孤児院に行ってみた
ダバテ神父との約束を果たすためにセシリアと孤児院へ訪れた。
最近、来れていなかったこともあってか。
「聖母様、本読んでー」
「聖母様、お話してー」
「聖母様遊んでー」
セシリアを中心に円ができている。
一緒に来た俺は早々にセシリアの隣から弾き出された。
セシリアの隣は俺の定位置なのだが……仕方ない。
今日は譲ってやろう。
一人で荷物を持って棒立ちになっている俺に近づいてきたのは……ダバテ神父だった。
子どもたちは誰一人寄って来ない。
別に悲しくはない、ダバテ神父と話すからな!
「約束を果たしにきました。突然の訪問になってしまいましたが……迷惑でしたか」
「迷惑なんてとんでもない。子どもたちの喜びようを見たら……お忙しい中の訪問に感謝を」
軽く会釈するダバデ神父。
こちら側が急に訪ねた側なのに頭を下げられるのは違うだろう。
慌てて俺も合わせて頭を下げた。
「いやいや、セシリアが中々来れなくなった理由を作ったのは……」
「ヨウキ様、それ以上は言うべきではありません。セシリア様は聖母と言われていても人です。貴方と結ばれることを選び、幸せになろうとしている。確かに私は子どもたちのためにと思い、セシリア様の訪問を願いましたが……自分たちを蔑ろにしてまで、とは思っていません。それはあの子たちもわかっているはずです」
優しげな笑みを浮べ、セシリアを囲んでいる子どもたちを見つめるダバテ神父。
子どもたちに囲まれているセシリアを見ていたら……やっぱり来て良かったと思う。
「これからも顔を出させてもらいます。あそこもセシリアの居場所ですから」
結婚したからといってセシリアを独占するわけにはいかないさ。
「そうしてもらえると助かります。……用事があればそちらを優先しても構いませんので。どうか、無理はなさらずに」
家に帰らず孤児院に寄ったため、俺の格好はというと。
両手に買い物した荷物を持って黒雷の魔剣士……顔バレ状態。
仮面はセシリアが持っている。
孤児院に着く前に持ってるのは邪魔だよね、と理由をつけて返してもらおう作戦は失敗した。
このような中途半端な状態でふらふらするのは初めてだ。
まあ、セシリアの意見を尊重……お願いを聞いた形になるかな。
「嫁の願いを叶えるのも夫の役目か……ん?」
セシリアと孤児院の子どもたちを見たら、先ほどとは別の盛り上がり方をしていた。
「聖母様、それ何ー」
「魔剣士の顔だー」
「聖母様、貸してー」
「おいおいおい!?」
俺の仮面が子どもたちの手に渡ろうとしているじゃないか。
セシリアが仮面を持ち上げて取れないようにしているけど。
「聖母様貸してー」
「ねーねー、聖母様ー」
「被ってみたいー」
好奇心が爆発した子どもは諦めない。
全員、ぴょんぴょんと飛び跳ねて仮面を取ろうとしている。
これ以上セシリアを困らせるわけにはいかない。
少しくらいなら貸しても良いから、セシリアを解放せねば。
「いけません」
救いに行こうとしたところでセシリアの声が響いた。
「これは私の大切な人の大切な物なんです。皆さんならわかってくれますね?」
セシリアの笑顔が眩しい。
この笑顔の前では元気いっぱいの孤児たちと言えども反論できず。
「聖母様ごめんなさーい」
「他のことであそぼー」
「そうしよー」
仮面への孤児たちの興味が一瞬で消えた。
「……俺の助けはいらなかったな」
「子どもたちがすみません。……ですが、聖母様がああいう風に子どもたちに言い聞かせるとは珍しい」
「そうなんですか」
セシリアの得意技だと思ってた。
俺は色々な意味でセシリアの笑顔にやられてるし。
「……俺の影響かな」
良いか悪いかはともかく。
「セシリアの笑顔は眩しい、それだけは間違っていないと断言できます」
「ヨウキ様は真っ直ぐな方ですね。……そんなヨウキ様に報告……というか、相談がありまして」
「俺に?」
こちらへどうぞ、と言うダバテ神父の後ろに着いて行く。
孤児院の裏庭へ向かっているようだ。
「力仕事なら、任せてください」
「いえいえ、そのようなことではなくてですね。ほら、ヨウキ様に懐いているあの子についてなのです」
「成る程」
俺の頭の上を特等席にしているあの子か。
そういえば今日は姿を見かけていない。
裏庭へ向かっていることと関係しているのか。
「何か体調を壊したとか……?」
「いえいえ、そんなことはありません。むしろ、元気過ぎるというか」
「元気過ぎる?」
「……見てもらった方が早いですね。ほら、あそこに」
「うん?」
ダバテ神父の指差す方向に目を向ける。
そこには木から縄で吊り下げた枝へ木製のダガーを一心不乱に当てる少女の姿が。
黒いスカーフとマントを身につけ、羽付き帽子を被っているな。
中々、センスがある……じゃなくてさ!
「えっと、あれはどういう……」
「……修行、という話です。黒雷の魔剣士に近づくための」
「いやいやいや!」
どういう流れでそうなったんだ。
この前来た時は拗ねていただけで解決したはず。
黒雷の魔剣士を目指すようなきっかけなんて……。
「あっ……」
そういえば追いかける時に名乗りをしたような。
だが、それだけで黒雷の魔剣士を目指すって……。
「目標がありそのために努力する。それは大変素晴らしいことです。しかし、今回に限って私はあの子の背中を押すべきなのか非常に悩んでおりまして」
どうしたものかと目元を抑え空を見上げるダバテ神父。
完全に俺の影響を受けてしまっているんだよなぁ。
あの子のためにも厨二の扉は閉めるべきな気もするが。
どうするかと悩んでいると、俺たちに気づいた女の子が修行を止めてこちらに駆け寄ってきた。
この前、特等席発言してしまったからな。
頭に乗りたいのだろうと両手を広げると。
「ふっ!」
びしっと俺に決めポーズをしてきた。
いつも俺がやってるやつそっくり、練習したのか。
俺もダバテ神父も反応できずに固まっていると、俺だけが足をべしべしとはたかれた。
むぅ、と頬を膨らませている。
何かが気に食わないらしい、わからん。
首を傾げて見せると今度は俺の隣に来て決めポーズ。
そして、何かを求めるような視線を向けてきた。
……成る程、そういうことか。
「せーの……ふっ!」
びしっ、と一緒にポーズを決めた。
満足したのか笑顔でうんうんと頷いている。
これくらいなら、いつでも付き合うぞ。
「新たな厨二仲間の生誕……いや、そうじゃなくて!」
勢いで喜ぶところだったわ。
違うって、この子の将来的にどうなのって話だ。
一緒に決めポーズを取り、ますます機嫌が良くなったらしい。
ダガーと決めポーズの練習を交互にやり始めた。
「どうしましょうか」
「……どうするべきでしょうね」
本当にどうしようか。
二人で悩んでいると子どもたちを引き連れたセシリアがやってきた。
「ヨウキさん。突然、いなくなったので心配しましたよ。ダバテ神父と一緒だったんですね」
「ああ、セシリア。えっとさ……」
「ふっ!」
「おわっ、と!?」
急に頭へ衝撃が走った。
ダガーと決めポーズの練習していたはずなのに、いつ、接近を許してしまったんだ。
背中から俺の頭に飛び乗った女の子は特等席でご満悦。
そしてセシリアへ向かって決めポーズと。
いや、これはまずい空気……。
「ヨウキさん」
セシリアの笑顔が眩しい。
でも、これは先ほど見せた笑顔とは別のやつだ。
「皆さん、遊ぶなら少し待ってもらえますか」
「えー、聖母様ー」
「遊ぼーよー」
「先にこっちー」
孤児たちがセシリアを離さず、思い思いの言葉をぶつけているが。
「少しだけ時間をください。その後にたくさん遊びましょう、ね?」
「はーい」
「はーい」
「はーい」
孤児たちが一瞬で説得されてしまった。
仮面の時より早いぞ。
「ダバテ神父。少しの間、荷物を見ていてもらいたいのですが」
「構いませんよ」
「そして……孤児院の部屋を一部屋、お借りすることは可能でしょうか」
「……空いてる部屋を使ってください。私は子どもたちと外で待っているので」
「ありがとうございます。……私とヨウキさんは大切なお話があります。久しぶりに会えて遊びたい気持ちは十分に理解しているのですが。少しだけヨウキさんをお借りしても良いですか?」
孤児たち、ダバテ神父の次は俺に懐いているこの子か。
今、乗ったばかりの特等席を簡単に降りるだろうか。
そんな心配は全くいらなかったようで、すんなり俺の頭から飛び降りた。
華麗に着地を決めた女の子はセシリアと俺の隣を指差し。
「とくとーせき!」
そう言い残して修行に戻って行った。
まあ、セシリアに気を遣ったという形になる、のか?
「では、ヨウキさん行きますよ」
「はい……」
俺はいつも通りセシリアに引きずられていった。
結婚しても変わらないものってあるんだな……。




