任せてみた
蒼炎の鋼腕の受け入れ先が決まった。
クレイマンの指示により、シエラさんが自宅で介助してくれるらしい。
本当に良かった良かった……。
「いやいやいや、どういうことですか!?」
シエラさんが目を見開いてクレイマンに詰め寄っている。
うん、そんな簡単に納得できないよな。
説明もほぼ無しでいきなり介助しろと言われて分かりましたとは言えない。
上司からの指示でもこれはな……。
「どうやら、蒼炎の鋼腕はある事情で重症を負ったらしい。ある事情で治療院に行けず、今はこいつの家に泊まり込んでるみたいなんだが、ある事情で家に居づらいらしくてよ。目を離した隙に脱走するかもしれないんだと。だから、受け入れ先を探してるらしい。ある事情で正体は明かせないらしいが……まあ、声的に若い男なのは間違いないな。依頼の達成率や評判も悪くないから危険もねーだろうし……いけるな?」
「いけるな、じゃないですよ。ある事情って何です。知りたいところが伏せられ過ぎじゃないですか」
情報開示できる内容が大分、限られてるからな。
伝えられないのも無理はないけど、これではシエラさんも首を縦に触れないだろう。
この感じだと別の受け入れ先を探すしかないか……。
「まあ、待てよシエラ。ここは結婚して子どもも二人いる。夫婦仲も順風満帆な俺の助言を聞け」
「彼氏無しで嘆いてる私に対して嫌味ですか」
シエラさんの表情が無になった。
普段、クレイマンからの無茶振りをされていない時は笑顔で冒険者に対応しているのに。
「お前な。これは好機だぞ」
「好機って……恩を売るとかそういうやつですか」
恩を売る、確かに蒼炎の鋼腕であるソレイユは格好こそ俺の真似をしたため厨二だ。
しかし、依頼は問題を起こすことなく達成、人柄も良い。
中身はどうなのか、ということが分からないにしても優良物件なはずだが。
「そういう弱みにつけ込むようなやり方をしてまで彼氏が欲しいとは思ってないです」
シエラさんは真面目そうなタイプだし、この説得方法では厳しめだ。
「何を勘違いしてやがる。誰がそんなことを言ったよ」
「でも、副ギルドマスターがこれは好機だって」
「俺はな。男と生活するってことを一度は体験しておけって意味で言ったんだよ」
直接、ソレイユを狙うという作戦ではなかったらしい。
生活を体験しておくね……それってさぁ。
「体験って……それ、どうなんですか。異性との生活が慣れてるって相手からしたら、元彼の影がちらついて嫌なんじゃ……」
「少しは勝手が分かっておくのも大事だろ。お前、周りからの評価だとしっかり者で作業もテキパキやるって感じに見えてるだろ」
「作業をテキパキは副ギルドマスターのせいですよ……」
恨めしげに愚痴るシエラさん。
度々、本気を出したクレイマンに指示を出されているからな。
「そんなお前が男と同棲を始めたとする。男と一緒に住んだ経験がないお前は勝手が分からずあたふたする。普段のお前を想像していた男はお前に幻滅し別れを……」
「なんて事を想像させるんですか!」
これは酷い、わざわざ式神を使って分かりやすく解説ドラマを見せるとか。
あたふたした素ぶりをした人型の式神がしょんぼりしたように、背中を丸めて去っていく。
人によっては気にしない、そういうところが良いと言う人もいそうだが。
「介助って言っても短い期間だ。お前も蒼炎の鋼腕の受付は何度かしているから全くの他人って訳でもねぇだろ。こんな経験、中々できねぇし……どうだ?」
「……部屋を片付ける都合があるので、この話はまた後日にお願いします」
そう言ってシエラさんは自分の席に戻って行った。
これは説得が成功したということなのか。
クレイマンがにやにやしながら、俺を見ているので成功と考えて良いのだろう。
「それにしてもまあ……よく、今のやり取りで良い返事をもらえたな」
絶対に説得は無理だと思ったんだけどな。
俺が感心しているとクレイマンは得意げに。
「俺とシエラの間には絶対的な壁がある」
と、言い切った。
「あー……既婚者と独り身?」
「そうだ。シエラのやつ婚活してるが上手くいってねぇからよ」
最初は乗り気ではなかったシエラさんの態度が変わったのはそれが原因か。
「それにシエラは俺とソフィアのラブラブっぷりを知ってるからな。説得力があるだろ」
ラブラブっぷりねぇ……。
「……まあ、そうだな」
「おい、そのちょっとした間は何だ。文句あんのか」
「そういうわけではないけど」
「その顔はある顔だろうが」
俺は一度、クレイマンから視線を外した。
ラブラブっぷりねぇ……喧嘩で治療院に入院を二回してるけど。
それもまた愛の形というやつか。
「ふん。まあ、お前の要望に答えてやったんだから感謝してもらいたいもんだ」
「それはそうだな。あとはシエラさん次第ってところか」
「……蒼炎の鋼腕の意見は聞かねぇのかよ」
「何度かシエラさんと顔を合わせてるし、問題ないさ」
シエラさんが受け入れるかどうか、それに限る。
蒼炎の鋼腕……ソレイユは我が家からの脱走はしても、紹介した家からの脱走はしないはずだ。
紹介した俺やクレイマンの面子に関わるし、シエラさんにも失礼になる。
「とにかくクレイマンはシエラさんの予定を聞いておいてくれ。こっちで合わせるからさ。それじゃ!」
「待てや」
伝えたいことを伝え終わったので立ち去ろうとしたら、腕を掴まれた。
なぜだ、俺は早くセシリアの待つ家に帰りたいのに。
「ここはギルドでお前は冒険者だ。たたで帰れると思うなよ?」
そう言って何枚かの依頼書を渡してくるクレイマン。
おいおい、ちょっと待て。
「いつもなら、仕事が増えるだろうが、あっちの受付に行け……って言うよな。何で止めてまで」
「こっちはソフィアの帰りが遅くてイライラしてる中、新婚とはいえだ。知り合いがこんな早い時間に帰宅なんて聞いたらよ……仕事を斡旋したくなるよな」
「いや、それって完全に私的な嫌がらせじゃ」
「どっかの誰かさんは依頼を迅速かつ完璧にこなすんだろ。なら、これくらいの依頼はぱぱっと終わらせられるよな」
「ちくしょー!」
今は黒雷の魔剣士ではなくヨウキだ。
しかし、そこまで煽られてのこのこと帰るわけにはいかない。
困ってる依頼者がいるのは事実、ここで帰ったらセシリアに顔向けできない。
結局、クレイマンから渡された依頼を全て片付ける頃にはすっかり夜になっていた。
俺の仕事の手際をしっかり計算して渡しやがったな。
「セシリアに会いたい。セシリアと夕食が食べたい。セシリアの作った夕食が食べたい」
ぶつぶつ独り言を呟きながら、怪しまれない程度の速さで走る。
ようやく我が家に辿り着き、入ると。
「おかえりなさい」
そこには一仕事終えた雰囲気のセシリアの姿があった。
ちょうど夕食の時間帯だからエプロン……ではなく。
髪を一纏めにし、袖を捲って前掛けをつけた姿だ。
右手に金槌を持っている。
「えっと……?」
「ソレイユさんが黙って家を出て行こうとしまして」
「ああー……」
今日、決行してしまったのか。
もう少し待って欲しかったんだけど。
「ソレイユさんの気持ちも分かりますが……私が診ている以上、勝手をされるのは困ります。きちんとした受け入れ先が見つかっているのならば、別ですが」
「そっか。それでその格好は」
「……また勝手に出て行かれるのは困るので少しだけ細工をしました。旅での経験が役に立ちましたよ」
「経験って」
勇者パーティーの旅がセシリア任せだったのは知ってるけど。
どういう状況になったら、セシリアが工具を持つことになるんだ。
「そういうわけで今から夕食を作り始めるところなんです。すぐに用意するのでソレイユさんを見ててもらえますか」
「わかったよ」
セシリアの指示を聞きソレイユが寝ている部屋へと向かった。
ドアノブに紐が付いてる……扉を開けたらわかるようにするため的な。
おそらく、紐の先には鈴が括り付けられているんだろう。
窓も板で塞がれているな。
これ全部、セシリア一人でやったのか……。
「ソレイユ……大丈夫か」
「ああ、ヨウキですか」
部屋の窓も塞がれていたが、ソレイユは普通にベッドで寝ていた。
てっきり縛り付けられてでもいるかと思っていたんだが。
「すみません、セシリアさんを困らせてしまったようで」
「怒らせたの間違いだろ」
「そうですね。こっそり裏口から出て行こうとしたら肩を掴まれまして。そこには笑顔のセシリアさんがいたんです」
そこから部屋へと連行されて説教が始まったと。
「最後に空の瓶を見せられまして。拘束されたら困りますよね、と言われた時には大人しくするしかないと思いました」
「まだ猶予を与えられて良かったな」
「それは……そうですが」
ソレイユとしては不本意らしい。
俺とセシリアの邪魔をしたくないという気持ちはあるが、尊厳が関わってくるとなるとな。
次はセシリアも許さないだろうし。
「そんなソレイユに朗報だ」
「朗報……ですか?」
「受け入れ先が決まったぞ」
「は?」
「良かったな」
これで空き瓶を使う可能性は無くなった。
……嫌だよな、うん。




