食事会してみた
予定にはなかったセシリアの来訪。
もちろん俺としては大歓迎、しかも夕食まで用意してくれているときた。
普段ならテンション上げまくりの部屋中を跳び回って喜ぶものだが。
「なあ、この前食事しただろ。何でそんなに肩身が狭そうなんだよ」
「あの時は僕と同じ境遇の情報屋の方がいました。それに黒雷の魔剣士の正体がヨウキと知り……色々と心の整理ができていなかったんです」
「冷静で頭脳明晰な勇者パーティーの魔法剣士で次期領主のソレイユは何処に行ったよ」
「冷静だからこそこの現状を把握して居た堪れなくなってるんですよ」
ソレイユが何故かそわそわしていて落ち着かない様子。
セシリアがいるからって遠慮することはない……とは言えんな。
憧れの冒険者の正体と婚約を望んだ令嬢の同棲している空間に一人で入り込むとか。
あまり経験できることではないし、取り乱すのも無理はない。
そういう時こそ、役に立つのが厨二力だ。
「……仕方ない。良いか、今のお前はソレイユじゃない。蒼炎の鋼腕だ。俺もヨウキではなく、黒雷の魔剣士でいく」
「自宅に帰ってきて黒雷の魔剣士を続けるんですか。セシリアさんの前ですよ」
「ふっ、黒雷の魔剣士は友を見捨てはしない。蒼炎の鋼腕よ、お前は俺に憧れてその姿になったのだろう。ここは先輩の背中というものを見せて……」
「ヨウキさーん。そろそろ、夕食ができそうなので着替えてきてはどうでしょう。ソレイユさんも着替えがないのであれば、ヨウキさんから借りれば良いかと思うのですが」
台所からセシリアの声が聞こえてきた。
どうやら、もう少しで夕食の準備が整うらしい。
「わかったよ、セシリアー」
セシリアからの指示に対し、反射的に答えてしまった。
「先輩の背中というものが……何だったか。教えろ、黒雷の魔剣士」
蒼炎の鋼腕の声が冷たい。
残念ながら、教えることはできなくなった。
「……またの機会に教えてやる」
「結婚前なのにもう手綱を握られているということがわかりました。さっさと着替えましょう」
部屋に案内して下さい、と催促する蒼炎の鋼腕。
俺はすまん、と繰り返すことしかできなかった。
私服に着替えてセシリアの待つ居間へ戻る。
まず目に飛び込んできた物はセシリアが腕によりをかけて作った料理。
「……普段からこんなに豪華な食事をセシリアさんは作っているのですか」
「いや、今日はなんか特別っぽいな……」
セシリアの作る料理は全て美味しい。
これは間違いない、決定事項だ。
それでも……今日は気合いの入り方が違うとしか考えられない。
明らかに仕込みに時間がかかりそうな料理があり、品目も多め。
滅多に飲まないお酒もある、それも高そうなやつだ。
俺、二人の記念日を忘れてたりしないよな、不安になってきたぞ。
「そうですよね。つまり、ヨウキが忘れているだけで今日は何か思い出深い日なのでは。セシリアさんが口に出さないだけで二人にとって大切で特別な出来事があった……依頼を受け、僕を誘っている場合ではなかったということになりますね」
「そんな馬鹿な。俺がセシリアとの記念日を忘れるはずがない」
「この用意された食事が物語っているでしょう。結婚できるからと浮かれてヨウキは一番、大切なことを忘れているようです。言葉にするのは簡単で実行するのは難しい、相手を思いやるという……」
「そこまで思い詰めなくても大丈夫ですよ。今日は昼頃、遊びに来たら、ヨウキさんが留守にしていたので……驚かせようと思いまして。早い時間から仕込みを始めて作ったんですよ。お酒は……母が偶にはと持たせてくれた物ですね」
料理の配膳に来たセシリアが丁寧に状況説明を行ってくれた。
良かった、やっぱり俺が正しかった。
そう……俺がセシリアとの記念日を忘れるわけがないんだ。
「そ、そうですか。……そういうことも、ありますよね」
ソレイユがものすごく居た堪れない空気を醸し出している。
良いことは言ってたからさ、そんなに落ち込むなって。
俺の言葉では励ましにはならないか……ならば。
「セシリアの料理は美味しい。だから、立ち直ってくれ」
「僕は別に美味しい料理で精神の安定を図っているわけではないのですが」
「セシリアの料理はとても美味しいんだ。一日の疲れがあっという間にとれて、多幸福な気分を味わうことができるぞ」
「ヨウキさん、褒めてくれるのは嬉しいのですが。もっと別の言葉を選んでもらえますか。良からぬ勘違いを生みそうなので」
「あっ、ごめん……」
言葉選びが良くなかったらしい。
さっき、ソレイユに講師の仕事を丸投げしたこともあるし、もっと勉強しないとな。
ここでソレイユの視線が鋭くなった気がするのは気のせいだろう。
今の会話で変なところは何もなかった。
うん、気にしない方向で。
「というか、セシリアに任せっきりなのは良くないな。俺も手伝うよ」
「いえ、ヨウキさんはソレイユさんと仕事に行ってきたんですよね。お疲れでしょうし、ここは私に任せて下さい。……取り皿が足りなそうなので持ってきますね」
手伝いをやんわりと断られ、セシリアは再び台所へ。
あまり、しつこく言うのも良くないし。
このまま、甘えてしまおう。
「半同棲でしたか。セシリアさんはもう台所を自由に使って取り皿の位置まで把握しているんですね」
「そりゃあ、度々料理を作りにきてくれてるし」
セシリアは物覚えが良いからな。
家のことなんてほとんど把握しているさ。
「取り皿を持ってきました。そういえばヨウキさん。お気に入りの服、糸がほつれていたので直しておきましたよ。私が気づいたから良かったものの……今度は自分で気づいて報告して下さいね」
言ってくれたら直しますから、とセシリア。
大変ありがたい話だ。
正直、気づいてはいたんだけど、着れなくなったわけではないから放置してたんだよな。
次からはお願いして直してもらうようにしよう。
「お気に入りの服を知っていて直す……もう、夫婦ではないですか」
「いやいや。まだ、結婚してないから」
セシリアは色々と気配りができるからな。
勇者パーティーの生命線を担っていたと言っても過言ではないし。
「そうですね。まだ……していませんね、ヨウキさん」
「え、あ、まあ、そうだね。まだしてないだけだ」
そう、まだしていないだけなんだ。
一緒に暮らす準備も着々と進んでいて、結婚式ができるように二人で奔走している。
もちろん、結婚がゴールなわけでないが……間違いなく俺たちにとっての特別な日は近づいてきてる。
その先にセシリアと一緒に手を取り合って暮らす日々が待ってるんだ。
「ここまで準備をしてもらって大変恐縮なのですが、帰っても良いでしょうか」
ソレイユの一言で我に返る。
危ない危ない……もう少しでセシリアを抱きしめるところだった。
ソレイユを無視していちゃつくのは失礼だな。
「いやいや、そもそもお前から付いて来たんだろ。せめて夕食は食べてけって」
もう、そういう雰囲気にならないようにするから。
ソレイユは腕を組み、考える素振りを見せる。
そんなに熟考することなのか。
「そうですね。僕はまだヨウキに用事があるんです。ここで帰るわけにはいきません。今日こそ、僕は……」
使命に燃えてるって感じだな。
何となく想像はできる、俺のことについてだろうな。
ソレイユには悪いがばらすつもりはない。
今日はセシリアの料理を食べて……帰ってくれ。
「食事の前にこれだけは言わせてもらいます。僕はヨウキについて確信していることが一つあるんですが……聞いてくれますか」
「あー……良いぞ」
ユウガの結婚式の時みたいに、少しずれたことを言って俺を安心させてくれ。
「ヨウキはこの国の人間ではありません……よね」
ソレイユの言葉に俺は固まった。
おいおいおい……まさか、魔族ってばれたのか。




