口を開けてみた
良いところまで行っていたのに、最後の最後でソレイユの推理が外れた。
ほっとしたのが半分、そこまで行ったら正解しろよという気持ちが半分。
安心した気持ちもある分、こうして自分のことなのに全く会話に入らず。
セシリアの作った夕食を一人で黙々と食べているわけだが。
深刻な表情で決め顔発言をしたソレイユはセシリアの返答を待っている。
セシリアはどう返答するんだろう。
果実水をちびちびと飲んで成り行きを見守ることに。
そもそも話の当事者のはずの俺はこの立ち位置で合っているんだろうか……。
「……残念ながらソレイユさんの推理は間違っています。全てが、とは言えませんが」
「そんな馬鹿な。集めた情報に間違いはないはず……どういうことだ。ヨウキのような力を持った人間が何の理由があって身を隠して……セシリアさんと恋をしたっていうんだ」
まず、俺が人じゃないからな。
そこから考えないと答えに辿り着かないぞ。
かなり悩んでいるみたいだしヒント……というか、ソレイユなら真実を伝えても良いのではないか。
「ソレイユさん。これ以上、深入りするのは遠慮してもらえませんか。ヨウキさんの過去は……あまり大きな声で話せないことなんです。ですが、ヨウキさんは誰かに迷惑をかけるようなことはしていません。自分の持つ強大な力を振りかざし、野蛮な行いはしていなかったと。私が……セシリア・アクアレインが証言します」
魔王城の中ボスとして勇者パーティーを一ヶ月近く、足止めしていたことは野蛮な行いに含まれないのか。
まあ、進んで人を襲っていた過去がないのは事実だ。
ここで俺が余計な口を挟むこともないし……セシリアがここまで言ってくれて嬉しいし。
もう聖母じゃなくて女神だよな、夜なのにセシリアが輝いて見えるもん。
「……そうですね。これ以上深入りするのは止めます。そもそも、僕はやり過ぎましたね。調査のためだったはずが……私的な感情を持ち合わせ、行き過ぎた行動をしました」
急にしおらしくなったな。
先程までセシリアと互角の討論をしていたのに。
「ヨウキ関連のことになると最後の最後で決まらないんですよね。今回が最後の挑戦だったんですが」
「最後とはどういうことですか」
「そのままの意味ですよ。今回の調査は僕が自由に動ける最後の機会だったんです。領地に帰ったら本格的に父の仕事を手伝わなければなりません。……もう、ミネルバに蒼炎の鋼腕が現れることはないでしょう」
もちろん、引き受けた依頼は全て終わらせますが、とソレイユは続けた。
今回が気軽に動ける最後の機会だったから、ここまで調べてきたのか。
引くに引けないところまで来ていたんだな。
「大変な時期に迷惑をかけ、時間を奪い、邪魔だてして本当にすみませんでした」
深く頭を下げるソレイユ。
そこまで言うほどのことをしたかね。
セシリアも少し困り気味だ、この展開は予想外だったのかもしれない。
このままソレイユとさよならして良いものか。
恋敵だった頃もあったけど、今は良き厨二仲間だ。
気軽に遊びに来れなくなるとはいえ、繋がりが断ち切れるような……そんな感覚がある。
セシリアに任せようと考えていたけど、参戦しよう。
俺は食事の手を一旦止めて、ソレイユに話しかけた。
「最後に決まらないなら、誰かに補佐してもらったら良いんじゃないか。正直に言ってここまで一人で調べられるってすごいことだろ」
「……一人で肝心な時に決められない、補佐に頼る領主になれと。ヨウキは僕にそう言ってるんですか」
「いや、そういうわけじゃなくてさ。諸々の事情があって隠してる俺の過去をあと一歩ってところまで調べ上げたソレイユはすごいと思う。だからこそ、お前の死角を埋めてくれる補佐を見つければ良い」
領主って何でもかんでも一人で仕事するわけではない……と思う。
実際、どんなことをするのか知らないので想像になるけどな。
「今日の依頼、ソレイユが一緒に受けてくれてかなり助かった。俺だけだったら、ちょっと変な方向に向かってたかもしれない。訳あって俺は自分の過去を話せないけど、胸を張れない生き方はしてきてないし、セシリアとはまあ……俺の粘り勝ちになるのかな?」
どうなんだろうとセシリアに視線を向ける。
小さく微笑み返されたのだけど、どういう意味なんだろうか。
おそらく自分で考えろってことだな、簡単に答えはもらえないらしい。
「こんな曖昧な解答で納得はできないだろうけどさ。最後とか言わずにこれからも交流してもらえると嬉しい……黒雷の魔剣士はいつでも蒼炎の鋼腕を歓迎するぞ!」
小っ恥ずかしいことを言ってしまったからか。
照れ隠しみたいな感じでいつもの決めポーズをしてしまった。
静まり返る居間、口火を切ったのはというと。
「……全く、セシリアさんに話を任せて食事に夢中になっていたと思ったら。急に勝手なことを言ってくれますね。こちらが大した反論をする前に言いたいことを言い切るとは。これが黒雷の魔剣士のやり方なんですか」
「舞い上がっているヨウキさんは大体、先程のような状態になりますよ。ソレイユさんだから特別ということではないかと」
「……そうでした。僕が憧れてしまった黒雷の魔剣士はそんな人でしたね」
深くため息をついてやれやれ、と首を左右に振る。
せっかく励ましたのにその態度かよ。
「おい、なんか俺、貶されてないか」
少しだけ膨れっ面になってみたらセシリアに笑われた。
ソレイユは目を細めて呆れているような表情。
どうやら、男の膨れっ面に価値はないらしい。
「ヨウキの一言のせいで僕の詰めの甘さの悩みやこれが最後という決意表明が台無しですよ。どうしてくれるんですか」
「いや、どうしてくれるんですかって言われても」
悪気があって発言した訳じゃないからな。
むしろ、厨二仲間を失いたくないという純粋な気持ちをぶつけただけなのに。
「この埋め合わせは後日、してもらいますから」
「友人を励まそうとして後日、埋め合わせをすることになった俺の心情よ」
「では、失礼します」
「俺の心情は無視かい!」
ツッコミにすら反応せずにソレイユは出て行った。
もう少し遊び心を持ってほしいところだな。
「良かったですねヨウキさん」
「良かったとは?」
「後日の埋め合わせっていうのは会うための口実ですよ」
「あー……そういうことか」
俺の言葉はソレイユに少しばかり響いてくれたってことかな。
「それにしても……あそこまで俺のこと知りたがってたなら、話しても良かったんじゃ」
「ダメです」
「ダメか」
セシリア曰く、ソレイユがいくら信用できるとしても他国に情報が漏れる可能性があるので止めておいた方が良いと。
そもそも、クラリネス王国の偉い人にも俺の正体は知られていない。
平穏な日々を送るためにもこれ以上の身バレは防ぐべきだな。
「二人きりになったところで仕切り直しかな?」
「そうですね」
対面に座ってワインの入ったグラスで乾杯。
ずっと食べていたように見せかけて、この時のために口に入れる量を制限していたのだ。
先に食べ終わってますなんて笑い話にもならない。
そう、この空間に笑いはいらないんだ。
欲しいのは大人の雰囲気を出しつつ、イチャイチャすること。
普段飲まないワインの勢いを利用して……あーんをしてもらえないか交渉してみよう。
今こそ男の夢を叶える時、そう決心して声をかけたらまさかの被り。
セシリアも話す要件があるみたいだ。
こういう時は当然。
「セシリアから良いよ」
優先すべきはセシリアの話だ。
俺はあーんしてくれないかと、男の夢を叶えてくれないかという正直、聞き流されても不思議じゃない用事だからな。
「ありがとうございます。ではまず……すみません、ヨウキさん」
何故か、セシリアから謝罪の言葉が出てきた。
謝られるようなことをされたっけ、覚えがない。
俺の知らないところで事件に巻き込まれた的なやつか。
「謝らなくて良い、セシリア。俺はどんな事件に巻き込まれようと解決してみせるから」
「そういう話ではないんです」
「違うの?」
「実は……私とヨウキさんの結婚式の日が決まってしまいました」
「へ……」
衝撃的過ぎて口が開いたまま固まった。
あーんしてほしいとか言ってる場合じゃないわ。




