正体をばらしてみた
「よし」
黒雷の魔剣士装備を着けた俺は自宅で身だしなみを整えていた。
腕の部分はユウガとの闘いで破損してしまったが、ハピネスに頼んで直してもらった。
ハピネスへの借りはでかい……今度、何か奢ろう。
ユウガとの闘いから数日が経った。
ミネルバでは勇者が新たなる力に覚醒、聖剣の力にはまだまだ隠された能力がある、なんていう噂で持ちきり。
黒雷の魔剣士、勇者様に善戦というのもある。
近所で奥様方がしてたのを聞いてしまったよ。
あれは負けじゃない、俺の本気はあんなもんじゃないんだ。
……負け犬の遠吠え感がすごい。
もう、本気のユウガと闘う機会なんてないだろうなぁ。
「……っと。考え事している場合ではないか」
俺は急いで待ち合わせ場所に向かった。
「あー……やっぱりか」
約束していた広場に着くとそこには人だかりができていた。
変装はほぼしていかないって言ってたし、当然だ。
俺は人混みの中に突っ込んで目的の人物を抱き上げて跳び上がった。
驚く人たちを尻目に俺は屋根を走って距離を取る。
「……もうこの状況に慣れてきてしまっている自分がいて怖いです」
「そう思うならやっぱり変装はした方が良かったんじゃないかな」
約束していた人物はもちろんセシリア。
俺も段々慣れてきた気がする……。
「勇者様とヨウキさんの闘いの熱がまだ冷めていないのですね。私にどう思ったかと聞かれても困ります。強さの優劣で私の評価が変動すると思われているのでしょうか」
「いや、そういうことじゃないと思うよ」
情報屋たちはセシリアのコメントが欲しいんだろう。
どんな些細なことでも今の状態ならネタにできるからな。
「そんな中で俺たちは最大級のネタをぶっこもうとしているわけだ」
「そういえばそうでしたね」
俺とセシリアは笑い合う。
今日、俺は正体をばらすんだ。
その前にデートするけど。
集まっていた野次馬から逃げた俺とセシリアは変装を……しなかった。
堂々とミネルバを歩く。
もちろん、人々の注目を集めることになるので情報屋さんが話しかけてくるが。
セシリアが聖……の笑みを浮かべ、今日は休日をゆっくり過ごす予定なので、と言うとみんな去って行った。
「やはり、セシリアの笑みは最強だな」
「かなり失礼なことを言っているという自覚はありますか」
微笑みの矛先が俺に向いた。
俺にとってセシリアの笑みは最高の癒しであると同時に説教宣告でもある。
今回の場合は後者に該当するぞ……。
「……私の二つ名のことを考えていますね」
黙っていたのが良くなかったのか。
セシリアには珍しい読み間違い……によるとんでもない事態に発展。
待ってくれ、それは違う。
「いやいや、黙っていたのは考え事をしていただけだ。決してセシリアの二つ名関連のことを浮かべたわけではない。本当に今回は信じてくれ」
必死に言い訳したわけだが、これは逆効果ではないか。
時既に遅し、もう冤罪を受け入れるしか……。
「良いんですよ、もう。二つ名の件に関しては受け入れることにしたので」
「えっ?」
セシリアがあんなに嫌がっていた二つ名を受け入れただと。
ここ最近、一緒に行動していたけど受け入れるきっかけになるような事件はなかったような。
「ほら、ヨウキさんが孤児院に一人で行った日がありましたよね」
「あー……あの日か」
ガイを連れて行った時だな。
セシリアはミカナの所に行ったんだったか。
「どうやら、お母様からミカナに話がいっていたようです。家を訪ね、用事を済ませて帰ろうとしたら、ミカナに止められてその……」
「その?」
「私が好ましく思っていない二つ名を受け入れてみてはと提案されまして。……私もそれはわかっていると控えめに返事をしたら」
セシリアが好ましく思っていなくてもミカナにとっては尊敬できる部分だ。
ミカナはもうすぐ子どもが産まれるし、セシリアも結婚する。
母になるという自覚を持つために、一緒に頑張っていきたいということもあって受け入れようと提案されたと。
一緒に頑張ろうって……セシリアは結婚するけど子ども云々はまた別なんだけど。
「お母様やソフィアさんとも話して……受け入れることにしたんです。元々、悪意のない二つ名ですし意固地になることもないかなって」
「そっか……それは良かった、と言うべきなのかな」
「一つ、大人への階段を登ったということで祝福してくれると嬉しいです」
「いや、その言い方はちょっと……」
何故ですかといった感じで首を傾げているセシリア。
頭の上にクエスチョンマークが出ていたが説明しなかった。
気にしすぎかもしれないが、そういう話題には入りたくなかったんだ……。
よからぬことを企んでいるのではとセシリアの追及が厳しくなってきたところで。
「あっ、セシリア。この店に入ろう!」
目についた店に駆け込んだ。
雑貨店だろうか、小物や本が置いてある。
植物の種や苗木まであるな……何屋さんだここは。
「ふっ、ここなら黒雷の魔剣士の新しい装備品が見つかるかもな!」
「急に元気になりましたね。そういう子どもっぽいところ、嫌いじゃないですよ」
「俺は俺の嫌いじゃない部分を自然に言ってくれるセシリアが好きだな」
いつもやられてるからやり返してみた。
俺の返しは予想外だったのか、少し狼狽えるセシリアを見れたので満足。
「……あっ、これ良いですね」
話を逸らしたな。
俺が良くやる手を真似してきた……のか?
セシリアが手に取ったのは分厚めの日記帳。
何も書かれていない白紙のページにどんなことを書こうというのか。
「日記帳か。普段書いていたり?」
「いえ、書いてませんよ。今日から始めようかと思いまして。この前のパーティーでプレートを貰いましたよね」
「あー……」
あのこれから増えていくのかどうなのかわからないプレートな。
想い出の品なんだけど、あれが増えてくってことはそういうことだからさ。
「これからヨウキさんと過ごす日々を書き記していこうかなと思うんです。頑張って覚えていようとしても忘れてしまいますから」
「そんなに毎日書くことあるかな」
「まずヨウキさんと出会ってからのことを書くとするとこの日記帳を何冊か購入しないといけませんよ。自覚はありますよね?」
「はい……」
セシリアがいないところでもネタは尽きない。
いなくても途中参加してもらって色々とお世話してもらったからなぁ。
「これからは何かあったらこれに書いていきますからね」
「それはつまり俺のやらかし報告書ということでしょうか」
「違いますよ。これは何が起こっても二人で力を合わせて解決し、家族になっていったという物を残そうかと……だ、だめでしょうか」
「だめなわけないじゃない!」
とりあえず、今日も俺の恋人がかわいいと書こう。
家だったら間違いなく抱きしめていたとも忘れずに書くんだ。
欲望をどうにか抑えて俺たちは日記帳を購入して店を出た。
そろそろ昼になるということで近くの店に入って昼食を食べる。
向かい合わせに座って食事をする。
なんてことない普通のカップルがすることだ。
実際、俺たち以外にも男女で座っている人たちがいるしさ。
「さて、ここで良いのかな」
「そうですね。食事もしにくいでしょうし」
そう言ってセシリアは俺の仮面に手をかける。
「まさか、初案が通るとは思っていなかったよ」
「結局、遠回しなやり方を考えても成功するのは難しいのかなって思ったんです」
「だから、こうするしかないってね」
俺とセシリアが話し合って決めた作戦。
それは俺が勝手に始めた少しずつ黒雷の魔剣士の衣装を脱いでいくこと。
それによって生まれた……セシリアの指示で行っているという噂を事実にするというものだった。
「ここにきて本当にやって良いのかって思っているんだけど」
「その点は全く問題ありません。これは私の望んでいることですから。それよりも……ヨウキさんは良いのですか」
「良いって何が」
「仮面を私が取ってしまったらもう後戻りはできないということですよ。本当に……」
「それはこうすれば返事になるんじゃない?」
俺は指にはめられている指輪を見せた。
これだけで充分伝わるだろう。
俺の覚悟の確認なんていらないのさ。
まあ、信用を得るためにも語ってみせようか。
「ふっ、俺の覚悟は一目惚れをして告白をした時からできていたさ。一緒に過ごして少しずつセシリアのことを知っていく度に益々、好きになっていったからな。それに……あの日、手を差し伸べられて俺がどれだけ救われたか。絶対に二人で幸せになれる。俺が断言しよう。この黒雷の魔剣士が全身全霊の力を以って……」
熱く語っていたところで急に視界が広くなった。
目の前には黒雷の魔剣士の仮面を持ったセシリアがいる。
……ああ、取られたのか。
「こ、ここで取るの?」
「指輪を見せる仕草も話してくれたことも嬉しかったので。ヨウキさんの素顔のままで聞けたらなあと思って取りました。私が指示して脱がせていたんですから……これも私の裁量で決めて良いことですよね」
「ま、まあ、そうだね……はっ!?」
先程まで思い思いに談笑していたお客さんたちの声が聞こえない。
原因はもちろん、俺とセシリア。
仮面外しは予想をしてしなかったのか、周囲の視線が全て俺たちに集まっている。
予想はしていたけど、こんな気分になるのな。
ぐっ、ここは厨二で……いや違うな。
「俺が黒雷の魔剣士でセシリアと正式に婚約しているヨウキです」
席から立ち上がって一礼、これが正解なのかはわからない。
まあ、この後大パニックになったな。
鎮圧に騎士団が来たけど一部の騎士も驚いていたし。
レイヴンの仕事をまた増やしてしまった。
でも、もう後には引けない。
引こうとか考えてもいないけどさ。
あとは……進むだけだな。




