好きな子の怒りをかってみた
「貴様! せっかく陛下が褒美を授けるとおっしゃっているのにそのようなふざけたことを!」
「ひいぃ!?」
女性騎士が怒って腰に帯びている剣の柄に手をかけている。
どうしよう、この状況!?
自分の欲望が招いた結果だけど誰か何とかしてくれ!
俺は隣にいる二人に目を向ける。
シークはまだ爆笑しているし、セシリアは頭を押さえて、思いつめている。
……助け舟がないんだけどどうしようか。
「はっはっはっは」
いきなりダーツ王が大声で笑い出した。
謁見の間に響くダーツ王の笑い声。
シーク以上に笑っている。
「ダ、ダーツ王どうかなさいましたか?」
大臣っぽい人が心配し声をかける。
セシリアが再起動するまではこの中で一番常識人っぽい彼に期待するしかない。
「実に面白いと思わないかクライド? 彼は私によく似ている」
「ダーツ王みたいな人は一人で充分ですよ……。はぁ……私の苦労も知らないで」
……あの大臣実は苦労人なんだなあ、可哀相に。
でも、仲よさ気に二人で会話をしているからダーツ王のことは嫌いではないんだろう。
というか、悠長に会話をしている時間があるなら、俺に今にも切り掛かって来そうな女性騎士をなんとかしてほしい。
俺の願いが届いたのか、ダーツ王は女性騎士の腕を掴み向かい合うように引き寄せた。
「シルヴィア、とりあえず落ち着こうか」
耳元に甘い声色で囁くダーツ王。
その姿は一国の王ではなく、女性を誑かす質の悪いナンパ野郎にしか見えなかった。
しかし、女性騎士はそんなダーツ王の言葉に赤面し、掴んでいた剣の柄から手を離してしまう。
そして、先程のように桃色のオーラを漂わせ二人の世界にトリップしだした。
なんだろうか……例えるなら少女漫画のような感じだ。
だけどダーツ王のおかげで助かった……。
安心していると不意に肩を叩かれ、横を向く。
そこにはソフィアさん張りの無表情の仮面をつけたセシリアがいた。
……助かってなかった。
「……ヨウキさん? 私が言いたいこと、わかりますよね」
ダガズ村でもこんなことがあったなあと思い出すが、あの時とは怒りのレベルが段違いだ。
どれくらいと聞かれると、無表情のセシリアもかわいいとかそういうことも言ってられないぐらい。
ゴゴゴゴゴ……と空気が震えるような音が聞こえてくるようだ。
チート持ちの俺でも死ぬかもしれない……。
「あ、あの……アクアレインさん落ち着いて……彼も悪気はなかったんだろうし」
まさかの救世主、大臣のクライドさん。
常識人でダーツ王のおかげでさぞかし苦労が多そうな彼ならこういう場に慣れているだろう。
なんとかしてくれるかもしれない。
そんな藁にもすがるような思いで彼に期待した俺は馬鹿だったのだろう。
「……私は落ち着いていますよ? クライドさん。変なこと言わないでください」
セシリアは無表情でクライドさんの面前でそう言った。
途端に顔が青くなる大臣クライド。
その瞬間俺は悟った。
この人はもう無理だと。
「あ、そ、そうですよね。余計なお世話だったね。アクアレインさん」
セシリアを宥めるどころか時間稼ぎしかできなかった大臣クライドはそのまま玉座の隣という定位置に戻っていった。
……やっぱり俺助からないっぽいなあ。
「セシリア・アクアレイン、その辺にしてやれ。彼とて悪気があったわけではないだろう」
いつの間に女性騎士と離れたんだろうか。
ダーツ王が俺の擁護をしだしたぞ。
もうこの際助けて貰えるなら誰でもいい。
たとえそれが色ボケ国王でもだ。
「……わかりました、ダーツ王」
少し考えてからセシリアは答える。
腐っても鯛。
いくら側近の女性騎士と謁見中にイチャイチャするような奴でも王様だ。
セシリアはさすがにこれ以上、謁見の間という場で騒ぎ立てるのはまずいと判断したのだろう。
「……帰ったら覚悟しておいてください」
耳元でそう囁かれる。
……やっぱり助からないみたいです。
俺は帰ったらどんな説教が待っているのかと思いガタガタ震えていると、ダーツ王がまた笑い出した。
「はっはっは。二人を見ていると私は飽きないぞ。……ところで先程の褒美の件についてだが……」
「いや、いいです。忘れてください。言葉のあやだったんです。王様との謁見なんてただでさえ初めてで緊張してしまいまして……。あまつさえ褒美までいただけるなんて恐れ多いことを言われ舞い上がってしまったと言うか……」
横から伝わってくるピリピリした空気を感じ取り、一刻も早く違う話にもっていかないとやばい気がしてならない。
くそうシークめ、焦っている俺を見てさらに笑い出したぞ。
こいつが一番不敬にあたるだろう。
なんで女性騎士は俺に注意したくせにシークには……ってなんでダーツ王のことじっと見つめてんだよ。
周りの騎士達は我関せずだ。
直立不動のまま動かない。巻き込まれたら厄介だと全員わかっているからの行動だろう。
お前ら全員仕事しろ、仕事!
「まったく、こんな面白い奴が我が国にいたとはな。もっと早くヨウキと出会っていれば勇者パーティーに入れていたかも……」
「いやいや、俺を買い被り過ぎですよダーツ王」
阿呆勇者に性悪魔法使い。いくらセシリアやレイヴンがいたとしても無理だ。
ただでさえまともにツッコミが出来るのがセシリアだけなのに、俺が入ったらバランスがかなり悪いパーティーになってしまう。
まあ、全部もしもの話だが。
「はっはっは、別に買い被ってはいないぞ。ヨウキならすぐに冒険者ランクAになりそうだと私は思っているからな」
話をしただけで何故そんなことが言えるのだろうか?
別にシークと違って組み手をしたり魔法を見せたわけでもないのに。
……厄介な奴に好かれてしまった気がしてならないぞ。
「……隊長〜ご褒美は〜?」
もう少し話をしていれば流れていたかもしれないのに。
腹を抱えて爆笑していたはずのシークが褒美についての話を振り返しだした。
「ん? ……そうだ、褒美の話をしていたのだったな。ではまずヨウキの褒美だが……さすがにアクアレインの意思を尊重しなければならないので無理だな」
すまないと頭を下げてきたダーツ王にすごく罪悪感を感じる。
ダーツ王が正論で俺が悪いはずなのに謝られるのはかなりきつい……精神的に。そして帰れば肉体的にも辛いことが待っているのが確定しているのでなおさらだ。
「セシリア・アクアレインは何かあるか?」
ダーツ王はすっかり意気消沈してしまった俺からセシリアに目を向ける。
「いえ、私はクラリネス王国の人間として責務をまっとうしただけですので……」
「さすが勇者パーティーの一人だな。しかし、ダガズ村に行った依頼は村人の治療、山賊の討伐だけだったはずだ。ガリス帝国の勇者との戦闘は依頼に含まれていなかったのだから、気にすることはないぞ」
「元勇者パーティーですよ陛下。あと、ミラーに遭遇したのは偶然でも私は褒美を受け取る気はありません」
「ふむ……いらないというのならば無理強いはよくないか。それにしても、もはやクラリネス王国の勇者パーティーも伝説というわけか」
「魔王を討伐してからそれぞれ元の生活に戻りましたから……」
セシリアから聞いたのだが、ユウガは外交やランクA級の魔物の討伐をしているらしい。
ミカナは王宮魔法使いとして城勤めをしていて、結構上の地位についているとか。
レイヴンは城の騎士団で団長をやっていて、セシリアは僧侶として人を治療するため各地の町村を転々としている。
確かに全員ばらばらになってそれぞれの人生を歩んでいる。
……俺には見えないけど。ユウガはセシリアに恋をしていてミカナはユウガに恋をしている。
勇者パーティーはいまだに健在だ。
いろんな意味でだけど。
「……まだ世界は平和になっていないのだかな。……おっと話がずれたな。少年は何か褒美はいるか?」
最後はシークか。
頼むから妙なことは言わないでくれよ……人のこと言えないけど。
俺は自分のことを完全に棚に上げ、シークが何を言うのか待つ。
「……僕眠いからもう帰りたいな〜」
「「「……」」」
大きく口をあけ欠伸をし、目を擦ってから伸びをするとか自由すぎる。
俺達は全員シークの一言に沈黙する。
「はっはっは、そうか、眠いか。なら仕方あるまい。今日の話はこれまでにしよう」
沈黙を破ったのはダーツ王だった。
どうやら今日の謁見はこれにてお開きのようだ。
ナイスだシーク。
これといったボロは出さずに済んだな。
本当に良かった、まさに計画通り……。
「では帰りましょうか、シークくん。……ヨウキさんも」
「は〜い」
「あ、ああ」
俺がしでかした失態をすっかり忘れていた。
謁見の間から出る際にダーツ王は「また、暇があれば来い」と言っていた。
正直自分がやらかしたことがもうトラウマになっているので来たくない。
帰りの馬車でまた、シークがふざけて俺の頭に乗ってきた。
しかしそんなことにツッコミを入れる余裕があるわけない。
馬車の中は無言状態になっていたしな。
セシリアは無表情、俺は下を向いて恐怖のあまり震えていた。
シークは俺達の様子を見て「つまらな〜い」とごね出した。
それでも俺達二人はまったくしゃべらなかったので、シークは寝てしまった。
そんな最悪な空気のまま馬車はアクアレイン家の屋敷に到着する。
シークは客室に通されベッドでお昼寝だ
セシリアの部屋に俺だけ通される。
そして、一対一での説教が始まった。
ああ、俺って本当に馬鹿だなあ。




