劇場に向かってみた
「僕の名は黒雷の魔剣士。依頼を迅速かつ完璧にこなす者だ」
「違うな。俺の名は黒雷の魔剣士。依頼を迅速かつ完璧に遂行する者だ……が正解だ。あと、ポーズがちょっとおかしい。右手は完璧なのに何もしてない左手が気になる。そんな手抜きをしていたら黒雷の魔剣士を名乗れないぞ!」
「うっ……わかったよ」
ユウガが黒雷の魔剣士役をして囮になってくれるという、とても助かる提案を出してくれたのは良い。
しかし、中途半端な黒雷の魔剣士をされては困る。
そういうわけで黒雷の魔剣士はどういう存在なのか、どう演じれば良いのか。
軽く講義をしている。
俺としては早くセシリアと出かけたい気持ちもある。
だが、黒雷の魔剣士をぞんざいに扱うわけにもいかない。
迷っていた俺にセシリアは。
「せっかく周りの目をあまり気にせず、二人で出かける機会
を勇者様が作ってくれるんです。ヨウキさんが大切にしているもののためなら……私はここで待てますよ」
という言葉をくれたのでユウガへの指導に熱が入りまくり。
俺がユウガへ指導している間、セシリアはテーブルに座り頬杖をついて微笑ましそうにこちらを見ている。
見ていて楽しいものではないと思うんだけど。
「セシリア、そろそろ出発しようか」
「二人の準備が良ければ」
「それは僕たちの準備が整ってなかったら待ってくれるってことなの?」
「そうですね。ヨウキさんが指導している姿がその……面白くて。すみません、失礼ですよね」
成る程、つまりセシリアは俺が黒雷の魔剣士について指導している姿を見て楽しんでいたと。
……俺を見て笑ってくれるならいくらでも構わない。
俺はセシリアの笑顔を見れるから、役得だ。
これもユウガが囮役を引き受けてくれたおかげだな。
「ユウガ。黒雷の魔剣士役、感謝する」
「僕、まだ何もやってないんだけど」
「お前は誰かを幸せにできる勇者だったんだな……」
「今まで僕のことをどんな勇者だと思っていたのさ」
「……これで指導は終わりだな。頼むぞ」
「質問に答えてよ、ヨウキくん」
世の中には知らない方が良いこともあるんだぞ、ユウガ。
俺は優しさから今までの評価は言わない方が良いと判断したんだ。
深く突っ込んでくるな。
「セシリア。俺たちのためにユウガが囮になってくれるんだ。外から見えない位置から見送ろう」
これ以上の追及をかわすためにさっさと見送ってしまうことにする。
セシリアの横に座って手を軽く振ると、ユウガも諦めた表情になった。
「もう見送りの体勢に入ろうとしてるし……まあ、良いけどね。この前、協力に失敗した分、しっかり目立ってくるから二人は安心して出かけてよ」
「ああ、頼むぞ。黒雷の魔剣士」
「魔剣士さんとしてお願いしますね、勇者様」
「ふっ、我が名は黒雷の魔剣士。受けた依頼は迅速かつ完璧に遂行する。心配せずにデートを楽しんでくるが良い……こんな感じで合ってるよね?」
欲を言えば少し厨二成分が足りない気もするが及第点だろう。
合格を出すとユウガはそれじゃあ、行ってくるよと言い残し窓から飛び出していった。
いや、そこは玄関からでも良かったと思うぞ。
「家主が窓から出ていったら不審に思われないかな」
「この状況なら追手を撒くためと考えるのではないですか。私や勇者様が来たことで家に注目を集めましたし。ミネルバの住人ならヨウキさんが私を横抱きしてデートしに行ったという認識してもおかしくないですよ」
確かにセシリアを横抱きにして屋根伝いに移動することもあるからな。
もちろん、普通に歩くこともあるけど。
そういうことをしているから、窓から出て行くという奇異な行動を取ってもあまり変に思われないと。
「これは喜ぶべきことなのか……?」
「あまり考えずに今を楽しみませんか」
悩み体勢に入ろうとしたところでセシリアが横にやってきた。
これは腕を組むべきだよな。
さりげなく腕を取って……そのまま棒立ち。
数日ぶりにようやく二人きりなれたという実感が湧いてきた。
ユウガの引き付けが上手くいったのか、外からばたばたと走り去る音が聞こえる。
今の内にさっさと裏口からこっそり目的地に向かうべきなんだろうけど。
「ちょっとだけこのままでいたいなという気持ちなんだけど……良かったりするでしょうか」
口調が変になっているのはあれだ、照れ隠しだ。
しゃきっとできれば良いんだけどなぁ。
「私もそう思っていたので構いませんよ。頑張ってくれている勇者様には申し訳ないですけど……少しくらいなら良いですよね」
口調についてツッコミなしと。
細かいことは抜きにして今はこの時間を楽しもう。
家で二人きりの時間を満喫し、俺たちは劇場へと向かった。
ユウガが囮をしてくれているとはいえ、油断してはいけない。
入念に変装して、なるべく目立たないように歩いた。
向かう途中、黒雷の魔剣士がセシリア様を連れて跳び回っているという声がちらほらと聞いたな。
ユウガは問題なく囮役を務めてくれたらしい。
素直に感謝しよう。
おかげで何事もなく劇場に到着できた。
「突然の訪問で悪いな」
「いえいえ。ヨウキ様もセシリア様も忙しい中、来ていただき感謝の気持ちしかございません」
相変わらず、何か企んでいそうな怪しい笑みを浮かべているのが劇団長ウェスタだ。
いきなり来た相手にこの対応だよ。
人は見かけによらない、これ大事。
「今日は劇がどんな感じなのか少しだけでも良いから見させてもらおうかと思って来たんだけど……大丈夫だろうか」
「はい。ちょうど今、通しで稽古しているので案内しますね」
「よろしくお願いします、ウェスタさん」
ウェスタの案内に連れられて歩く。
……特に詮索とかしないんだな。
「忙しい中と言ったってことは俺とセシリアの関係は知っているんだな」
「ええ。今、ミネルバの話題といえばお二人のことですから。劇場にこもって仕事をしていても耳に入ってきましたよ。私からはそうですね……おめでとうございます、と祝福の言葉を贈らせてもらいましょう」
「そうか。ありがたく受け取っておくよ」
深く聞いてきたりはせず、祝いの言葉を贈るだけ。
ウェスタはやはり、笑顔で損をしているな。
ウェルディさんが言うこともわかる。
まあ、本人は止める気ないんだろうけど。
「そういえばウェルディさんはあれからどうなったんだ」
この前来た時は台詞を噛んで涙目になりながらも頑張っていたけど。
「毎日、挫けずに練習しています。シーク様も不定期ですが娘の練習に付き合ってくれていましてね。それに……」
「それに?」
「いえ、見てもらった方が早いですね」
そこでウェスタは会話を切ってしまった。
シーク関連のことだろう。
迷惑をかけてるって話ではないな。
見たらわかるらしいので考えることを止めた。
「おー……」
稽古場に入るとそこは世界が違っているようだった。
大袈裟かもしれないが本番に近い稽古だからか、劇団員の熱の入り方が……いや、そんなの分かるのかって話だけどさ。
ちょうどセシリア役のウェルディさんが手を差し伸べるシーン……この前、噛んでしまったところを演じている最中で。
「私と……外の世界に出ましょう」
噛むことなく、聞き取りやすい声で演じていた。
上達ぶりがすごいな、別人みたいじゃないか。
俺がウェルディさんの演技に驚いている一方、セシリアは複雑な表情をしていた。
本人にしかわからない問題があったのか。
「セシリア、どうかした?」
「真剣に自分を演じられた経験がないので……いざ、目の当たりしてどう受け止めれば良いのかわからなくて」
まあ、そんな経験することないもんなぁ。
「ここまでやってくれるんだから、ありがたい話だよ」
「本当にそう思います」
「お二人の言葉は通し稽古後、必ず劇団員全員に聞かせますね」
いや、別に広めなくて良いんだが。
それでシークの件は一体……。
「ところでシークの話なんだが。見たらわかるってさっき言ってたよな」
「はい。あちらですよ」
ウェスタが指差したのは演技中のウェルディさん。
どういうことだ、演技指導ってことじゃないよな。
「つまり、どういうことなんだ」
「実はですね。シーク様なのですが……ウェルディの化粧も担当しているんです」
「ええっ!?」
驚きの声をあげたのはセシリアだ。
うん、遠目からになるけどウェルディさんのメイクは周りの劇団員に劣らぬもの。
シークよ、お前は何の才能を開花させたんだ。




