった。
今日はイチャイチャできる日じゃなかったのかよ、神様……。




