約束してみた
知らない間に結婚式の日取りが決まった。
目覚めたらデュークの兜事件の日に話し合ったのだろう。
覚悟はしていたけど、こうして唐突に聞かされると……な。
本心はめちゃくちゃ嬉しいけど、驚きが勝ってしまい固まってしまった。
聞いてすぐに抱きしめたかった……喜びを分かち合う的な感じで。
その機会を逃してしまい、俺は消沈。
いや、そもそも対面で座って食事している時点で不可能だった。
なお、俺がこんなアホな思考をしているとは知らないセシリアはというと。
「ヨウキさんが言葉に詰まるのも無理はありません。お母様と私で勝手に日程を決め、報告も今日まで遅れたのですから……」
俺が言葉に詰まったことから、怒っていると勘違いしたのか。
少し落ち込んだ様子で気まずそうに俺から視線を逸らしている。
これはまずい、俺は怒ってなんていない。
考えごとなどせず、素直に跳んで喜べば良かった。
わかりやすい反応を返せば良いのに……誤解を生んでしまったじゃないか。
「いやいやいや、そういうわけじゃないから。落ち込むの止めて! 俺、結婚式の日程が決まってめちゃくちゃ嬉しいから。これから夫婦になってセシリアと二人暮らしを始めてさ。生活していく上での決まりとか考えて支えあっていくのが非常に楽しみで……」
誤解を解くだけで良かったんだ。
焦ってしまったからか、俺は語ってしまった。
序盤の発言はまだかわいいものだったんだけど。
途中から言わなくても良い本音が漏れてしまったり……おかしい、厨二スイッチは入れてないんだが。
誤解が解けたのは良いんだけど、恥ずかしい発言を連発し過ぎせいでお互いに顔を合わせ辛い空気になってしまった。
これは俺の自爆が招いたこと。
つまり、俺が何とかしないとならない。
ここで繰り出すべき最善の一手は……。
「の、飲み過ぎた……かな」
必殺、慣れないワインが効いてしまった作戦。
それなら仕方ないねと納得してもらえるはず。
「……ほとんど口をつけていないように見えますが」
「えっ、あっ……」
あーんしてもらえないか、考えてたからな。
ワイングラスの中身は全く減っていない。
これはワインのせいにするのは無理があるぞ……。
「つまり、ヨウキさんはこれまでの発言はワインのせいで気分が高揚した結果、言ってしまったものだと。自分の本心から出たものではないということなんですね……」
少し悲しげな表情をして俺から視線を逸らす。
さっきよりも状況が悪化したんだが。
「違うから。これは……その、本心から言ってしまったからこそ。恥ずかしさのあまりワインのせいにしたくなった結果の発言であって。さっきまでの発言は忘れて欲しいけど、胸の片隅にそっと残しておいて欲しい的な」
「随分と難しい要求をしますね」
「俺も途中から何を言ってるのかわからなくなってきた。……まあ、まとめるとさ。俺は結婚式の日取りが決まってすごく嬉しい。セシリアが変に気を使う必要はないから」
「……そうですか」
少し納得してなさそうな返事だな。
もしかしたら、このご馳走も結婚式の日程を勝手に決めた負い目を感じ、用意したのかもしれない。
セシリアの不安を取り除くためにもっと俺が安心できるような言葉を伝えないと。
「ヨウキさんの気持ちは伝わりました。このまま私が引きずったままだと話が終わらなそうですし。ここはヨウキさんの優しさに甘えさせてもらいますね」
意気込んだところで話が終わってしまった。
セシリアの不安が無くなって良かったけど、この気持ちは何処へぶつければ……消化不良気味。
「セシリアが元気になってくれて良かったよ」
「ヨウキさんのおかげですよ」
ありがとうございます、と微笑み返してくるセシリア。
うん……この笑顔が見れたら良いや。
「せっかくのセシリアの料理が冷めたらもったいないし、食べよっか」
「はい」
話し合いも終わり食事を再開。
どの料理も美味しいから食が進む。
セーブしていた分、沢山食べようかな。
「ヨウキさん。食べながらで良いので聞いて下さい」
料理を頬張っているところでセシリアが話しかけてきた。
急いで飲み込もうとしたのだが、先手を打たれたな。
首を何度も縦に振り、わかったと伝える。
思い詰めた様子もないし、暗い話ではなさそうだ。
「結婚式の日は私の隣にいると……側を離れないと約束してくれませんか」
「ごふっ!?」
セシリアによる突然の奇襲により、むせる俺。
どうにか、口の中のものを出さずにこらえた。
いや、そんな当たり前のことをさ。
ちょっと顔を傾け気味の上目遣いという威力抜群な戦法を使って頼んでくるのかと。
考えろヨウキ、これは試されているんじゃないか。
かわいさの誘惑に負けず、正常な判断ができるかというテストが抜き打ちで行われているのでは。
もしや誰かの入れ知恵か、そうなんだな。
きっとハピネス辺りの仕業だろう。
ここであたふたする俺ではない。
びしっ、と決めて安心してもらおう。
「ふっ、結婚式で新婦の隣を離れる新郎がどこにいる。約束しよう。絶対に側を離れることは……一人にすることはないとな!」
完全に決まった……と思いきや、セシリアは目を細め何か言いたげな表情に。
成る程、厨二の勢いで誤魔化すなということか。
結構、似たような事例があるので間違い無いだろう。
ここからは簡潔に一言でまとめよう。
ちょっと場の雰囲気が妙な感じがするので咳払いをして切り替える。
誰だこんな空気にしたのは……俺か。
「あー……その、約束、するよ」
「少し言い方にキレがないように思えますが」
緊張からか歯切れが悪くなった。
厨二スイッチ切ったらこれか、しっかりしろ俺。
自分自身の逃げ場を無くす意味も込め、椅子から立ち上がり素早くセシリアの近くへ移動し両肩を掴む。
あとは言葉を……いや、待て。
食事中でワインも飲んでることを考えたら、近距離正面からってのはまずい。
結婚するのだし、こういうところでも気をつけてないといかんな。
正面からではなく、耳元に。
「約束する」
と、誓いの言葉を囁いた。
これなら文句はないだろう。
自分の席に戻って食事を再開……しようとしたところで腕を掴まれた。
まさかのやり直し三回目、ではないらしい。
「……ヨウキさんはああいうことを平気でやってくるから困ります。こっちも心の準備というものがあるんですよ」
「俺はセシリアの要望に応えたつもりだったんだけど」
配慮も含めた行動だったはずだが。
「そうですね。確かに私が欲しかった言葉をもらうことができました。予想外のこともありましたが、ヨウキさん相手なのでその辺は仕方ないですね」
「まあ、俺だし」
仕方ないと諦めてほしいが慣れるのは止めて。
反応が寒々しくなるのは悲しいからな。
「こういうやり取りが日常化するんですね。楽しみと不安が一つずつ増えた感じがします」
「それ、俺はどう反応すれば良いの?」
喜ぶべきか嘆くべきか微妙だ。
「冗談ですよ。……約束、覚えていて下さいね」
「はい」
「返事はああ、です」
「えっ、ああ……!?」
おかしくね、と思いつつ返事すると口の中に何か入れられた。
「強引だったかもしれませんが、さっきのお返しです。今日、一番の自信作なのですがどうでしょう」
ゆっくり咀嚼しつつ、あーんが叶ったことへ感謝。
もちろん料理は美味しかった。
「今日は……良い日だ……」
「今日も良い日と言えるよう、毎日頑張りましょうね」
「ああ」
「返事ははい、ですよ」
「はい」
理不尽とは思わない。
セシリアにしては珍しい、悪戯が成功した時のような笑みを浮かべているんだ。
この笑顔を目に焼き付けておくべきだ。
その後、席に戻って食事を再開したのだけど。
「……セシリア、どうかした?」
まだ食事の途中なのだが、両手で頬杖をついてこちらを見ているセシリア。
黙々と食べている俺を見ていても面白くないはずなんだけど。
「いえ、少しワインで酔ってしまったみたいです。私のことは気にせずに食べてください」
「それは……いや、わかったよ」
少し酔ってしまった、と言う割にグラスの中身はそこまで減ってない。
さっき俺が使った言い訳をあえて使ったらしい。
なら、これ以上つっこむのは無理だな。
機嫌の良さげなセシリアを見つつ、食事する。
早く結婚したいな……。




