事情を話してみた
俺の作戦が裏目に出た結果、シエラさんに意中の相手がいることになってしまった。
どうしよう、あの運搬方法にこんな落とし穴があったとは。
「ヨウキさん、どうするおつもりですか」
横にいるセシリアの微笑みが怖い。
完全に聖母の笑みを浮かべている。
かわいいのに直視できないとは、どういうことなのか。
新婚だよな、俺たち。
「ク、クレイマン……」
「……ったく、どうせ蒼炎の鋼腕だろ。変な運び方しやがって」
「まず、シエラさんに誠心誠意謝罪をしたいんだが」
「今のシエラと話すのは至難の業だと思うがな。あの行列の中を掻き分けて行くつもりか?」
クレイマンが指差すその先には冒険者の長蛇が。
その先にシエラさんはいる。
うーむ、厳しいな。
「セシリア、強行突破は……」
「ダメです」
「だよなぁ」
「許可するわけないじゃないですか」
ちぎっては投げをするのが一番早いのだが、当然のごとく却下。
このまま、あの行列が引くまで待つか?
「……ったく、仕方ねーな。俺も無関係ってわけじゃねぇし、手を貸してやるよ」
クレイマンが重い腰を上げた。
副ギルドマスターの特権を使うのか。
「おい、シエラ。そろそろ休憩行け」
「えっ、この状況で休憩に行くのはちょっと……」
「安心しろ。代理を置くから」
そこでクレイマンは懐から式神をを取り出し、雑にシエラと書いて受付に乗せた。
ぺこぺこと頭を下げ出す式神、これならシエラさんの代理に……。
「なるわけねーだろ!」
「俺たちはシエラちゃんの祝福をしてるんだよ!」
「副ギルドマスターは引っ込んでてくれ!」
まあ、なるわけないよね。
シエラさんの受付に並んでいる冒険者たちから文句の嵐が。
「あんなんじゃ無理だろ」
「そうですね……」
俺もセシリアも呆れ顔。
これは待つしかないか、そう思っていたら。
「さて、これがシエラ一号、これがシエラ二号っと……」
どんどん式神を取り出してシエラさんの名前を書いていくクレイマン。
最初は文句を言っていた冒険者たちも式神が増えていく度に口数が減っていく。
「シエラさん代理が増えていくぞ。何体まで出すつもりなんだ」
「式神の操作も数が増えれば増えるほど負担がかかるはずなのですが……」
気がつけばシエラさんの受付の周りには数十体の式神で溢れていた。
そして、真剣な眼差しで。
「さて、こんなにやる気のある冒険者が集まってるんだ。ギルド職員がだらだらと対応するのも良くねえわ……な」
にやりとクレイマンが笑みを浮かべる。
それは時折セシリアが見せる慈愛に満ちた微笑みではない。
お前ら覚悟はできてるだろうな、と周りに問いかけるような意味合いを持ったもので。
「おらぁぁぁぁ! 各自、実力にあった依頼書だ。受けとってとっとと依頼に行けや!」
シエラさん代理の式神がギルド内を飛び交い、依頼書を渡していく。
「なっ……俺にぴったりな依頼じゃねぇか」
「報酬も依頼内容も文句はねぇ」
「ちょうどこんな依頼が欲しかったところだ」
依頼書を見た冒険者たちの反応はこんな感じ。
もちろん、納得できずに反発する冒険者も何人かいたが。
式神による後押しにより、強制的に外へ送られていた。
これって良いのか?
「副ギルドマスター、今のはさすがにまずいんじゃ……」
一人の職員がクレイマンに言った。
まるで、俺の気持ちを代弁してくれたようだな。
この意見にクレイマンはというと。
「はっ、何を言ってやがる。冒険者は身の丈にあった依頼で報酬を得られる。俺らは依頼失敗による依頼者からのクレーム対応が減る。依頼者は依頼失敗のリスクが減る。誰も損はしないはずだ」
問題あるか、と凄まれると職員はそれ以上は何も言えない。
まあ、理にはかなってるけども。
「おら、シエラ以外も今のうちに休憩しとけ。数時間したら依頼完了の受付で忙しくなるからな。休憩終わりには依頼書の作成もやるぞ」
クレイマンの本気の指示が出ると職員たちは慌てた様子でギルドの奥の部屋へと入っていった。
「よし、シエラ。行ってこいや」
「え、ええ……?」
「この二人が用事あるみたいでよ。行ってこい。その間、お前の代わりはやっておく」
シエラさんの名前が書かれた式神たちが一斉に腕を高く上げる。
……これはクレイマンが代わりに仕事をしていることになるのか。
「まあ、クレイマンのおかげでシエラさんに謝る時間が出来たよ。ありがとうな」
「おう……で、お前は何で正座してんだ」
「誠意を見せるにはまず、姿勢からだろ。な、セシリア」
「慣れた動きで正座することを覚えてしまったのですね……」
自然な動きで正座をするとその場にいた全員から怪訝な顔を向けられた。
いや、普通じゃないの?
「ここで片付ける問題じゃねーだろ。シエラの家やれや」
「そうですね。聖母様、黒雷の魔剣士さん。行きましょう」
クレイマンに追い出されるような形でギルドを出た俺たちはシエラさんの家へと向かった。
道中で目立ってしまっているが、もうそこは気にしない。
作戦が裏目に出てしまった以上、堂々と歩くほかないのだ。
「やっぱり黒雷の魔剣士と聖母様が……」
「受付嬢さん、羨ましい……」
「私にも恋のキューピッド様を紹介してくれないかしら……」
周囲の声を聞くとさらなる誤解が生まれているような気がするけど。
こっちはこっちでさあ……。
「恋のキューピッド……ふふっ、本当に私が紹介してもらいたいですよ」
シエラさんから湧き出てくる黒いオーラが止まらない。
婚活中なのに意中の相手ができたと思われて応援されるとか。
シエラさんは何も悪くないので、どうにかして誤解を解きたいな。
「ところで蒼炎の鋼腕はどうかな」
「順調に回復していますね。蒼炎の鋼腕さん、介助の度に申し訳なさそうにお礼を言ってくるんですよ。絶対に正体は好青年のイケメン、間違いなしです」
「狙ってる?」
「そんなわけないですよ。介助相手をそういう目で見ません。今回の件を引き受けた時、正体を知ったらどうなるかも教えてもらいましたし……」
ソレイユの正体は知ってしまったら、国際問題になりかねないので注意が必要と。
口を閉じていれば良いだけの話なんだけど、いらないリスクを背負って生活はしたくないだろう。
「順調に回復しているなら良いのですが。蒼炎の鋼腕さん、ご家族に連絡は取っているのでしょうか」
「杖をついて歩けるなら、手紙くらいは出したんじゃないか?」
確か父親に戻れって言われてるとか、そんな話を前にしてなかったっけ。
「……心配になってきたな。蒼炎の鋼腕に聞くべきことができた」
「……ですね」
「一体、私はどれだけ高貴な方の介助を知らずにしていたのでしょう……」
シエラさんが不安になっているが、こっちもそれは同じなわけで。
シエラさんの家に着くなり、急いでソレイユが療養している部屋へと入る。
「今日はお早いんですね……って、ヨウキとセシリアさんではないですか。そんなに息を切らして今日はどうしたんですか?」
「治療の経過を見に来るだけの予定だったんだけどな……」
「その言い方は何かありましたね?」
「俺提案の蒼炎の鋼腕運搬作戦により、シエラさんが俺とセシリアの紹介で恋のキューピッドに恋愛相談したんじゃないかって勘違いを受けてな。祝福の声かけが後を経たない状況っていう……」
「それは……大変ですね」
解決しないとシエラさんの婚活に遅れが生じてしまう。
「ふむ、それならシエラさん。僕がしばらく恋人役になるというのはどうでしょうか」
「えっ?」
ソレイユがとんでもないことを言い出した。
いやいや、お前は駄目だろ……。




