挨拶してみた
セシリアの準備がもう少しかかるらしい。
男はタキシードを着て終わりだが女性はそうじゃないもんな。
俺は先に式場へと入り招待客に挨拶することにした。
デュークたちは少し遅れてくるらしい、新郎一人で挨拶をしろと。
招待客と言っても俺とセシリア共通の知り合いしかいないのだが。
慣れない真白なタキシードを着てうろうろしていると。
「……ヨウキ、か」
「ちょっと間があった理由は聞かないでおくよ」
レイヴンが鎧姿ではなくフォーマルなスーツを着こなしている。
考えてみればハピネスのやつ、レイヴンの隣にいなくて良かったのか。
「イレーネさんも一緒って……珍しい組み合わせだな」
「……珍しくもないだろう。職場が一緒なんだから」
「あっ、そっか」
イレーネさんは常にデュークと一緒のイメージが強くてな。
騎士団長と騎士の上下関係だったわ。
イレーネさんももちろん、ドレスを着ているわけだが……何故、一言も話さずぷるぷると震えているんだ。
「……デュークと一緒にいたいみたいだが今日はヨウキの家族枠で参加するからな。だから、頑張って自重しているらしい」
涙目で震えているイレーネさん。
本当はデュークに抱きつきに行きたい衝動を必死に押し殺しているのだろう。
「隊長さん、お幸せに」
「あ、ありがとう。でも、涙目で言うのはやめような」
事情を知らない人が見たら、変な誤解を受けるからさ。
「ヨウキくん!」
ほら、一番厄介な勇者が来ちゃったよ。
視線を向けるとそこには地味な色のスーツを着ているはずなのにきらきらとオーラを出して目立っているユウガがいた。
「まさか、君が自分の結婚式で女性を泣かせているなんて……どうして、結婚前に女性関係を整理しなかったのさ」
「俺はお前との関係を整理すれば良かったよ」
「はいはい。漫才はその辺にしておきなさい」
ミカナが止めに入り、ユウガとのやり取りは強制終了。
てか、漫才って……。
「冗談だよヨウキくん。その子はヨウキくんの知り合いの彼女さんだ。確か新婚旅行で護衛してくれた騎士……で合ってるよね」
「合ってるぞ。というか、冗談か。俺は普通に本気で責めてきたと思ったわ」
「僕だって成長してるんだよ」
「……セシリア以外の女性と関係を持ってるわけないって確信があったから、でしょ」
「成る程。今の会話でユウガの成長は証明できないということだな」
「酷くない!?」
ミカナとの連携で地に伏せるユウガ。
少しだけきらきらが減った気がする。
主役の俺やセシリアよりも目立ってるし、少し落とした方がちょうど良いか。
レイヴンもその辺を察したのかフォローしない。
ただ、ここにはそういった事情を把握していないエルフ騎士がいるわけで。
「だ、ダメですよ。勇者様を虐めるのは……こういう時、デュークさんは隊長さんを止めていたはず。デュークさんが近くにいない今、私が頑張らないと……」
イレーネさんがやる気を出そうとしている。
ダメだってドレス着てヒールを履いてるのに思いっきり踏み込んだりしたら。
「あ、あうっ!?」
案の定こけてしまったイレーネさんが俺に向かって飛び込んでくる形に。
このまま抱き止めるしか……。
「危なかったですね。慣れない服装で走るのは控えた方が良いですよ」
横からソフィアさんが颯爽と現れてイレーネさんを抱き抱えて救出。
ソフィアさんもドレスを着ているというのに。
さすが、メイド服で戦闘をこなすだけあるな。
「は、はい。すみませんでした」
「今日、ヨウキ様の胸の中は予約が入っておりますのでお気をつけください」
「俺とセシリアへの気遣いもあったのか……」
「おう。早速、面倒なことになりそうだったみてーだな」
ソフィアさんに続き、クレイマンも登場。
あくびをしながら、こちらに近づいてきた。
怠いというか、すごく眠そうだな。
「昨日、夜更かしでもしたのか」
「違うわ。今日、休みを取るために残業したんだよ。全く、残業も休日出勤も好きじゃねぇっつーのに」
好きじゃない残業してまで参加してくれたのか。
そこまでしてくれたのならば、この式の主役として感謝の言葉を贈るべきだな。
「あなた。ヨウキ様とお嬢様の式であくびをしながら挨拶をするというのは……違うと思うのですが」
ソフィアさんの冷たい視線がクレイマンに突き刺さる。
これはクレイマン……やらかしたやつだぞ。
「ちよっと待てソフィア。こんなのはいつもの挨拶みたいなもんで……」
「本日はそのいつも、が該当されない大切な日に該当するかと。……少しお話ししましょうか、あなた」
俺の擁護は間に合わず、クレイマンは抵抗虚しく引きずられていった。
これから式場でのマナーを叩き込まれるのだろう。
ソフィアさん、なるべく穏便に頼むよ……。
「な、成る程。あれは参考にするべきかもしれません。デュークさんに引っ付いてるだけじゃなくて、引っ張る側にもならないと」
「……いや、イレーネはそのままで良いと思うぞ。急に態度を変えたらデュークも困惑するだろうし」
「本当ですか。普段と違ったことをしないと行けない時ってないですか。飽きられたりしないでしょうか。……うぅ、デュークさんに聞くのが一番早いのに」
デュークがこの場にいたら、そのままでいいっすよ、とか言いそうだ。
そんな一度覚えた不安にあたふたしているイレーネさんはドレスの裾を踏んでしまい。
「あっ……わわわ!?」
「……危ない」
そのまま、料理が並べられたテーブルに向かって転びそうになったところを間一髪でレイヴンが救った。
腕を掴んで引っ張ったため、抱き締めているような形になってしまったけど……これは良くない。
「……美味」
その光景をハピネスが料理をつまみながら、無表情で見ている。
もう少し控え室で待機していれば良かったのに。
どうしてくれるんだよ、この空気。
「……移動」
「……ま、待てハピネス、俺も行くぞ」
「……料理」
「……そうだな、向こうのテーブルにハピネスが好きそうな料理があったはずだ」
レイヴンが必死にハピネスをエスコートしようとしている。
イレーネさんを抱き止めたところをがっつり見られたからな。
ハピネスは特に気にしていなさそうなのに……レイヴン、焦りすぎ。
「……私のせいですよ、ね?」
イレーネさんは自分が原因でレイヴンとハピネスが雰囲気が悪くなったと思いショックを受けている様子。
そこまで思い詰めることではないと思う。
まあ、俺が励ます必要はないな。
「はいはい。イレーネはこっちに行くっすよー」
「デュークさん……私はまた迷惑をかけてしまいました」
「見てたから知ってるっす。あの二人も偶にはああいう雰囲気になった方が二人のためっすから、気にしないっすよ。俺がこれからも支えるっすから」
「あ、私はまた引っ張られる側なんですね」
イレーネさん、引っ張る側になれず。
デュークに腕を引かれて行った。
デュークの側にいればドジっ子もいつか直るさ。
「ふーん……」
ミカナが引きずられていったクレイマンを見て何度も頷いている。
あれは……ソフィアさんを参考にしようとしているのか。
ユウガも最近良くなってきたとはいえ、色々とやらかすからな。
俺もセシリアに連行されたことあるし、ミカナも真似て良いのでは。
「ミカナ、僕たちは僕たちの夫婦の形があるよ」
何かを察したユウガがミカナの両手を握り、必殺の勇者の微笑みを繰り出した。
慌てることなく、キラキラオーラ全開で話を逸らそうとしてる。
どう見てもその道に行ってほしくないだけだろ。
惚れた弱みに付け込む気か。
ミカナは幼い頃からユウガが好きだったとはいえ……さすがにさ。
「さてと。あっちにはどんな料理があるのかしら」
ミカナは少し意地の悪そうな笑みを浮かべつつ、クレイマンが引きずられていった先を見つめている。
「いやいや、ミカナ。こっちに行こう。うん、その方が良いよ絶対に。お腹の子のためにもね」
お腹の子、関係あるか?
疑問を口にする前にユウガは強引にミカナを連れて離れていった。
「シークは……あー、囲まれてるな」
姿を現さないシークを探したらすでにガールフレンドに囲まれている。
式場でもあの四人はぶれないな。
クインくんの姿が見えない、カイウスのところに行ったか。
「そろそろセシリアも来るだろうし、自分の席に座っておこう」
このまま何も起こらなければ良いんだけど。
少し気になったので聴覚を強化して式場の外がどうなっているか調べてみることにした。
きっといつもの喧騒が聞こえてくるはず。
そう祈って集中してみたら。
「大変、大変、大変、大変だー!」
俺の耳に聞こえてきたのは大変大変と口走るウッドワンの焦った声だった。
やっぱり、平和的に終わらないのか。




