新郎になってみた
十日という日数はこんなにもあっという間に過ぎるものなのか。
気がついたら結婚式当日の朝というこの状況。
昨日の内にやるべき準備は終わらせたので、まずは式場に向かわないといけない。
セシリアは馬車で向かうのだろうけど。
俺は普通に歩いて向かっても良いのだろうか。
ユウガほどの有名人ではない……はずなんだけど。
前よりは減ったけど、未だに情報屋が跡をつけてくることあるからな。
「こうなったら魔法で姿を消して行くか……?」
一人で作戦を考えていたら、扉をノックする音が聞こえた。
今日は大事な日なのに……誰だろう。
扉を開けるとそこにいたのは。
「はっはっは、久しぶりだね」
「おはようございます」
「カイウスと……シアさん!?」
いつもなら棺桶に入ってカイウスに背負われて移動しているのに。
陽の光を浴びたらダメなんじゃなかったのか。
「それについては簡単に説明するから、上がらせてもらっても良いかな」
「あ、どうぞ」
玄関前で話すことではないな。
急いで二人を家の中へと案内する。
この時期に来たってことは結婚式に参加するためと思って良いんだよな。
カイウスにはかなり相談にのってもらったし、来てもらえて嬉しいけど……シアさんは大丈夫なのか。
「ええっと……?」
「困惑するのも無理はない。我が最愛のシアのことだろう。彼女にとって陽の光の下で行動するのは大変危険な行為だ。しかし、彼女がどうしても今回、参加がしたい、棺桶の中から見るのは嫌だと言ってきてね。厳しい訓練をして短時間なら平気になったのさ」
自分のことのように得意気に話すカイウス。
口元もかなりにやけているので余程嬉しいんだろう。
しかし、訓練次第でどうにかなるものなのか。
……そもそも結婚式は式場でやるし、そこまでする必要はなかったのでは。
「人目を気にしない真夜中のデートも良いが……やはり、明るい昼間にするデートも捨てがたいな。愛しい君との時間を見せびらかすのも悪くない」
「デートは見せびらかすものではありませんよ、カイウス。……私は二人でいる時の方が好きです。周りの目はちょっと……」
「はっはっは、もちろん私も二人きりの方が好きだよ。……君のことを独り占めにできるからね」
「も、もう……カイウスったら」
この二人は何しに来たんだろう。
わざわざ人の家にいちゃつきに来たのか。
「あのさ。俺これから……」
「わかっている。結婚式だろう」
「だよな。わかってるよな!?」
先程まで二人の世界へ行ってそのまま、帰ってこなさそうだったからさ。
わかっているなら良いんだ。
シアさんが何かを察したらしく、何度もすみませんと頭を下げている。
別に迷惑をかけられたわけじゃないからさ。
そこまで謝らなくても。
「さて。シアが私の分まで謝罪したところで本題に入ろうか」
「それで良いのかよ、カイウス。……で、本題って何だ」
「もちろん。ヨウキの手助けをと思ってね。私が思うにどのような方法で式場まで行こうか悩んでいるんじゃないかい?」
察しが良すぎないか、この恋のキューピッド。
いきなり訪ねてきたと思ったら、ちょうど悩んでいたことを当ててくるとか……怖すぎだろ。
実は家のどこかに潜んでいたんじゃないのか。
「こんなこともあろうかと準備をしてきたのが……これさ」
「これです」
カイウスが背負っている棺桶をおろし、二人仲良く両手を広げて披露してくる。
いや、いつもシアさんを入れてる棺桶だよな。
手助けって……まさか。
「私とシアがヨウキを安全に確実に式場まで送り届けようじゃないか」
「任せてください」
「いやいやいやいや!」
棺桶に入れられて運ばれる新郎って何だよ。
つーか、こんなんで運ばれたらどう考えても目立つだろ!
「はっはっは、ヨウキは勘違いをしているな。私が背負うのはシアだけさ。彼女の全てを支えると誓ったからね」
「カイウス……」
「それ、もう良いから!」
話が進まないから逐一、いちゃつこうとするのやめてくれ。
「おっと、すまないね。……それでだ。私とシアが送り届けると言っただろう。その答えが……これさ」
カイウスが指し示した場所をよく見ると……車輪があった。
四角それぞれに付いてる……ああ、なるほどね。
「理解したようだね。では、入りたまえ」
「入りたまえじゃねーよ」
改造された棺桶のことは理解できたけど。これに入って移動することを了承するのは別だわ。
「私たちの考えたヨウキへの支援がこれなのだが」
「これなら魔法で姿を消して式場まで移動した方が良いわ」
その方が誰の目にも止まらないから、足止めされず安全に行ける。
俺の作戦に待ったをかけたのが……シアさんだった。
「あの、それって後々問題になると思うんですけど」
「問題って何がですか?」
「誰も姿を見かけていないのに気がつけば式場にいるって怖くないですか。今、ヨウキさんて有名人なんですよね」
「あっ……」
「さすがに移動した方法が全くわからないのはまずいと思うんです。でも、私とカイウスの方法なら……実は棺桶で運ばれましたーってなると思うんですけど」
だめですか、と首を傾げるシアさん。
確かに、と納得してしまった自分がいるので拒否ができない。
「我が最愛の人が最高に可愛く提案しているのだが……どうするかね」
そして、カイウスがちょっと怖い。
まさか断らねーよな的なオーラを感じる。
俺に不利益はなく、むしろありがたい提案だし。
「お言葉に甘えよう……かな」
結局、俺は式場まで運ばれることになった。
体を丸め、棺桶の中で声を殺してじっとしているのは中々にきつい。
ガラガラと車輪が回る音と街を行き交う人々の声がかすかに聞こえる。
それに加えて……。
「大丈夫かい、シア」
「だい、じょぶ、です」
「日傘は常に差していなさい。ここは強がる場面ではないよ。結婚式中に倒れるのは嫌だろう。辛かったら私が一人で運ぶからね」
「わかって、ますよ。でも、がんばり、ます」
「普段なら有無を言わさず棺桶の中に押し込めるところだが……今日は君のわがままを聞こうかな。もちろん、限界だと判断したらお姫様抱っこで君を式場から連れ出すからね」
「そうならない、ため、にも……早く、式場にっ……!」
「そうだね。君のためにも……ヨウキのためにも急ごうか」
シアさん、ごめん。
そんなに辛い作業になるとは思ってなかった。
棺桶から飛び出し、もう自分の足で歩くよと言いたい。
だが、それをしてしまったらシアさんとカイウスの苦労が水の泡になってしまう。
このまま運ばれるしかないんだよなぁ。
式場までトラブルに遭遇することも、俺が運ばれているとばれることもかなかったけど、罪悪感で胸が一杯になった。
「隊長、やっと来たっすね……って、どうしたんすか、その顔」
「いや、罪悪感が結構……」
式場に着いた途端、シアさんはカイウスに運ばれて行った。
頼むから結婚式が始まるまでに回復してくれ。
ふらふらとした足取りで控室に向かったら、元部下三人が出迎えてくれた。
「これはあれだねー。きっと女の子を泣かして来たんだよー」
「うぐっ!?」
シークの鋭い一言が俺に突き刺さる。
泣かしてはいない……が、大変な目には遭わせた。
「結婚式直前に女性を泣かしたって……まさか、昔の彼女とかじゃないっすよね!?」
「うわー、隊長がやらかしたー」
「……不潔」
「ハピネス、お前の言葉が一番傷つくから止めろ。というか、そういうのじゃないからな!?」
昔も今もこの先も俺の隣にいる女性はセシリア一人だっつーの。
「そんなことわかってるっすよ。本気で言ってるわけないっす」
「隊長って一途だもんねー」
「良かった……で、ハピネスは何か言うことないのか」
下げてから上げる流れなはずなのに一言もないのはおかしくないか。
「……安心、お嬢様」
「セシリアが安心って……」
「ハピネスは隊長が一途で浮気とか絶対にしないだろうから、セシリアさんは安心できるって言いたいんすよ」
「隊長がハピネス姉の言葉を読めないのめっずらしー」
「これは後日、会議案件っすねぇ」
「……あー、その」
悪い、と言おうとしたところで止まる。
こういう時はお礼か。
「ありがとう、な」
「……おめ」
どうにもくすぐったい感じがする。
いつも三人揃っていじってくるから、どうにもこのなれない空気感で妙な気分になるというか。
「ほらほら。呆けてないで新郎は着替えるっすよ。セシリアさんは一足先に準備してるんすから」
「新婦よりも準備が遅い新郎って良くないと思うよー」
「……同感」
「着替えは迅速かつー」
「……的確」
「遂行するっす」
「おい、それ俺の決め台詞……わかったから押すなって!」
三人に背中を押されて衣装部屋へ入る。
そこには新郎用のタキシードが用意されていた。
早速、着替えて衣装部屋を出たら想定内の反応が。
「おおー、隊長。に、似合ってるっす、よ」
「真っ白なタキシードー……うんー?」
「……黒、無」
「笑いたければ好きなだけ笑え」
新郎の衣装は真っ白なタキシードと決まっている。
黒雷の魔剣士を名乗り、ほぼ黒一色な衣装で依頼をこなす俺が真っ白なタキシード。
俺だって思っているさ、違和感が仕事をし過ぎていると。
「隊長、そんなことはないっす。めちゃくちゃ似合ってるっすよ」
「そうそうー、いかしてるー」
「……同意」
顔を隠しながら褒めてくるとか、怪しさ満点だな。
ここは素直になってもらおう。
「なあ、緊張しないためにも俺はいつも通りに接してほしい。本心はどうだ?」
「浄化されてないのに浄化されたみたいな感じが出てるっす」
「無駄にきらきらしてるように見えるよー。無駄にねー」
「……混乱」
「あっ、それっすね」
「ハピネス姉さっすがー」
「……満足」
「さっきの感動は消えたけど緊張はほぐれたから、言うことないわ」
三人ともいつも通りで安心したよ。




