番外編 イチャイチャを願ってみた3
レイヴンとハピネスによる、差し入れを素直に食べるか食べないかの戦いは、小悪魔っぷりを発揮したハピネスの勝利で終わった。
さすがハピネス、勝ち方をわかってるな。
周りを見渡すと差し入れのクッキーを食べて美味いと感想を漏らす騎士たちの姿が見受けられる。
レイヴンは……一口食べて味と幸せを感じているようだった。
「ちなみに俺の分は?」
矢を避けるために激しく動いたから、甘いものが欲しいんだけど。
「……少量」
俺が差し出した掌へパラパラとクッキーの欠片を落とす。
「これ半分に割った時に残った欠片じゃねーか」
食べてもほんのり甘さを感じて終わりだろ。
「……冗談」
今度こそクッキーを一つ渡してきたので有り難く頂く。
「うん、美味い」
「……修行」
練習の成果が出たってことか。
これもレイヴンを想ってだろう……いつも揶揄われてるし、ちょっとやり返すか。
「わかってる。これも花嫁修行の一環だろう。レイヴンのためにも美味しい料理はもちろん、お菓子も極めないといけないもんな。いやー、レイヴンは幸せ者だ」
ただの料理の修行ではなく、花嫁修行と言ってやったぞ。
どうだ、これで二人とも赤面するが良い!
しかし、俺の予想通りにはいかず。
レイヴンはクッキーを見つめ、優しげな笑みを浮かべて。
「……そうだな。俺は幸せ者だよ。ハピネス、ありがとう」
「……き、気にしない、で」
おっとハピネス、動揺しているのか返す言葉がいつもと違うぞ。
口に出したら殴られるから、思うだけにしておく。
「……ここだと感謝の言葉を伝えるくらいしか、お礼ができないからな。今度、埋め合わせをするよ」
「……了承」
バスケットで顔を隠しながら、デートの約束の返事か。
ハピネスには少し回復する時間を渡したほうが良さそうだな。
それまでレイヴンと世間話でもと考えていると。
「ヨウキさん、訓練お疲れ様でした」
「あっ、セシリア」
衛生担当の騎士と話していたらしいセシリアが戻ってきた。
「話はもう良いの?」
「はい。いくつか質問され、答えられる範囲のものは答えてきましたよ。ですが、私も治癒系統の魔法や薬学全てを理解しているわけではないので。答えられなかった質問に関しては知り合いの専門家を紹介することにしました」
「そういう人脈持ってるんだ」
さすが、聖母様だ。
「仕事柄、自然とそういう知り合いが増えていくんですよ」
「成る程、俺に蒼炎の鋼腕という知り合いが増えたことと似たようなものか」
類は友を呼ぶってやつだな。
「……まあ、概ね一緒のようなものです」
「少し葛藤したように見えたのは気のせいだろうか」
「ご想像にお任せします」
気を遣わせたような感じがする。
ここは嫁自慢をして好感度を上げる作戦を発動だ。
「どうだレイヴン。治癒系統の魔法に長け、専門家にも人脈を持っているセシリアはすごいだろう」
「……単純」
ハピネスから狙いがわかりやすすぎると馬鹿にされたが無視。
相手への伝わりやすさを優先しただけだ。
「……そういった方面でセシリアが優れていることは俺も充分承知している。一緒に旅をしていて何度も助けられたからな」
「……だよな」
下手したら俺以上に知っている可能性が高い。
黒雷の魔剣士は基本的に怪我をしないから、魔法をかけてもらったことはほぼないし。
いや、セシリアはそばにいてくれるだけで充分、癒しになっているだけれども。
「私もレイヴンさんには何度もお世話になっていますから、おあいこですよ」
「……セシリアには治癒以外にも世話になったことが多すぎて、とてもではないが対等ではない気がするが」
「お互い支え合ってこうして関係を築いているんです。無理に優劣をつける必要はありませんよ。私たちは貸し借りのみで繋がっているわけではないのですから」
「……セシリアがそう言うなら、そうなんだろうな」
嫁自慢をしたら、セシリアとレイヴンの友好度が上がってしまった。
良き友人として喜ばしいことだ。
問題は……少しだは不機嫌そうに頬を膨らませているハピネスか。
「安心しろ。あれは友愛ってやつだ」
「……納得」
「じゃないと俺が暴れる」
「……迷惑」
「半分冗談だ」
「……半分」
「冗談だ」
だから、その怪訝な視線を止めろ。
そもそも、そんな理由で暴れたらセシリアからどんな説教を受けることになるか。
考えるだけでもう……ね。
「多少嫉妬するのは良いとは思うが、セシリアの役割はセシリアにしかできないからな。今からハピネスが治癒魔法を習得してもセシリアの段階に行くまでどれ程かかるやら」
「……困難」
「そうだよな。なら、ハピネスのできることでレイヴンに目を向けてもらえば良いんじゃないか」
「……理解」
「よし、それじゃあ今度デートした時にでも頑張れよ」
ここは騎士団の訓練所だ
あまりにも露骨な行動はレイヴンも休憩中とはいえ控えるべきだろう。
立場もあるから大っぴらにイチャつけないというのはしんどいな……。
「……本気」
「うん?」
ハピネスがゆったりとした足取りで訓練所の中央へ歩いていく。
今はハピネス特性の差し入れクッキーを食べているので騎士たちもエルフたちも休憩中だ。
何をする気なのかと見守っていると。
「……注目!」
びしっ、と天に向かって指を差し自分へと視線を向けさせ歌い始めた。
ただ、歌うだけでなく最近身につけたのか、踊り付き。
「これは反則だろ」
ミネルバに現れた歌姫の本気は訓練所にいる全員を虜にしていた。
俺とデュークはハピネスの成長を見ることができて感動しているがな。
「……ヨウキが何か言ったのか」
「言ったけど言ってない」
デートで頑張れとは言ったけど、今頑張れとは言ってない。
今回のこれはハピネスが完全に一人で決めて起こした行動、と言えるだろう。
「騎士たちの士気を上げることが目的じゃないか。クッキー以上の効果がありそうだろ」
「……ああ、間違いない」
「ハピネスちゃんの歌は人を惹きつける力がありますね」
「なんか心配になってきた」
有名になり過ぎるのも困りものだぞ。
変な輩に目をつけられないか。
「……ヨウキ、そんな目をするな。安心してくれ、ハピネスは俺が必ず守る」
「そ、そうか」
わかったから、その覚悟が決まりきってる顔を止めてくれ。
セシリアも少し引いてるから。
多分、旅をしていた時でもこんな顔を見せたことはなかったんだろうな。
「……悪かった。少々、殺気が漏れた」
「それだけハピネスを大切にしてくれて家族として嬉しいよ」
デュークやシークもこの場にいたら同じことを言うと思う。
というか、デュークは何処へ……いたわ。
ハピネスの歌と踊りに興奮したイレーネさんに正面から抱きつかれてる。
下手に振り解こうにも首の問題があるから、できないと。
「……それなら良かった。ただ、こう、なんだろうか」
「どうしたよ」
「……何だが胸の辺りがモヤっとするような。疲れかな」
「それは」
「ヨウキさん」
セシリアが口元に人差し指を立てて静かにするように合図を出してきた。
わざわざ口に出すなってことかね。
「……なんだ、どうした」
「いや、そこは自分で気づけると良いんじゃないか」
「必要なことかと」
「……二人がそういうならそうなんだろうな」
ハピネスによる歌と踊りが終わると歓声とともに拍手が起きた。
これはハピネスにしかできないことだわ。
上手く行ったと上機嫌でスキップで俺たちのところへ戻ってくるハピネス。
「……バッチリ」
「いやー、文句なしだ。さすが、ハピネスって感じだったぞ」
「この場にいる全員がハピネスちゃんに目を奪われていましたね」
「……当然」
俺とセシリアの労いの言葉を聞き胸を張るハピネス。
しかし、褒めてもらいたい相手はやはりレイヴンだろう。
あえて感情のない表情でレイヴンを見つめて。
「……感想」
一言をもらいに行った。
その眼差しからは逃げられないぞ。
「……ああ、とても良かったよ。騎士たちも良い息抜きになっただろうな。ありがとう」
「……不服?」
お礼を言うレイヴンだが、僅かな表情の曇りから何かをハピネスは悟ったようだ。
「……そんなことはないさ」
しかし、レイヴンも言葉にできないもやもやだから、説明の仕様がないと。
これではハピネスも引くしかないか……。
「……妙案」
何かを思いついたハピネスがレイヴンに向かって力強く指差して宣言した。
「……今度、特別、舞台」
「……特別、舞台」
「……レイヴンの、ため」
約束とレイヴンの手を握りしめて一言残し、去っていくハピネス。
レイヴンの返事を聞かないで行くのか。
「あれは照れ隠しで帰ったな」
「言ってから恥ずかしくなったのでしょうね」
「特別な舞台ね。レイヴン、良かったな」
騎士やエルフたちもレイヴンに向かって拍手をして祝福している。
これで騎士やエルフだけでなく、レイヴンのやる気も出た……うん。
レイヴンの背後にオーラのようなものが見える気がするぞ。
「……そうだな。良かった、良かったよ。おかげで訓練に身が入る」
「レ、レイヴン?」
「……ヨウキ、矢の相手ばかりでは飽きるよな。今度は俺の訓練に付き合ってくれ」
「ま、まじかよ」
「……騎士たちの相手もするから、ずっとじゃないさ。頼みを聞いてくれる、よな」
やる気に満ちているレイヴンの圧が強い。
断れる雰囲気じゃないぞこれは。
こうなったらこっちも厨二で対抗を……。
「ヨウキさん、怪我はしないようにお願いしますね」
「絶対に怪我しないぞ!」
セシリアパワーで頑張るわ。




