新婚生活を始めてみた
「あのドタバタした結婚式からもう……」
「まだ数日も経っていませんよ。ほら、荷物を運ぶの手伝ってください」
「はい」
そう、あの結婚式から全然経ってない。
飛び出して行った皆を呼び戻すのは大変だったが、どうにか再集合できたんだよな。
元部下三人は簡単に呼び戻せた。
貴族連中はセリアさんとソフィアさんとセシリアという最強の三人で説得……いや、説法かあれは。
ソフィアさんは淡々と、セリアさんは目が笑ってない笑みを浮かべ、セシリアは珍しく力を込めていたっけ。
ちょっと相手側が可哀想になったもんな。
ギルドは俺とセシリアとソフィアさんでクレイマンを援護してどうにか……。
無敵の無気力カップルが一日限りの復活をし、二人の連携で依頼を手早く処理していたっけ。
「本当に良い結婚式だったな……っと」
アクアレイン家から持ってきた家財を運ぶ。
ここに引っ越す時、セシリアと選んで家具を買った。
半同棲もしていたけど、完全に二人暮らしをするとなると話は別となるわけで。
こうして引越し作業を二人で進めていると。
「結構、早く終わりそうだな」
「お泊まりの度に部屋の模様替えは進めていましたし。ヨウキさんがよく働いてくれるので」
「そりゃあ、奥さんの住む部屋の準備だし、はりきるでしょ。これでセシリアもこの家の住人ってことで」
「今までは仮だったんですね」
「これから本妻としてよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。……一旦、休憩してご飯にしましょうか。朝から作業を続けていますし」
「そうしよう。手伝うよ」
「では、皿だけ用意してもらえますか。あとは私が準備するので休んでいてください」
料理も手伝おうとしたのだが、引越し作業でよく働いてくれてお礼も兼ねてるから、と言われてキッチンを追い出されてしまった。
皿を用意してから大人しくソファに座って休む。
エプロンを着け、てきぱきと動いて料理するセシリアを見ているとこう……。
「俺たち結婚したんだなぁ」
ここ数日で何度も実感した。
一緒に朝食を食べて、二人で仕事のために家を出て。
お互いに迎えたり迎えられたりして夕食を食べて、談笑して寝る。
慣れるまでどれくらいの期間がかかるのだろうか。
まあ、慣れることが良いことなのかはわからないけど。
これが贅沢な悩みってやつなのかもしれない。
そんな思考を繰り返していたら、セシリアの料理が完成。
「昼食後も頼りにしてますから。たくさん食べてください」
「よーし。食べるぞー……の前に。行ってくるわ」
「はい」
セシリアが用意した料理は三人分だ。
俺は一人分の料理が乗った皿を持って客間へ向かった。
これは俺やセシリアの分ではない。
「入るぞー」
部屋のドアを開けるとそこには全身を包帯で巻かれた状態でベッドに寝かされているソレイユの姿が。
「……本当にすみません。少しでも体が動くようになったらすぐに出て行きますから」
「いや、重傷の身で何を言ってるんだお前は」
勝手に出てきそうで怖いし、縛り付けておいた方が良いかな。
あとでセシリアと相談しよう。
何故、ソレイユがこんな姿になったのか。
それは俺とセシリアのために動いてくれたからだ。
ユウガとミカナの結婚式で攻めてきた帝国の勇者ミラーが今回も現れるだろうと。
確信を得ていたソレイユは一人で調べて、ミラーの目撃情報を掴み。
俺たちの結婚式の邪魔にならないよう、蒼炎の鋼腕としてミラーに挑んだらしい。
だが、前回以上に体に改造を施したミラー相手に防戦一方になったソレイユ。
それでも退くことはせず、ユウガが着いた頃には満身創痍だったとか。
愛を力に変える勇者ユウガによってミラーは倒されたが、重傷を負った蒼炎の鋼腕は仮面を取ることを頑なに拒否。
ユウガとミカナが困っていたところに俺たちが駆けつけたと。
その場でセシリアと俺で治癒魔法はかけたが、完治までは無理。
大人しく治療院に入院を勧めたんだが。
「クラリネス王国に単身攻めてきたミラーを僕が足止めして重傷を負ったということを世間に知られては非常に面倒なことになります」
などと言い張り、入院を拒否。
まあ、言いたいことはわかるけどさ。
だからって自分の宿に戻ろうとするかね。
満足に歩けない身で何を言ってるのかと、俺とセシリアで説教し、こうして療養していると。
「ほら、セシリアが用意してくれた昼食だぞ。食べろ」
「一時は結婚を願った女性が作った料理を恋敵に食べさせられるなんて経験はこの先二度とできない経験ですね」
「怪我の具合的にまだまだ経験できそうだけどな」
杖をついてようやく歩けるくらい。
食事は介助が必要と。
勝てないと分かっても撤退せず、こんなボロボロになるまで戦ってくれて。
「本当に……ありがとうな……」
感謝の気持ちが出過ぎて泣きそうになりそうだ。
ソレイユの口元へ持っていったスプーンが震えてしまう。
介助はしっかりやらないと。
「もう僕はどういう感情を持って食事すれば良いのか分かりませんよ」
ソレイユは混乱しながらもセシリアの食事を完食。
食欲は衰えていないなか、食べるのが早い。
まあ、食わないと回復しないし良いんだけどさ。
「とても美味しかったとセシリアさんに伝えてください」
「セシリアが作った料理だからな。美味しいのは当然だろう。礼はしっかり伝えておくよ」
「はい。……おそらくセシリアさんのことですから、ヨウキのことを待っているかと。早く戻った方が良いですよ」
「そうだな。それじゃ安静してるんだぞ」
早く食べたのは俺とセシリアに気を遣ったんだな。
食欲は関係なかったらしい。
聞くのは野暮なので触れることなく、部屋を出る。
ソレイユの言う通り、セシリアは俺を待っていた。
テーブルに並べられた食事に手をつけず、戻ってきた俺に視線を向けている。
「ソレイユさんはどうでしたか」
「食事は完食したよ。やっぱり、杖をついての移動はできても、スプーンは持てないかな」
「ひどい怪我をしてましたからね……。本当に真実を隠すつもりなのでしょうか」
「手が使えるようになったら、真っ先に父に手紙を書きますって言ってたな」
療養中とは言わず、俺たちの結婚、ユウガの覚醒、ミラーについて等。
怪我のことは伏せてもう少し調べたいので、ミネルバに滞在すると連絡を入れるそうだ。
正直、俺的には明日にでもこの家から出ていきそうな雰囲気を感じているんだけど。
「ソレイユ、ちょっと怪しいんだよね」
「何がですか?」
「勝手に家から出ていきそうでさ。どうもここにいたくないっていうかさ」
「それはまあ……そうなりますよね」
俺とセシリアは気まずそうに視線を逸らす。
俺だって怪我をしているとはいえ、新婚の家に転がりたくない。
ましてやソレイユは恋のライバル的な時期があったし。
俺もセシリアも追い出す気はさらさらなく、完治するまで面倒を見るつもりだが。
「ソレイユの精神が持つか……どうかした?」
セシリアが俺を見て微笑んでいることに気づいた。
思案中の顔が面白かったのだろうか。
「いえ、ヨウキさんらしいなと思っただけですよ。こうして結婚してもヨウキさんは変わらず、誰かのために真剣に悩み行動しようとしているな、と」
「ソレイユは恩もあるし。もちろん、第一優先はセシリアだから」
奥さん蔑ろにするとかあり得ないからな。
「それは嬉しい申し出ですが……私ばかり優先してヨウキさんらしさを失わないでください。結婚したばかりの夫が急に変わってしまったら困りますから」
奥さん第一優先発言が裏目に出た。
結婚して早速、奥さん困らせる夫ってダメじゃね。
「それはそうだけど。まあ、結婚したんだし気持ちセシリアを優先する的な」
「気持ち……ですか?」
「いやいや、やっぱり第一優先で……って、セシリア俺で遊んでない?」
微笑むのとは別の笑みに見えるぞ。
指摘されると観念したのか、すみませんとまず謝罪された。
「ヨウキさんの反応が面白くて……怒ってますか」
「いや、シークの悪影響を受けたってことにするよ。今度、シークに会ったら説教するから、大丈夫」
「それはシークくんに申し訳ないのでちょっと……」
「なら、今度一緒に出かけたら服を一着選んでもらおうかな」
セシリアってセンス良いし。
俺の趣味に合わせると厨二全開になることがあるからな。
「良いですよ。お互いに休みを合わせて出かけましょうか」
「ああ、よろしく……?」
ここで聴覚強化を発動……やはり、杖をつく音が聞こえたのは間違いではなかったか。
扉の前にソレイユがいるな、どこから会話を聞かれていたんだろう。
「やはり、僕は邪魔ですね」
そんな呟きが聞こえてしまった。




