番外編 イチャイチャを願ってみた
「みんなイチャイチャできる日が一日くらいあっても良いと思わない?」
「急に何を言っているんですか」
二人揃っての休日の朝食中、ふと思ったことをセシリアに話してみた。
反応はまあ……当然、そう返してくるよなって感じ。
「アホなことを言ってる自覚はある。でも、生きてて一回くらいは思うことがあっても良くない?」
「殺伐としているよりは良いと思いますが……そんな日が訪れることはないかと」
「ふっ、俺に不可能はない」
セシリアを連れて鏡がある場所に立つ。
「何故、鏡の前に……?」
「俺は宿暮らしをしていた時、自分の不幸や幸福が訪れると鏡の前で宣言したら、その通りの一日になった経験がある」
「鏡の前で宣言する行動については一旦置いておいて。何故、不幸が訪れることを宣言したのでしょうか」
「……そこは触れないでほしい」
勢いって怖いよね。
厨二スイッチを入れても一握りの理性は残さないといけないって思う。
実現できているかは別だが。
「ヨウキさんがそう言うのなら、これ以上の詮索は止めておきましょう」
「理解のある奥さんで助かるよ……」
セシリアの優しさに感謝したところで早速、宣言をしよう。
「今日はみんながイチャイチャできる日になるだろう!」
これで幸せな日が来ることは間違いなし。
神よ、どうか頼む。
俺の切なる願いを叶えてくれ。
「さて出かけようか。幸福な光景が俺たちを待っている」
「誰かを巻き込む……そんな予感がしますね」
「いやいや、これはみんなが幸せになれる儀式的なものであって」
「ヨウキさん」
「あっ、はい」
セシリアの圧が飛んできたので直立。
これは調子に乗りすぎたやつだ。
後悔しても時すでに遅しでリビングへと連行される。
そのまま、いつもの流れで正座を……。
「あ、立ち膝でお願いします」
「立ち膝……?」
今までなかったパターンに戸惑うが聖母の微笑みを浮かべるセシリアに逆らうことはできない。
俺は大人しく立ち膝の体勢になった。
俺が横抱きにしている時、セシリアはこういう光景を見ているのか。
参考になったな、と軽く現実逃避をしていたら、セシリアがそっと抱きしめてきた。
「えっ、何で!?」
説教される流れじゃないのか。
どうして俺は今、抱きしめられている。
理由がわからんぞ。
「みんなでというのは難しいですが……これで満足してくれませんか?」
「します、します!」
神が俺だけにイチャイチャを提供してくれたらしい。
身長差の逆転したハグ……普段と別種類の安心感を感じる。
今日は出かけようかと思っていたけど、このままゆっくり家で過ごすのも良いかな……。
そう考え始めたところで家の扉をノックする音が響いた。
「誰か訪ねてきたみたいですよ」
「……ダメって言われることをわかった上で聞くけど、もう少しこのままっていうのは」
「ダメです」
「やっぱり?」
セシリアとのイチャイチャ時間終了が決まった。
こういう時に訪ねてくる相手は決まっている。
間違いなく、勇者ユウガだ。
「勇者だな。絶対に勇者だ。勇者に違いない」
「ヨウキさん、決めつけた対応をしてはいけませんよ。お客様ですから、丁寧な対応をお願いします……ね?」
子どもをあやすように優しく背中をぽんぽんと優しく叩かれ邪気を完全に抜かれる。
よし、訪問者が誰でもきちんと対応しよ。
にやけ面になっていたら困るので両手で頬を叩き、気合いを入れてから扉を開ける。
「おはようございますっす、隊長……なんで両頬が赤いんすか」
「気合いを入れたんだ」
訪問者はデュークだった。
勇者ではなかったな、セシリアの言う通り決めつけは良くないね。
「訪問者が来る度にそれをやるのはおすすめしないっす」
「だな。まあ、入ってくれ。……イレーネさんもいらっしゃい」
「はーい」
やっぱりイレーネさんも一緒か。
デュークの背中に抱きついていると思ったよ。
二人を家の中へ招き入れて要件を聞くことに。
「今日は隊長だけど隊長じゃない人へ依頼をお願いしに来たんすよ」
「成る程。つまり、黒雷の魔剣士への依頼か」
「そうっすね」
もう正体ばれてるけど黒雷の魔剣士の方が良いんだな。
「理由は?」
「んー……俺的に今回の仕事は素の隊長よりも向いてると思うんで」
厨二力が必要な仕事とということか。
ヒーローショー的なやつなら良いな。
派手な動きも黒雷の魔剣士の方が様になるし。
「ふっ、良いだろう。受けようじゃないか」
「さすが隊長っす」
黒雷の魔剣士が依頼を迅速かつ完璧にこなすところを見せてやろう。
「これとっても美味しいでふっ、ごほっ!」
「イレーネさん、急いで食べなくても焼き菓子は逃げませんから」
「にょみもの……熱っ……くない?」
「念の為に紅茶と果実水の両方を用意しておいて正解でしたね……」
別のテーブルではセシリアの歓待とイレーネさんのドジっ娘による応酬が繰り広げられていた。
「イレーネさんは変わらず?」
「成長したはずなんすよ……」
デュークが額を押さえている。
色々と面倒を見ている身としては思うことがあるのだろうか。
どう声をかけようか迷っていると。
「デュークさーん」
イレーネさんがデュークへと小走りで向かっていき、そのまま引っ付く。
「今度、セシリア様からお料理を教えてもらうことになりましたー」
「へっ、それは……」
そんな約束をしたのか。
ちらっとセシリアに視線を送ると静かに頷いた。
イレーネさんが料理……ドジっ娘スキルが発動しないか心配だが。
「デュークさんに美味しいって言ってもらえるように頑張るので楽しみにしててくださいっ」
あんな無邪気な笑顔で言われたら止めろなんて言えないよなぁ。
しっかり者のデュークでも無理だわ。
「そ、そうっすか……隊長、イレーネはまだまだ成長段階っすよ」
「そうみたいだな」
伸び代があるってことで良いじゃないか。
俺とデュークで爽やかに笑い合っていると。
「イレーネさん……その話はデュークさんには秘密と先程、耳打ちでこっそり打ち合わせをしたと思うのですが」
セシリアの一言により静かになる我が家。
サプライズ修行が一日も経たずにばれるとか。
しかも本人の口から暴露。
「あっ、そうでした……うぅ……」
自分のやらかしに思わず涙目になるイレーネさん。
これは修復できないのではないか。
「イレーネ、大丈夫っすよ。俺はまだイレーネがどんな料理を美味しく作ろうとしているか聞いてないっすから」
安心するっすと絶妙なフォローを入れる。
これが俺の相談相手として長年活躍しているデュークの手腕だ。
「た、確かに! デュークさんの好物を得意料理にしようとしていることはまだばれてないですっ」
「セシリアお願い……」
「はい……イレーネさん。こちらへ」
「ああっ、私はまた失言を……」
デュークさーん、と手を伸ばすも届かず。
イレーネさんはセシリアにより、客間へと引きずられていった。
口止め指導コース確定と。
見送る側になることはあまりないから新鮮だ。
「隊長……好物って言われた時点で候補が絞られちゃったんっすけど」
「……今から好物を増やせ」
「それは無茶っすよ」
サプライズ感を割り増しするにはそれくらいしか方法ないって。
こういう番外編もありですよね……?




