自慢してみた
「ついに俺も結婚か。いやぁ、四人で生活していた頃が懐かしく感じるな」
「そうっすね」
「まあ、現段階で半分同棲しているようなもんだし。新婚生活が始まっても、セシリアの前ではあまりはしゃぎ過ぎずに行くべきだろうな。夫として余裕を見せないといけないし」
「そうっすね」
「これを機に髪型を落ち着いた感じにするのもありかもな」
「そうっすね」
「……なんか反応冷たくね?」
「急に呼び出されて結婚式の日取りが決まった、これからどうするか……っていう話を何回も聞かされたら、俺と隊長の仲とはいえ、塩対応にもなるっすよ」
そうぼやいたデュークは一口大にしたケーキを口に入れた。
セシリアとの結婚式が決まったと言う話を聞いてから数日が経った今日この頃。
気分が舞い上がっている俺は休みのデュークを呼び出し、いつものケーキ屋で自慢話を延々と繰り返していた。
「いや、結婚式はもちろんするつもりだったさ。でも、まさかこんな急に決まるなんて思ってもいなくて。心の準備は万端だけどな!」
「あー……嬉し過ぎてよくわかんない感じになってるっすね。これはどうしたものか悩みどころっす」
「ふっ、何を言っているんだデュークよ。俺は正常だ。少し……いや、ものすごく気分が良いだけさ」
「これはもうセシリアさんを連れてきた早そうっすね」
「セシリアに会えるのか!?」
「重症すぎっすよ。てか、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか判別つかないっす……」
デュークは深くため息をつき、やけくそ気味に残っていたケーキを口の中へ。
おいおい、アミィさんのケーキだぞ。
もっと味わって食べろよ。
「そういや、結婚式といえばウェディングケーキだよな。いつもお世話になっているし、アミィさんとアンドレイさんに頼めないかな」
急な注文になるし、結婚式の段取りを決めたセリアさんもすでに別のパティシエに注文しているだろう。
望みは薄いが確認してみるくらいなら……。
「それなら大丈夫っすよ。ウェディングケーキはこの店のお二人に頼んであるんで心配無用っす。前に言ったじゃないっすか」
「そっか、そういえば聞いたな確か。セシリアとも何度も来ている思い出深い店だし、是非お願いしたかったから助かった……うん?」
っていうか、どうしてデュークが俺とセシリアの結婚式のウェディングケーキの手配をしているんだ。
「なあ、デューク」
「なんすか」
「お前は俺とセシリアの結婚式の日程を今日、知ったんだよな」
「違うっすよ」
違うってどういうことだよ。
俺がデュークを呼んだのは自慢話をするためだけじゃない。
日程についてお知らせ的な意味合いも込めて集まったのに……既に知っているとは。
「動いていたのはセシリアさんのお母様だけじゃなかったってことっすね。そもそも隊長、セシリアさんから結婚式の日時はいつって聞いたっすか」
「……十日後」
下手に時間をかけて周りが騒ぐ前に結婚式をしようということらしい。
「そんな急に結婚式あるって言われても予定を合わせるの難しいって話になるっすよね」
「まあ、それはそうだよな。……ということは」
「隊長が招待したがってる人たちはもう結婚式のことは知ってるっすよ。全員の予定を合わせて日程を決めたんで」
「そんなことある!?」
俺って自分の結婚式なのに日程を関係者の中で最後に知ったことになるのか。
「ちょっと待ってくれ……現状を理解するための時間が欲しい」
「そんな難しい話じゃないと思うんすけど。……もしかしてこの後、ハピネスやシークのところに行こうとしてたとか」
「正解」
日程が決まったと自慢……報告しに行く予定だったよ。
こんな話されたら行ってもさ。
「ハピネスからは……既知。シークからはもう知ってるよーん、とか言われて終わりだな。くっ、この幸せを新鮮な気持ちで分かち合える仲間はいないというのか……」
軽くショックを受けた俺は頭を抱える。
これは結婚式当日の祝福に期待するしかないな。
いや、セシリアと結婚式の日程が決まったという揺るがない事実があれば……。
「そうだ、これ以上のことを望むなんてやめよう……」
「一人で悩んで勝手に解決して悟りを開いたような顔になる。本当に今日の隊長はよくわかんないっすね。そんな隊長に朗報なんすけど……隊長の知り合いで結婚式の日程を知らない人が一人だけいるっす」
「何だと。それは誰だ、早く教えろデューク」
「ちょっ……テーブルから身を乗り出すのやめるっすよ。教えるっすから」
俺の気迫に押されたデュークから、まだ結婚式のことを知らない者の名前を聞き出す。
名前を聞いてある程度納得をした俺はデュークに別れを告げ、その者の元へと向かった。
ちなみにケーキ代は俺持ち、話を聞いてもらったお礼である。
そして、俺の知り合いで結婚式の日程を知らされていなかった者は……。
「あれ、ヨウキくんじゃない。今日はどうしたのさ」
我らが勇者ユウガだ。
「ユウガ、今日ほどお前が友人であって良かったと思った日はないぞ」
「急に家に来て何の話!?」
「これはお礼のケーキだ」
「お礼って。僕、何かした覚えないんだけど……ありがと」
困惑しながらもユウガはケーキを受け取ってくれた。
立ち話をしていては目立つので、家に上がらせてもらう。
リビングにミカナの姿はない、ユウガ一人なのか。
「ミカナはセシリアの家に行ってていないんだ。もうすぐ帰ってくるかな」
「そうなのか。……なら、もうすぐ迎えに行くのか」
光の翼を生やしてミカナを横抱きにミネルバを飛び回る勇者の姿は最早、珍しいものではなくなっている。
最初は騒がれていたが……今では勇者夫婦か、今日も仲が良いなくらいだ。
まあ、俺も最近はやっていないけどセシリア横抱きに屋根の上を駆けていたからな。
「ううん。今日はセシリアに送ってもらうって言ってたよ」
「へぇ……それで納得したのか」
ユウガなら絶対に迎えに行くと言いそうだけど。
「セシリアに馬車で送ってもらえるから、偶には家でゆっくり過ごしなさいって言われちゃった。僕としては迎えに行きたかったんだけど。友人との時間を邪魔したくなくて、納得したんだ」
束縛し過ぎず、ミカナのことを考えているんだな。
「ゆっくり過ごす予定だったのなら、急に押しかけて悪いな」
「ううん。別に大丈夫だよ。家事も終わって一息つこうとしていたところだったからさ」
「そうか。実はな。今日は重大な報告があってさ。俺とセシリアの結婚式の日程が決まったっていう……」
「おめでとう!」
言い切る前に俺の両手を握って祝福の言葉をかけてきた。
これは完全に今、知ったという反応。
そうそう、この新鮮な反応が欲しかったんだ。
「結婚式するとは聞いていたけど具体的な日程は決まっていなかったもんね。本当におめでとうヨウキくん」
「お、おう。ありがとうな。それで……」
「ようやく、ヨウキくんもセシリアと夫婦になるんだね。今でも半分同棲みたいな暮らしをしているって聞いたけど……結婚したら見える景色も変わってくる。いや、変わらないといけないんだ。僕は何度も失敗してミカナを困らせちゃった。そういう時に気づかせてくれたのがヨウキくん、セシリア、レイヴンといった友人たちだったよね。何度も迷惑をかけた僕が何を言うんだって話かもしれない。だけど、困ったらいつでも相談にのるからね」
頼りになる友人オーラ全開の勇者は様々な助言や励ましの言葉を贈ってきた。
俺の話すターンが……来ない、ずっとユウガが話している。
息継ぎのタイミング、話の切れ目を狙おうにも隙がない。
お茶の用意や土産として買ってきたケーキを取り分けながらも話すことはやめず。
気がつけば俺はああ、おう、うん、ありがとう、という言葉しか返さなくなっていた。
そんな首振り機械となっていた俺に救世主が現れる。
「ただいまー……って、あら、お客さんね。悪いけど今日はアタシがセシリアと一緒に過ごさせてもらったわよ」
にやにやしながら、冗談を言ってくるミカナ。
いつもなら、嫉妬心むき出しに羨ましい……返すものだが。
「帰ってきてくれて……ありがとう」
「どういう感謝なの、それ。もしかしてユウガが何か……」
「ねえ、ミカナ聞いてよ。ヨウキくんとセシリアの結婚式の日程が決まったんだってさ!」
祝福してくれるのは本当にありがたいんだけど、会話を遮るのはやめてくれ。
ミカナも状況を察したらしく、苦笑しながら軽く何度も頷いている。
俺ではユウガのコントロールは無理なので、ミカナに任せることにしよう。
「知ってるわよ。式場の予約をしたのアタシだからね」
「ええっ!?」
驚くユウガにミカナは現状を説明。
ユウガ以外は俺とセシリアの結婚式のために動いていたこと、めぼしい招待客は誘い済みということを報告。
ユウガは結婚式の準備に何も協力できなかったこと、そもそもどうして自分だけが知らされていなかったのかに納得できず。
「ヨウキくんとセシリアの結婚式の日って二人で出かけるから予定を空けておいてって言ってた日じゃない」
「そうよ。二人で出かけることに違いないでしょ」
「それはそうだけど……」
「ユウガからしたら、自分だけ仲間外れにされたって思っているんでしょ。……ごめん、アタシからみんなに頼んだのよね。こういう時、ユウガって結構無理すること多いじゃない」
無理して動いて体を壊すか、それともはりきり過ぎて空回りするかだな。
それでも今のユウガなら変な失敗はしないように見えるけど。
ユウガ的には何かしたかったんだろう。
俺的にはユウガが知らされていなかったからこそ、新鮮な反応を見ることができたわけで。
「ヨウキくんが訪ねてきた時、妙に機嫌が良かったのは僕だけが結婚式の日程を知らないって知ってたからなんだね」
「まあ……正直、事情を知らない知り合いからの反応が欲しかったんだ。すまん」
「そこは気にしなくて良いよ。準備に参加できなかった分、役に立てたと思えばね……そうか。結婚式は準備だけじゃない。ヨウキくん、当日、どんなことが起ころうとも僕が絶対に二人の結婚式を守るから」
「何か起こるって前提で話すのをやめろ」
守らないといけないような状況になって欲しくないんだよ。
「大丈夫、ヨウキくんは安心してセシリアの隣に座っていれば良いから」
「そういえばセシリアから聞いたわよ。結婚式の日の約束。すごく嬉しそうに話してたわ……セシリアを悲しませたら許さないわよ」
「わかってるよ」
約束を破ったりはしないさ。
何か起こったりしたらそこは……目の前の張り切ってる勇者に任せるとしよう。
何事も起こらないのが一番なんだけどさ。
「あと、一部の貴族の間であんたよりもセシリアの方が強いっていう噂が流れているみたいで。噂の元を辿ったら、あんたがある貴族の令息に話したことが原因みたいなんだけど」
レストールくん、何してくれてんの。
純粋な戦闘力の話じゃないって説明しただろうに。
「セシリアがその件について近々、話を聞きに行くって言ってたわよ」
「あー……」
これは確実に説教されるやつだ。
しっかりと口止めするか、話すにしても真実を伝えるように言うか。
あの時に対策を怠った俺が悪い。
……まあ、セシリアに頭が上がらないっていうのは事実だ。その辺は否定しなくても良いのではないか。
後日、セシリアが訪ねて来たのでその旨を伝えたら、そういう問題ではないと言われてしまった。
結婚式目前に説教……これも俺らしいと言うべきか。




